第8話「夕暮れ時に、あの場所で」〈3〉
「答えくれよ涼」
そう言われ、彼女・・・皆川涼は黙った。黙ったままだ。千里と彼女は見つめ合っている。
「僕は確かに奪われた記憶を思い出すために壱発屋で薬を飲んだ。ただそれは不完全な薬だった。完全に彼女の顔や名を思い出す事は不可能だった。名前を思い出そうとした時に僕は化猫の九十九じいさんが身に付けている首輪の鈴を見て「すずちゃん」の名を鐘の音の「鈴」の方だと思ってしまった。でも違ったんだな・・・正しくは「涼しい」の方の「涼」(すず)だ。そしてずっと名前を勘違いしたままだった」
「・・・・・・・・・・・」
涼は尚も沈黙を保ったままだ。
「僕はもしかしたら、涼ちゃんがどこかで生きていて欲しいという願望を持ってしまっていて、そんな有りもしない妄想に囚われているのかもしれない。もし、君が違うという言うなら、違うで良い。否定してくれも構わない。本当の事を知りたいんだ。頼むよ」
沈黙したままの涼はようやく観念したのか口を開いた。
「・・・・・・否定するか。まぁそういう選択肢もあるよな」
「涼・・・・」
「でも、千里にはいい加減黙っているのも辛いな・・・・お前は私の親友だし」
「じゃあ、君はやっぱり・・・」
「ああ、お前の考えているとおり、私は音城涼だよ。お前が小学校2年生の時に死んだはずのな。今現在は皆川涼として生きている。」
涼はようやく認めた。自分が音城涼だと。千里は嬉しかった。どんな形であれ、あの死んだはずの、自分の好きだった涼ちゃんが生きていたのだ。今すぐにも目の前の彼女を抱きしめたいとさえ思ってしまった。
千里はその気持ちをぐっと抑えた。彼女にはまだ色々聞きたいことがある。涼もまたそれを察したのか、千里に全てを話す決意をした。
「話が長くなる。コーヒーでも飲みながら話そうぜ」
そう彼女に促され、千里は歩き始めた。
高校の体育館の横に設置してある自販機のすぐ側で千里と涼は缶コーヒーを片手に座り込んでいる。
「お前、こういう時は男が奢るもんじゃね?」
涼が千里に向かって抗議する。缶コーヒー代は千里ではなく、涼が出した。
「良いだろ!さぁ話をしてくれよ。なんで君は生きていたんだ?」
「良いけど、私も全て知っている訳じゃないぞ。語られるのも限度がある」
「どういう意味だ?」
「私は新人だからな。新米のペーぺー。ドラクエでいえば「ひのきのぼう」を持っているような状態だ」
涼の言葉の意味が千里にはよく分からなかった。
「組織情報へのアクセスレベルが低いという意味だ。まぁそこら辺も含めて話そうじゃないか。実は私は死んでなんかない。あの昔、真野山で見つかった死体は精巧に作られた模造品・・・出来損ないのクローンだ」
「も、模造品・・・で、出来損ないのクローン?」
「そうだ」
涼が語りだした。自分の身に何があったのかと。
幼い頃、千里と共に彼女は真野山に行った。そしてUFOもどきでライに誘拐された。自身にも千里同様に不思議な能力があったのだ。しかし、それは目覚めていなかった。眠った状態だったのだ。ライは彼女を色々と調べたようだ。しかし、敵対している組織の追っ手が迫っていたせいで、かく乱させる為に音城涼の精巧な模造品をあの真野山に置いたという。
「模造品・・・ってそんな馬鹿な・・・」
「お前だって、ライとかいう変態野郎が作った人造人間を見たんだろ?奴はそういう事が平気で出来るんだよ」
確かにそうだUFOもどきの教会で千里は人造人間と思われる謎の女を見た。
「ちょっと待て。なんで涼がそのことを知っているんだ?」
「まぁそこら辺も話すから慌てなんすなって」
見つかった模造品のせいで、世間一般的には死んだ扱いされた音城涼は、実は何年もライの研究所で隔離されて人体実験され続けた。妙な薬を沢山投与された。その副作用で記憶が失われていった。次第に彼女は自分がどこの誰か思い出せなくなっていったそうだ。彼女は泣きたくなった。自分は誰なの?どうしてここにいるの?何故、変な薬を自分に投与され続けるのかと・・・。
そして月日が流れて・・・ある夜のことだ。研究所の研究員達がこんな事を話していた。彼女は聞いてしまった。
「プロフェッサー・ライが探していた能力者ではないようだな。彼女はどうやら違ったようだ。」
「そうなの?じゃあ彼女は明日ぐらいに処分だな」
ここでいう彼女とは自分のことだと彼女は察した。
「「ああ、私は明日殺されちゃうんだ・・・」って思ったよ・・・・」
涼は悲しげな顔をしながら語った。千里はそれを見て心を痛めた。「涼ちゃんはそんな辛い目にあったのか・・・」と。自分同様に悲しげな顔をする千里向かって涼は語りかける。
「でもな・・・あの人が私を助けてくれた」
「あの人?」
「ああ、藤原室長だ」




