第5話「嫌ナ思イ出」(4)
『もしもし・・・・』
「婆ちゃんか・・・僕だよ僕」
千里は「僕」といえば電話の相手である羅針が理解してくれると思って、おもわずそう言ってしまった。しかし、相手は「僕」という一人称を聞いて怪訝な声を挙げた。
『おいおい、私はその手には食わんぞ。』
「その手食わん?どういう意味だよ、婆ちゃん?」
『あのなぁ・・・私が日本にいたころは「オレオレ詐欺」が横行しているなんてニュースでやっていたけど、今は日本では「ボクボク詐欺」なんて流行っているのか?世も末だね・・・・世紀末だね・・・人類滅亡だね・・・世界の終わりだね。言っておくけど、私には男の子の孫なんていないよ。残念だったね!一昨日来やがれってんだ!』
電話越しで羅針が怒りの声を発していた。どうやら、詐欺電話と思い込んでいるようだ。今、千里が手にしている黒電話でしか、彼女とは連絡は不可能なはず。詐欺なんて、絶対に有り得ないのに、羅針は何故かそう考えているようだ。「これは不味い・・・」と即座に千里は判断して自らの名前をしっかりと相手に伝えた。
「婆ちゃん、僕は千里だよ!せ、ん、り!分かる?覚えている・・・!?」
『せんり・・・・え?せんり・・・・?・・・・・・・・』
そう言って相手は黙った。まさか、自分の事を忘れてしまったんじゃないよな・・・と千里は若干焦った。確かに本当の孫ではないが、羅針とは幼い頃に何回も会っている。遊んでもらったこともあった。
彼女にとって自分は孫当然の存在だったのではないか・・・と、少なくとも千里の方はそう認識していた。そんな自分を忘れてしまったというのか・・・・しばらく、沈黙の後、羅針がようやく声を出した。
『ああ~!わかったぞ!早先見のじいさんとこのエロくておっぱい大好きのガキの千里か!』
「そうだよ!その早先見のじいさんの孫でおっぱい大好きな千里ですよ!」
ようやく、彼女は自分の事を思い出してくれようなので千里は嬉しかった。しかし、それを傍から見ていた涼達は「あいつ、何電話の相手に「おっぱい大好き」とか言っているの!?」とドン引きしていた。
『元気にしていたか?最後に会ったのはじいさんの葬式だったか?』
そう羅針が言った。確かに彼女と千里が最後に会ったのは2年前の彼の祖父の早先見乖里の葬儀の時だったはずだ。乖里の遺体が火葬されたのをしっかりと確認した後、羅針は「海外で遊んでくる」と一言言い残し、皆の目の前から、まるで消えるかのように姿を消した。その際、孫娘の計里に「壱発屋の様子を時々で良いので見に来るように」と言い残していた。その時の事は千里も覚えていた。
「ああそうだったね・・・婆ちゃん今どこで何しているの?」
『・・・・ラスベガスで負けた・・・・』
彼女はボソっとそう言った。千里は羅針の言葉をうまく聞き取れなかった。なので千里はもう1度、彼女に質問した。
「え?なんだって!?」
『てめぇ!その少し前に流行ったラブコメ物の作品の主人公がヒロインに向かって言いそうなムカつく台詞やめろ!こっちはラスベガスのギャンブルで大敗北して有り金を全て奪われた状態なんだぞ!腹の虫が収まらねぇ!お前の玉もぎ取るぞ!』
「お、おう・・・そいつはすまなかった・・・」
電話越しの彼女は相当、荒ぶっていた。そんな状態で、もし計里が羅針に電話したら、間違いなく少女のお小遣いはゼロになっていただろう。
これ以上の無駄話は羅針を刺激するだけだった。下手したら、電話が切られる可能性もあったので、彼は本題に入った。
「あのさぁ、そんな状態の婆ちゃんに悪いんだけど、聞きたいことが会って電話したんだ。
これはあくまで僕が計里に無茶言ってお願いして、婆ちゃんに連絡を取ってもらったことも理解して欲しい。だから、計里の奴を責めないでやって欲しい。」
彼はちゃんと遠縁の少女との約束を守ってそのように伝えた。その言葉を聞いて、計里も一安心というような顔をしていた。
『ふーん分かったよ。なんか知らんけど、計里の事を怒ったりはしないよ。それでお前さんが聞きたいことってなんだよ?』
「婆ちゃんは忘れているかもしれないけどさ・・・もし、あんたが覚えているなら、教えて欲しい。さっき僕は、僕が小学生の頃の出来事に関する夢を見たんだ」
『ほうそれで?』
「壱発屋に関する夢だった。婆ちゃん、あんたも出てきた。あんただけじゃない。僕のじいさんもその夢の登場人物にはいた。なんか知らないけど、あんたたちは何か話していた。山とか女の子とか、あと小学生の頃の僕に関する事とかを相談しているように見えた。」
『へぇ・・・夢の世界のじいさんと私がそんな事を・・・だから・・・・?』
電話越しの相手が「さて、なんのことやら」と言いたげな態度だったので千里は若干イライラした。もうストレートに彼は質問する事にした
「あんたたちは・・・小学生の頃の僕に何をしたんだ?婆ちゃんと、僕のじいちゃんと、あと一人は正体不明のサングラスマンというか、謎の男もいたけど、あんたら僕に何をしたんだ?」
「・・・・・・・・」
ストレートに聞いてしまった・・・だが、返ってきたのは沈黙だった。しかし、そんな返事を千里は望んでいなかった。
「おい!なんか答えろよ!ババァ!」
おもわず、苛立ちで千里は声を荒らげてしまった。そばで見ていた計里は「あ、あんたなんてことを・・・!」と慌てていた。しかし、千里にはそんな彼女の抗議が聞こえなかった。
『・・・・・・・・どうやら来たようだな。全てを話す時がな』
黙っていた電話越しの羅針がようやく重い口を開いた。その言葉を聞いて千里は「やっぱり」と思った。やはり、幼い頃の自分は祖父と羅針達により何かされたのだ。
『・・・まぁ仕方がないな・・・・あの時はじいさんの考えに同意しちまったけど、私は元々反対だったのさ。薬であんたの記憶を奪うなんてやり方は・・・』
「薬でガキの頃の僕の記憶を奪っただと!?どういう意味だよ!?」
薬で小学生の頃の千里の記憶を奪った・・・なかなか衝撃的な告白だった。ショックで千里は怒鳴ってしまった。
『そう、怒鳴るなよ・・・事情があったんだよ・・・あの時は』
「事情とはどういう事情だ!?」
『本当はお前のじいさんが話すべき事かもしれないが、じいさんはもうこの世にいない。だから代わりに私が話すよ。お前も大人になったんだ・・・辛い現実かもしれないけど、それを受け入れなきゃな。人間は辛い現実を受け入れて、それを乗り越えた時こそ、本当の大人になれるもんだ・・・。いいか・・・これから話すことは全て事実だ。覚悟はいいか?千里よ・・・・』
そうまで言われてしまって千里は戸惑ってしまった。「覚悟」という二文字の漢字が今はとても重く感じられた。しかし、千里は
「わかったよ。婆ちゃん話してくれ・・・」
と決意の言葉を羅針に伝えた。その言葉を聞いて、羅針が過去に起きた悲しい嫌な思い出話を語りだした。




