第5話「嫌ナ思イ出」(2)
「知らない天井だ・・・」
千里は、今ベッドの上で布団をかけられ、寝ていた。そんな彼の顔面に衝撃が走った。
「なーに、エヴァのシンジ君ごっこやっているんだよ!」
と、千里は顔面に軽くチョップをくらった。「痛い!」と言いながら、そのチョップを繰り出した相手の顔を見た。チョップマンの正体は自分の数少ない友人の一人、皆川涼だった。よく知っている顔を見て、千里は安心した。
「涼じゃないか。」
「よぉ起きたか、おっぱい星人!」
「なぁ涼、ここはどこだよ?」
「家だよ、うち」
そう言われて千里は納得した。ここは涼の実家である皆川医院だった。涼の両親は小さな診療所をやっている開業医で、夫婦二人とも、医者の免許を持っていると聞く。
「お前が、真野山で倒れたから、ここに一旦運んだんだよ。お前を診た父さんの話では大したことないって話だったよ」
真野山で倒れた・・・千里はそう言われて、自分が気を失った時の記憶が蘇ってくる。確かにあの時、真野山に入ろうとして、自分は動けずにその場で倒れたのだ。
その後、高山勇司警部補の指示と、彼の運転するパトカーの先導を得て、急遽、涼の運転するヴァンでこの皆川医院に運ばれた。千里の容態が大したことなく、ただの気絶と知った高山は
「申し訳なかったな・・・そう奴に言っておいてくれ」
と涼達に千里への伝言を頼み、再び真野山の女子高生行方不明事件の捜索へと戻っていた。
「そうだったのか・・・・なぁここは巨乳の看護婦さんいないの?」
病院に運ばれてベッドで横たわる状態でも、胸の大きい女性を求める友人に対して、涼は呆れながら、怒った。
「ホント、お前、おっぱい星人なんだな・・・悪いがいねーよ!それに今は看護婦さんじゃあ差別発言で訴えられるぞ。今は看護師さんな!」
「そうか・・・。そうだ!涼、壱発屋だ!壱発屋に行くぞ!」
千里が突然、涼もよく名前を知っていて、千里と共に何回か行ったことがある老舗薬局に行くと言い出した。唐突な彼の発言に涼は驚いてしまった。
「え?壱発屋に!?なんで?」
千里は自分が見た夢の内容・・・過去の自分の身に起きた出来事を語りだした。幼い頃の自分が過去に三人の大人により、壱発屋で何かをされたという事。千里はその件が、自分でも原因がよくわからない・・・「何故、自身は真野山を恐れているのか」という事に大きく関わっていると直感していた。その部分を踏まえて、目の前の友人に伝えた。
そう、自分自身と真野山の関係と謎を解く鍵は壱発屋にあるはずだ。千里はそう考えた。
「なるほど・・・それで壱発屋か・・・」
「ああ!もしも出来たら、一緒について来てほしい。また何かあって、気絶してしまってもあれだしな。」
「OK!よし、またヴァンで行くか!」
そう言って涼はジャケットのポケットから車の鍵を取り出した。再度、自身の運転でそこまで行くと言い出したので千里はそれを阻止した。
「ありがたいけどね。涼、あそこは君も知ってのとおり、正規の方法じゃないと行けない場所だよ。」
「ああ、そうだったな・・・めんどくさい場所だったな・・・」
そう言って涼は取り出した鍵を再度ポケットに入れた。千里の言った通り、壱発屋はある正規の方法でないと辿り着けないめんどくさい店だった。二人で壁に掛けてある時計を見た。今は夜7時、電車も動いているので、壱発屋に行く事は可能だ。
「まぁとにかく壱発屋向かうか!」
「ああそうだな!・・・・・・・・・・・そういえば光太は?」
千里はようやく自分の同居人の姿がいないという事に気がついた。そう問われた涼は、こう答えた。
「ああ、あいつならここに到着するなり、またトイレで盛大に吐いていたぞ。あいつ、車酔いしやすい体質なのかね?今は別室でさっきお前さんみたいにベッドで横になっているよ。もうあいつも復活したはずだから、連れて行こうか」
そう言って、まずは千里と涼は光太の寝ている部屋に向かった。光太は既に復活していた。涼が声を光太に向かって声をかけた。
「ほら、天野行くぞ」
涼のその言葉を聞くなり、彼は恐怖の声を挙げた。
「もうやだぁ!やだぁ!ごめんなさい。許してよ!お家帰る~!あんたの運転でどこか行くなら、呪怨の家に永住した方がまだマシだ!」
涼の自由すぎる運転のせいで、彼の中に先輩への恐怖が産まれていた。怖がる彼の姿はまるで何かに怯える幼い少年にも見えた。そんな怯える後輩を無理矢理、涼は部屋から引きずり出した。
「ああああああああああもうやめてええええええ」
「ああもう!うるさいな!車で行くんじゃない!壱発屋に行くんだから!電車で行くんだ!」
「え?壱発屋になんで?」
「事情は歩きながら説明する。ほら行くぞ!」
そうやって三人は老舗薬局「壱発屋」に向かうため、皆川医院を出た。




