第5話「嫌ナ思イ出」(5)
今から12年前・・・・当時、早先見千里は小学2年生だった。地元の公立小学校に元気に彼は通っていた。5月のある日、小学校の春に遠足行事として真野山に2年生の全クラスでハイキングに行ったのだ。ハイキングは何事もなく無事に終わったが、後日図工にてある課題を出された。「ハイキングの思い出」という題で、絵を書くように2年生の全生徒に指導されたという。そこで事件が起きた・・・千里が妙な絵を描いたとう。
「妙な絵・・・・僕が・・・?」
『ああそうだよ』
「どんな絵だよ?」
『直接私はその絵を見た訳じゃないけど、なんでも幽霊とかUFOとかが書かれた妙な絵だったんだとよ』
「な・・・・!」
千里は絶句してしまった。全く身に覚えがない事実だった。薬のせいでそこら辺の記憶も消されたというのか。羅針は電話越しで話を続けた。
「真野山はオカルトスポット」という噂は地元や他の地域でも有名だった。幽霊がいるとか、UFOを見たとかなどなど・・・・しかし、実際に何か見たとか、超常現象を体験したという人物は数が少なかった。
真野山の噂なんて所詮、「友達の友達から聞いた」というようなレベルの都市伝説だった。インターネットでの匿名掲示板で書かれるオカルトネタのような物だ。そんな噂を信じていない人間、迷信と言い張る人間、鼻で笑い飛ばす人間も大勢いた。
だが、千里には不思議な能力があるせいなのか、遠足で真野山に行った際に彼は見てしまったのだ。「通常の人間の目に見えない存在」を・・・・。彼はそれを図工の絵に描いてしまったようだ。
「そ、そんな事を・・・・」
『そうだ。当然、そんな絵を描いてしまったお前がどうなったかは想像が付くよな?』
そんな回りの人間には見えない存在を絵として描いてしまったのだ。当然、先生は幽霊などを信じていなかったし、だからは千里はこっぴどく怒られた。「こんな絵を描くんじゃない。お化けとかいないものを描いてはいけません!嘘をつくんじゃない!」と。
本当なら、彼のしたことは子供のイタズラとして終わるはずだった。先生に怒られてお仕舞いで済むはずだった。だが、ここでさらなる問題が起きた。クラスメイトの誰かが千里の描いた絵を見て、こんなことを言ったのだ。
「うわーお前の絵、お化けとかあって気持ち悪い!それにお化けとかUFOとかいるわけないじゃん!うそつきじゃん!」
その一言でクラスメイト達の心が刺激されたのか、千里のイラストを見て、口々にひどい罵声を言い始めた。
「嘘つきー!」
「最低―!」
「嘘つきは泥棒の始まりなんだよー」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
そのクラスメイトたちに同調する形で先生までもが
「はーい、早先見君の描いたみたいな絵をあなたたちは描いていけませんよー」
なんて事を言い出した。小学生の頃の千里はそんなクラスメイト達や教師の罵声のせいで泣きそうになったらしい。「自分は嘘は描いてない!」そう千里が主張しても、回りの人間には届かなかった。
「おい、いくらなんでも酷くないか!?お化けとかの絵を描いたぐらいでさ?」
昔のクラスメイトや先生がした自分へやった酷い仕打ちを教えられ、現在の千里は悲しさと怒りを覚えた。
『私に文句言っても仕方がないだろよ・・・でもな、お前を味方してくれる奴もいたんだぞ』
「千里、私はあなたを信じてあげる。幽霊やUFOとかいてもいいじゃない」
そう言ってくれたのは、千里の同じクラスにいた髪の長い少女だった。彼女だけが他のクラスメイトとは違い。千里の味方をしてくれたのだ。
「へぇ・・・そんな子がいたのか・・・その子の名前は?」
『・・・・・・・・う~んすまん失念した。』
「おい!そこ大事だろ!忘れんなよ!ババァ!」
『12年前の事を一つ残らず鮮明に事細かく思い出せというのも無理な注文だと思うぞ!ガキ!とにかく覚えている限りで話を続けるぞ』
その千里を味方してくれた少女はこんな事を言い出したという。
「ねぇ、千里、真野山にもう1度、私と行かない?」
「え?どうして?」
『なんでも、彼女曰く「心霊写真やUFOの写真」を撮るためだそうだ。その写真を同級生や先生に見せれば、お前が嘘つきじゃないと証明出来るからだとか』
後日、土曜日に千里は少女と共に真野山に向かった。少女は父親から借りたカメラを持ってきていた。真野山に子供二人の足だけで行くのはさすがに厳しいので、二人はバスを使ってそこまで言ったという。
しかし、千里は夕方に何故か一人で帰ってきたという。なんでも、千里は山で彼女とはぐれてしまって、探したが見つからなかったそうだ。千里はてっきり、彼女が一人で先に帰ったと思い、自分も家に帰ってきた。
夜になって千里は家で祖父と共にテレビを見ていた。そんな時少女の両親が早先見家に電話で連絡してきた。「うちの子がまだ家に帰ってきてない?知らないか?」と。そこで千里はようやく「彼女が既に帰った」というのは自分の勘違いだったという事にようやく気がついたという。
「ええ!?僕、その女の子を置いてきぼりに!?」
『ああ、そうだ。そのあとは大騒ぎだった。当然警察や大人達が彼女の捜索に真野山に向かった。』
(まるで今現在の女子高生行方不明事件とほとんど同じだな・・・)
羅針の話を聞き、現在、真野山で行方不明になっている女子高生を思い出した。
『お前も知ってのとおり、お前のじいさん・・・乖里にもお前と同じ力があった。当時は警察に進んでその女の子の捜索に力を貸したみたいだ。だが、じいさんも、その時、もう年でな・・・能力が衰えていた。若い頃のようにはうまくいかなかったらしい』
警察と乖里らが協力して真野山の捜索を開始して、3日後の朝、女の子が見つかった・・・。
「その女の子は無事だったの・・・・?」
『残念ながら・・・』
その少女は遺体で見つかったそうだ。見つかった場所は真野山のハイキングコースの道中だったらしい。しかし、そこは警察関係者が何回も通った道だった。警察犬も反応はしなかた。まるで忽然とその朝に少女遺体は現れたようにも思えた。空から降ってきたのか?と話す者もいたという。
「そ、そんな・・・じゃあ、その女の子は僕のせいで死んだみたいな話じゃないか!」
羅針の話を聞いた千里は悲鳴を上げた。自分がお化けの絵なんて描かなければ少女は死なずに済んだのだ。なんてことを自分はしてしまったんだ・・・と自分自身を責めた。悲しみに暮れる千里の声を聞きながら、羅針は尚も話を続けた。
最初は変質者か何かの仕業と警察は考えたが、少女の遺体には着衣の乱れなど性的暴行の後もなかったらしい。他殺の線で色々調査をしたか、何が死因なのか司法解剖をしても原因は不明だった。
警察がようやく少女の死を殺人と認定して捜査会議を開こうとした時、警察上層部から「今回の件は事故として処理」と無理矢理、捜査本部解体と捜査中止命令が下した。千里はそれを聞いて驚いた。
「え!?なんで!?」
『その女の子のおじいさんが権力者だったのさ。可愛い孫娘が変態に殺されたなんて回りに知られたくなかったんだろよ。マスコミにも手を回してこの事件は完全に闇の中に葬られた』
そういえば、夢の中でも乖里と羅針と謎の男(藤原)がそんな話をしていた。
『今のお前と同じように、幼い頃の千里も自分自身を責めた。じいさんはそんなお前が可哀想になったんで私の所に泣きついてきやがった。私の作った薬で、千里の嫌な記憶を消してくれ!なんて言いやがった。そりゃあ私も最初は反対したさ』
夢の内容と羅針の説明が合致してきた・・・・。自分はその女の子の死に責任を感じたために悲しみに暮れ、そしてそれを心配した祖父達により記憶を消されたのだ。
「そういうことか・・・」
『ああ・・・お前がもしこの件で私達を怒るっていうなら仕方がないかも知れない。お前は記憶とか思い出を私たちによって、奪われたみたいなもんだからな。だがな、千里。これだけは分かってくれ。私もその件に加担しちまったし、じいさんの肩を持つわけでもねーけど、お前の為にやった事だったという事だけは理解して欲しい。すまなかったな・・・・』
そう言われては千里も黙ってしまった。別に彼らは自分の利益の為にやった訳ではないのだ。あくまで千里自身を救う為に祖父達はそのような行動を取ったのだ。恐らく、自分が逆の立場だったら、同様に動いたかもしれないと千里は考えた。
「まぁ納得もしたし、理解もしたよ・・・別にじいちゃん達が悪いという訳じゃない・・・」
そう、悪いのは自分自身・・・そう千里は考えた。
『過去を知ったからと言って、どうにか出来る問題じゃない。お前が自分を責めることはないよ。お前は当時小学生低学年だったんだ。そいつに何が出来たんだよって話しさ。』
羅針はそう言ってくれた。その気使いは今の千里にはとてもありがたい物と感じた。千里はまだ疑問と思っている事を彼女に質問した。
「僕はその子の事をまったく覚えていない・・・・その子の両親は今どうしてるんだ?まだこの街にいるのか?」
『さぁなぁ?事件の後、すぐにこの街から引っ越したって噂だ。娘が死んだ場所に留まりたくなかったんじゃないかな。ありがちな話だけど』
「そうか・・・・」
自分のせいで、死んだ少女どころか、その両親の人生まで狂わせてしまったのか・・・とも千里は考えてしまった。
だが、どうしても千里はその自分が死なせてしまった少女を思い出せず、余計に苦しんでいた。そして、彼はある決心をした。
「婆ちゃん・・・・僕はその子の事を思い出したい。頼む、思い出させてくれ」
電話越しで羅針にそう懇願した。羅針は何か考えているのか沈黙を保っていた。そして
『後悔しないな?』
と彼に返した。何を今更・・・と思いつつ、千里は記憶復活の意志を彼女に伝えた。
『分かった。計里に代われ。あの子に記憶を復活させる薬の調合方法を伝えよう』
そう言われ、千里は隣にいる少女に受話器を渡した。受話器を計里に渡した瞬間、彼の体の緊張が解けたのか、疲れがどっと押し寄せた。そして、そのまま彼は床に座り込んでしまった。




