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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
104/222

103:それぞれの方法

「やはり、使われたか!」

 巧は右(こぶし)を左の(てのひら)に強く打ち()える。

 予測していたにも(かか)わらず、これ程早く、しかも重要な航空戦力に被害が出た事が悔しくて(たま)らない。

 機体は空中で爆発四散し、その破片の殆どは南部防衛線の北、二十五キロ地点に降り注いだ。

 平原であったのが不幸中の幸いであり、地上に人的な被害の報告は今の処無い。

 また残る一基の風船爆弾はペアの機体によって処理されたがフェリシアに於けるF-3D、初の損失に全軍の士気は大きく削がれている。



「砂糖ってホントに爆弾になったんですね……」

 桐野が信じられないという顔をして首を横に振った。


 それに対して、石岡が反論する。

「スクロース二十グラムの粉塵爆発実験を見せて貰った事があるが、そりゃ凄いものだぜ!

 石炭の粉末なんか比べものにならんよ。

 実験台から十メートルは離れて、しかも机の下に半分潜るようにして見学させられたものさ」

「そんな、に!?」

 凄いのか? と云う意味合いの桐野の問いに石岡は腕を組み、その巨体に似合わず目を瞑ったまま大きく頷いた。



 魔導研究所ポルト支部に詰めた巧達は、池間やヴェレーネと無線で交信中である。

 船舶用の人員六十名は選抜済みで、既にポルトに送る準備に入った。

 支部の実験場に描かれた魔方陣が輝くのも時間の問題である。


 そうした中、巧は件の麻畑の砲撃への不許可問題について池間と話し合いを進めていく。


「王宮に自分が直接陳情に上がりますか?」

 巧の問いに池間からの返事も問いの形を取る。

『面会の許可は取れるのかね?』

 

 そう言われると確かに弱い。

 まず問題はヴェレーネだ。 


 どうあっても巧を女王に合わせようとしないのだ。

 その理由を巧が知る(よし)もないが女王への面会は難しそうだ。


 しばし考えていたが、結局巧は池間にこう返事をする事にした。

「全面砲撃してしまいましょう。やってしまえばこっちのもんです」

『馬鹿言うな! 唯でさえ王宮との信頼関係が危うい時期なんだぞ!』

 池間は露骨に慌てるが巧は意に介さない。


「少佐、今、この瞬間にでも事は起きかねないんですよ。 

 先手を取られてシエネが落ちたら国是も糞もありゃしません」

『ん、確かに、な……』

「其れにですね。要はあの畑に関して民間人を巻き込まなければ良い訳ですよね」

『ああ、そうだな。……で?』

 池間の最後の言葉は短いが“難問だぞ”と暗に言っている。

 だが、それに対する巧の言葉はあっさりとしたものだ。


「金で済む事は金で片を付けてしまえ、って事ですよ」

 無線は少しだけ沈黙していたが、直ぐに“あっ”と、小さな叫びが響く。

 どうやらヴェレーネの声まで重なっている様だ。


『なるほど! 糞っ! なんでこんな簡単な事に!』

 池間の叫びに巧は肩を(すく)める。

 交渉が難航して相当苦労しているのであろう上司に同情したのだ。

「そりゃ、仕方ないでしょ。

 少佐は今、フェリシア人の思考回路に(おちい)ってるんです。

 信頼関係を築く為に相手の事を考えすぎて“相手寄り”の考えに入ってしまったんですよ。

 何より麻畑は“中立地帯”の向こう側ですからね。

 但し、この方法を取った瞬間から相手は攻撃日を“その日”以前に設定すると考えて下さい」

『当然だな』

「あとですね。所長、じゃなくて大佐にお願いが在るんですが、」

『ほう、偶然かな? 大佐もさっきからマイクを受け取りたくて、イライラしてるぞ』

 問題解決に一歩近付いた安堵感からか、池間の口調は打って変わって明るく、巧とヴェレーネの双方をからかう様なものだ。

 それに対して、


『誰が、よ!』

 無線の後方でヴェレーネの叫び声が響いた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「フェリシアは民間人の土地に攻撃は加えない筈じゃなかったのか?」


 ルーファンショイの第七大隊長ノゼ・シーズマスの言葉に、ルナールは呆れてものも言えない。

 自分より年上の人間には自分よりは優秀であって欲しいものだと思う。

 一万もの部下を預かる同僚ともなれば、特にそう思っても傲慢とは言えないであろう。

 彼らも部下に対しても責任を持っているのだから。


 とは云え、返事を求めているのだ。無視する訳にも行か無い上に、いずれは自分の部下を皆殺しにする事まで視野に入れている男より、彼の方が人間としての質は上だろう。

 それを思うとルナールは素直な気持ちに戻り、上席大隊長であるシーズマスに出来るだけ丁寧に言葉を返した。


「フェリシアが過去において他国に侵攻したことがある訳では無いですからね。

 戦時下の現在に()いても交流地の商人を襲う事がないから考えられた今回の作戦でしたが、“真逆(まさか)、こんな単純な返し手があるとは思いも寄らなかった”としか言いようが在りません。

 私も固定観念に捕らわれていたと恥じ入るばかりです」

 半分は嘘である。

 軍師との日常会話から有り得る事態として予想していた。



 巧が池間に示した手法、それは『麻の強制買い取り』であった。

 正確に言えば『損害賠償』という奴である。

 ヘリのマイクを使って攻撃日を指定し、その日以降は此処を焼き払う事を宣言した。

 損害は交流地で支払う事を約束し、所有者に損害金を受け取るように呼びかけたのだ。

 当然ビラも刷って、二千ヘクタールの農地が埋まる程にばらまく事も忘れなかった。

 此により民間人に対して、生命、安全、財産の保証を行ったのである。


 それでも其処(そこ)に居たいというなら、もう()れは自殺をしたいという事だ。

 別段、それを止める義務など地球軍にもフェリシア人にも無い。

『支払金がもったいないので、其処(そこ)にいてくれても一向に構わない』

 という一文を添え、指定日以降に畑に人が居ようが居まいが攻撃は“必ず”実行するとの意思表明も怠らなかった。


 この広報にはシナンガルも度肝を抜かれたようだ。

 フェリシアの今までの有り様からは考えられない行為だったからである。


 女王は、民間人の命を危機に(さら)さないという一点に於いて妥協案を飲むであろう。

 ヴェレーネはこの件は王宮に対しては事後承諾という形にして、現場の指揮権の範疇(はんちゅう)として問題無い、と池間に確約してくれた。

 当然ながら西部方面司令のバルテンも異存は無く、巧の案は実行に移されたのである。



 現在、天幕の中にはルナールに不満をぶちまけた男の他には、もう一人の将官しか居ない。

 彼の方は情報に対して肩を(すく)めるだけで、その姿には余裕が感じられた。


 立場上、そう(よそお)っているだけかも知れないが其れだけでも大したものであろう。

 彼は(おもむろ)に口を開く

「しかし、時間は充分に稼げた。明日にでも作戦は実行可能だろう。

 麻畑を幾ら燃やし尽くしても“本当の仕掛けに気付く事は無い”と私はみる。

 しかし、スパイの報告にあったあの大砲は問題だな」


「例のシエネに配備された大型の大砲ですか?

 一応はあれを想定してかなり深く掘ってありますので、多分問題は無いかと思います」

「しかし、恐ろしい爆発力で岩をも砕くと聞いたぞ?」

「部屋は二百あるんです。問題在りません。何より今回は前哨戦です」

「なるほど」

 ルナールの答えに満足げに頷いたもう一人の男は、本作戦の総司令官であるテレンシオ・ベルナールである。


 彼らが居る天幕は、シエネから見ると二十キロ以上離れた丘陵地の影に当たる。

 二〇五ミリ榴弾砲でも此処に被害を与える事はまず出来ない。

丘と行っても、四百メートル近い標高は殆ど山であり、集積所側は崖下である。

 完全に照準の外にあるのだ。


 シナンガル側もフェリシアの大砲の威力を見越してここから簡単に動く気にはならなかった。


 フェリシア軍も掴んでいた通り、小競り合いも含めてフェリシア侵攻時に物資の集積所となっている窪地、何より周りの小山には洞窟が多い。

 その上、それらはフェリシア方面に向けてかなりの距離。具体的には十キロを越える程に自然のトンネルが出来上がっている場所も多かった。

 過去に、この地から地下道を掘り、ラインの川底まで通してフェリシア侵攻を計画したものもいる。

 だがライン川岸の岩盤はあまりにも厚く、その上万が一にでも川底を抜いてしまえば全員溺死は確実であるため川岸から三キロ程度の地点に来ると、とても掘り進めるものでは無い。


 だが、今回はせめてその岩盤を五百メートルでも良いから掘り進められないか、と云う事が重要なポイントであった。

 河までトンネルが達しなくとも良いのだ。

 そうして、この数ヶ月は七万を超える兵士が交互に地道な地下道の建築に当たって居た。


 ラインの川底を越える事は不可能である。

 数百万年の年月が川底を堅め、カグラの現在の技術力ではどうやっても先に進む事は出来ない。

 しかし現在、麻畑の茂る地点まで掘り進む事に成功しており、前哨戦としては大成功である。

 後は実験であり、北と連携しての本格的な侵攻はその後になるのだ。


 麻畑の下には人が二十人程詰める事の出来る部屋を二百以上構築し、その殆どが繋がっている。

 あの恐るべき巨砲を使われて、万が一に地下室の十や二十が崩落しても全てを潰す事などできはしまいと考えていたが、テストはしておきたい。


 だが、今回に限って彼らは自分たちの仕事と自然の力を過小評価していた。

 十処か、花崗岩盤に覆われた地下要塞は二〇五ミリ砲を使っても一つとして潰す事は出来ないであろう。

 もし、その必要があるとするならば国防軍はC-2Wをガンシップ化してシナンガル領土まで踏み込む必要がある。

 四〇〇キロワットクラスの熱レーザーキャノンならば、三発も同地点に叩き込めば地下三十メートル程度(まで)ならば貫通可能だ。

 輸送艦でオーファンが使用した八〇〇キロワットキャノンに及ばぬまでも、低空から発射されるレーザーキャノンには其の程度の貫通力は確実にある。

 地下四十メートル迄も貫く『バンカーバスター』ですら、厚い岩盤を構成する自然石には無力である以上はそれぐらいしか方法はないだろう。

 また、何より国防軍はそのような物理破戒兵器を保持していない。

 

 尤も、『軍師』ならばいざ知らず、ルナールを含めシナンガルは熱レーザーやバンカーバスターの存在など知らないのだが。


 ただ、ルナールだけは『そのもの』は知らずとも、アダマンの別荘で聞かされた『四億人を一瞬で死滅させる兵器』の存在についての話を聞いて以来、あの自由人(バロネット)達の『鳥』に更なる警戒心を持つようになってはいた。

 挙げ句、丘を消したマーシア・グラディウスの存在で有る。

 あの『丘を消滅させた一撃』が彼女の二~三日、いやせめて一日分の魔力限界量である事を望むばかりだ。


 魔術師達が二百の部屋を常に移動してマーシアの砲撃から逃げ切れば、いや、それ以前にこの地下要塞の存在さえ秘匿できれば、『鳥』も、『マーシア』も恐るるに足らずである。

『シエネの城壁は必ず落ちる!』

 シナンガル軍幹部は誰しもがそう(にら)んでいた。


 今回に限ってはあながち過信とも言えない、とルナールが思う程に手堅い作戦である。

 その上、この前哨戦で万が一、地下要塞が見つかったにせよ、其れを含めて軍師の計算の内なのだ。


 何ら問題は無い。

 ルナール個人にとって問題が有るとしたら、フェリシアが馬鹿げた『国是』を守ってこの戦争に負けてしまう事だけである。


 ルナールとしては、あの国の王宮が何を考えているのかさっぱり分からない。

 軍師が言うには『契約』を守っているとの事だが、『誰』と『何』を契約したと云うのだ。

 国が滅んでも守る程の契約など在るのか?


 ルナールがそこまで考えた時、兵士が一人天幕へ伝言を持って来た。

『スーラお嬢様がお呼びだ』との事である。


「子守をしながら(いくさ)とは、君も難儀(なんぎ)だな」

 ベルナール将軍はそう言って笑うが実際の処、彼は自分が実権を握った場合、マークス・アダマンやワン家の再度の台頭を許さない為にスーラを(めかけ)に引き込もうと考えている。

 年が離れすぎているのは誰が見ても分かるが、アダマンとベルナールは同年代である。

 アダマンが認められてベルナールではいけないと云う事も有るまい。

 妻と妾では違うという考え方もあるが、ベルナールの中では些細な問題に過ぎない。


 そのような意味では、ベルナールは優秀な部下としてのルナールを嫌っては居ないが、彼がアダマンの後釜となれば話は別だ。

 いずれ軍の中央から排除すべき存在になる可能性も当然持っていた。

 だが、今は時期が悪い。

 この戦が終わるまでは、ルナールは重要な駒として大事に扱う事にしている。

 その為、掛ける声にも嫌味や侮蔑を表さぬ様に気を遣ってはいた。


「お気遣い、ありがとう御座います。中座をお許し頂けますでしょうか」

「うむ、但し夕刻には攻撃の最終点検に入る。 

 君が居てくれないと『巨人』も身動きがとれん。遅れて来てはくれるなよ」


 一礼してルナールは天幕を後にする。

 本陣は流石に地下には置けない。

 自然の洞窟部分は兎も角、人間の手で掘り進んだ地点からは蒸し風呂も同然なのだ。


「あの中に籠もる魔術師達には頭が下がるよ」

 ルナールの独り言は完全な本音である。





「おそい!  おっそ~い、ぞ! 旦那様!」

 

『誰が旦那様だ!』

 と怒鳴りたいのは山々だが、そうも行かない。


 スーラを引き連れて来るように指示したのは軍師だが、この地に到着して以来彼女は全く姿を現さず、ルナールはベルナールの言葉通りの『子守状態』を続けて居た。

 挙げ句、“妙な性癖があるのでは”と口さがない兵士達の噂の種にされる始末である。

 あまり好きなやり方ではないが、ワン家の名を出す事でそのような軽口が蔓延(まんえん)する事を防ぐ事にした。

 自分は兎も角、スーラの将来を考えての事である。



「で、どの様なご用件でしょうか? お嬢様」

 ルナールの問いにスーラは直接は答えずに、折りたたまれた一枚の便せんを差し出した。

 開いてみて驚く。『軍師』の文字だ。


 目を通すルナールの腕に絡みついたスーラは、「昨日、妖精さんが来たの」と言う。

 ルナールが『軍師』からの報告を待ちわびている事を知っていた様であり、彼に対して暗に『褒めろ!』、『頭を撫でろ!』と要求しているのだ。

 シェオジェが現れてからと言うもの、彼女のルナールに対する独占欲はより強まった気がする。

 面と向かって『どろぼう猫』と言われたシェオジェは二~三日、笑いを(こら)えきれなかったらしく、ルナールの顔を見ては吹き出した後に詫びを入れる事を繰り返していた。


 彼女はルナールの出自を知って(のち)、以前にも輪を掛けてルナールに親近感を持ったようであり、離れていてもまめに通信駅伝を跳ばしてくる。

 スーラは其れが気に入らず、よく軍師からの手紙を偽造しては居たのだが、いくら何でも無理がありすぎた。

 そこに久々に『本物』を手に入れたのだ。

 彼女の喜びはルナール以上のものがあり、紅潮した頬に満面の笑みを浮かべている。

「でへへ」とでも表現するのがふさわしいゆるみきった顔付きに、ルナールは可愛らしさを覚えて不覚にも感情を込めて頭を撫で回してしまったが、(たま)には良いだろう、とも思う。




 シェオジェから数日前に六基の風船爆弾を飛ばした事についてルナールは報告を受けていた。

『軍師』の手紙にはそのうち四基がフェリア国内の気流に乗り、遂には『鳥』の一機を撃墜せしめるに至ったとの報告であったのだ。

『軍師』の目であり通信手段でもある“アルテルフ8”は、運良く観察軌道上を飛んでいた訳ではない。


『軍師』の指示を元に、気球の放出スケジュールを組んだのはルナール自身である。

 シェオジェは(いぶか)しんだものの、その日は風向きが丁度良かった事もあり、

『結果が分かるのならばいずれ種明かしをして欲しい』と条件を付けてルナールの指示に従って気球の放出を行った。


 六基中の二基は洋上及びビストラント方向に流れたとの事だが、成功率七割に近いと判った。

 しかも単なる『ルート確認の実験』において予想外の戦果まで上げたのだ。

 シェオジェの耳にもフェリシア国内のスパイから事実確認の報告はいずれ届くであろう。

 実に幸先が良い。


 フェリシア軍の麻畑への焼き討ちは明後日である。

 今夜の内に、もうひとつの実験にも手を付けなくてはならない。

 気が高ぶってきたルナールが本陣幕舎に戻ると、妙な報告が大隊長達を騒がせている。


 何事か、と尋ねる間もなく軍議が始まった。


「数日後、フェリシアは月まで行く船を飛ばせるらしい」

 その報告と共に卓上を廻ってきた精巧な絵を見てルナールは危うく叫び声を上げそうになり、辛うじてそれを押しとどめる事に成功した。

 そのものがそこに実在するかのように描かれた絵の技術に驚愕した事は、他の人物と同じであった為、誰もルナールの驚きの表情を怪しむ事はなかった。

 彼らとて、これ程精巧で緻密な絵を描く技術が存在するなど、思いも寄らなかったのだ。


 だが、ルナールの驚きは彼らと同じものではなかった。

 描かれた風景に写るもの。

 巨大な金属製の塔に支えられた『それ』はあの海岸で見た『物体』にあまりにも似すぎていたのだ。





サブタイトルは、アジモフの「火星人の方法」からです。


あちらは水問題でしたが、こちらは攻撃問題、防衛問題など色々な問題に絡めてみました。

ラインという川、即ち水が絡む事も方向は逆ですが、少しは関係有りますかね、と無理矢理の当て羽目です。

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