第4話「嫌ナ汗」(8)
朝になった。光太は一人朝飯を食べていた。千里はまだ起きていなかった。起こそうかと思ったが、昨日の一件もあってか「今はそっとしておいた方がいいのか・・・・?」とも考えた。その時、
「おーい!」
と玄関から声が聞こえてきた。光太は玄関に向かう。そこには皆川涼がいた。
「あ、先輩。おはようございます」
「おはよう。怖顔マンから話は聞いたぜ。千里の様子がおかしいってな。だから様子見に来た。千里は?」
「そうなんですか・・・千里さんはまだ、起きてきてないですね」
二人で千里の寝ている部屋の前に向かう。涼が「千里―!」と呼んだ時だ。無言で千里が扉を開け、姿を現した。光太と涼はびっくりしてしまった。
「千里!?事情は勇兄から聞いている。お前どうしたんだよ?」
「そうか高山さんが・・・あれから色々考えた。これから真野山に向かう」
「え?真野山に!?お前、何言ってるんだよ!?」
千里の言葉に二人はまたも驚いてしまった。これからあの山に行くというのか。
「涼、昨日僕が講義中に居眠りして変な夢を見て絶叫してしまっただろ?あれは恐らく、真野山が関わっていると思う」
「そ、そうなのか!?」
「でも、千里さん・・・・」
「あなた、あの山が怖いんじゃ・・・・」と疑問をぶつけてみようと光太が思った時だ。それを遮って千里は語りだした。
「光太、確かに君の考えている通りだ。僕はあの真野山が怖い。でもね・・・何故か僕にも原因が分からないんだ。」
「え!?」
千里の言葉に光太驚いた。千里は光太が疑問に思っていることを見抜いた上に、さらにその原因も自分でも分からないと述べたのだ。
「夜、ずっと考えていた。確かに怖いけど、確かめに行かなきゃな、なんかすっきりしない。」
そう千里は答えた。涼はすこしムスっとした感じで
「お前・・・講義どうするんだよ!?」
と呟いた。確かに今日はフルタイム、大学で講義があるはずだ。
「ごめん・・・涼。代理出席でもやっておいてよ。」
千里は謝りながら、出来る講義は出席を誤魔化せと頼んできた。
「ちっ・・・仕方ねーな。お前に講義中また絶叫されてもこっちは迷惑だ。すっきりするまでやって来い。あとお前がなんであの山にビビっているか気になるからな。付き合ってやるよ!」
舌打ちをしながら言った涼の思いがけない提案に千里は驚いた。
「え?いいのか?」
「こっちは真面目に出席しているからな。1,2回休んでもどうってことないぜ。あと、天野、お前も付き合え。お前も真面目君なんだから、1回休んでもどうにでもなるのだろ?」
「え・・・・俺もっすか?」
突然、話を振られた光太は戸惑ってしまった。
「なんだよ・・・お前は困っている同居人を見捨てる薄情人間かよ!?」
涼が光太を睨んだ。怒らせたら何されるかわからない先輩にそこまで言われたら、従うしかなかった。
「わ、わかりましたよ!俺も真野山に行かせていただきます!」
「よーし、良い子だ」
後輩の返事を聞いて、涼は機嫌よく答えた。
「じゃあ、高山さんに連絡して連れてってもらいましょう」
光太がそのように提案した時、涼は「待てよ」とジャラリと音を出して何かをポケットから取り出した。光太はそれを見て青ざめた。
「そ、それは!?」
「ヴァンのキーだよ。今日は車で来んだ。これで真野山までドライブだ。さぁ行くぞ!」
「待ってください!こ、心の準備が!」 (またあの自由すぎるドライブかよ!?)
そう叫ぶ、後輩を無視した。そんな彼の首根っこ掴んだ涼と千里は出かける為に表に屋敷の停めてあるヴァンに向かった。
(おーえーゲロゲロ)
真野山の麓に着くなり、光太は下水道に向かって盛大に吐いた。用水路に彼の吐き出した、元は朝飯と思われる物体が用水と共に流れる。
「ああーまた吐いてる。ここ恋愛の神様がいるって話だぞ。神様にそんな汚い物見せたら、お前の元からない、ゼロ状態の恋愛運がマイナスになっちまうじゃねーか!」
光太が朝飯をゲロとして吐く元凶を作った、自由すぎる運転ドライバーこと涼がそんな事を言った。そんな酷いことを言う先輩を光太は睨んだ。
(あんたが悪いんだろうが!でも、先輩はまぁ自分が運転しているから気づかないのは分かるとして、あの人はなんで大丈夫なんだよ!?)
今度は涼の自由すぎる運転にも顔色一つ変えないあの人・・・早先見千里を光太は見つめた。千里はここに到着してから、じっと真野山を見つめ続けている。
光太も同様に真野山を見つめた。ここで2月に木原景子がUFOを目撃して、今度は女子高生が行方不明になったのだ。そして、千里はこの真野山を何故か恐れている。ここに一体何があるというのか。
「お前ら、来てくれたのか」
涼の連絡を受けた高山が姿を現した。高山は真野山をじっと見つめている千里に声をかけた。
「早先見、昨日はすまなかった。でもいいのか?お前なんか調子悪かったみたいだけど」
「高山さん、僕も昨日はすいませんでした。僕なら大丈夫ですよ、真野山の女子高生の捜索に是非、参加させてください。お願いします」
千里は頭を下げた。そんな千里を見て、高山だけではなく、光太と涼もびっくりしてしまった。高山は困惑しながらこう頭を下げる千里に問いた。
「お、お前、やっぱり熱でもあるんじゃないよな・・・・」
「だから、大丈夫ですって」
そんな二人のやり取りを見ていた。光太が口を挟んだ。
「でも、俺たちいいんですかね?だって俺たち事件とは関係ないですけど、その捜索隊とやらに参加してもいいんですか?」
光太のそんな疑問に高山は答えた。
「まぁ今、捜索隊を仕切っている人は情に厚い話が好きなおっさんでな。お前らがその女子高生の先輩かなんかで彼女のことが心配で、是非協力したいと申し出たとか話をでっち上げれば通用するはずだ。」
「え?そんなんでいいの?」
涼が高山の話を聞いて「いい加減だなー」と言いたげな顔をしていた。
「そうそう。そういう浪花節が大好きなおっさんなの。山道、登って少し行った所に捜索隊本部のテントがある。まずはそこ行くぞ」
そう高山に言われて、全員で山道を登り始めて50メートルぐらいの頃だ・・・。光太がある異変に気がついた。
「あれ?千里さんがいない!?」
「あ!本当だ!?」
「え!?マジかよ!?」
言われるまで涼と高山も気付かなかったようだ。全員で周囲を探す。まさか、千里まで行方不明になったというのか・・・・。
「もしかしたら・・・」
そう言い始めて、涼が来た道を引き返した。そして他の二名も後に続いた。涼が向かった先に千里はいた。山道の入口で棒立ちになっていた。
「おい!なにやってんだよ!お前がここに来たい!っていうからここに来たんだろ!」
涼が怒鳴ったが、千里は黙ったままだ。またも千里の様子がおかしくなっていた。彼は汗をダラダラと流していた。それは誰の目から見ても異常だった。
千里も出来れば、山に入りたかった。しかし、彼の体がそれを拒否していた。彼自身も理由がわからなかった。そして、それは遂に限界を迎えた。
「涼・・・・・・・・」
「おい、どうしたんだよ!?」
「ごめん・・・無理だわ・・・・」
そう言って、その場で彼は倒れた。三人は驚愕した。なんとか千里を起こそうと彼の名を呼び続けた。
「おい!千里、しっかりしろ!」
「千里さん、しっかりしてください!」
「おい!早先見、大丈夫か!?」
千里の耳には三人の言葉が入っていた・・・しかし、とうとう気を失った。
(また、この汗か・・・嫌な汗だ・・・・)
気を失いながらも、千里は自分の体にまたもあの「嫌な汗」が流れていると感じた。
第4話「嫌ナ汗」 〈了〉
・・・・・to be continued・・・・・・




