第4話「嫌ナ汗」(3)
「まぁ相変わらず、講義中には昼寝するのはあれだけどさ、でもよ、講義には出席するようにはなったな。これも天野と同居させたおかげかな。まぁ大学なんてある程度講義出てれば単位取れるっていう場所でもあるから、お前も安心だな」
講義が終わり時間になって、二人で大学構内の食堂に向かっている最中に涼にそんな事を言いだした。
「まぁそうだね。光太は良い目覚ましだし、良いコックさんだよ」
「おいおい、なんだよそりゃあ」
「いやいや、褒めているんだよ。光太の事」
千里は同居人である彼をそう褒めた。千里と光太が同居開始して、3週間程、経過していた。光太は千里の世話を献身的に行っていた。千里は家事があまり苦手というのもあってか家事関係も光太の仕事になっていた。しかし、涼の言いつけもあってか光太はそれを頑張ってこなしていた。そして、 最大の任務である千里をちゃんと起こして大学に行かせるという事も彼はもちろん怠らなかった。
光太と千里の時間割は当然違うが、光太は彼から時間割コピーを貰い、それを把握した上でタイムスケジュールを管理していた。千里も千里で光太が自分の家の家事などをやってくれるのだから、その代わりという訳ではないが、光太の言われた通りに時間を守るようになっていった。(でも、千里は相変わらず全裸で寝たりしていた。)
「千里さん、俺もいつか可愛い子とデート出来るような気がしてきました」
「だからさ、僕は君が何言っているかよくわかんないけど、そういうのは君に彼女出来てから言おうよ」
「・・・・・そうですね・・・・」
そんな会話を光太と朝した事を千里は思い返していた。
「あいつも最初はお前との同居を渋っていたみたいだけど、なんだかんだで同居生活、上手く言っているようだな」
涼は機嫌よくそう言った。その時だ、たまたますれ違った女学生達のこんな会話が聞こえてきた。
「波平さん、学校辞めちゃんうだっけ?」
「まぁ仕方がないでしょ、あんなこと合っただし。女の子孕ませて堕せと言い出すおじさんの講義なんて私受けたくないしー」
そんな会話する見知らぬ女学生二人が涼と千里の横を通り過ぎていった。涼がそれに対して呟いた。
「波平さん、大学辞めちゃうのか・・・・」
波平さん・・・波野平助教授が被害者になった4月にこの大学で起きた事件は光太と千里が同居することになった事件でもあった。波平はある女子生徒に殴られ、一命を取り留め入院中である。傷も癒えてきたので、6月には復帰予定の話だったが、どこから広まったのか、「波平が女の子を孕ませた上で堕ろすように要求したせいで殴られた」との噂が大学内で駆け巡っていた。そんな噂があるせいで、波平自身もこの大学にいづらいと判断して、退職を申し出たのだろう。
「そういえばさ、怖顔公務員様から聞いたんだけどよ」
涼が千里に話を振った。涼の言う怖顔公務員様とは千里とも知り合いの、この近くの警察署に勤務する高山勇司警部補のことだった。
「怖顔マンがなんだって?」
「・・・木原景子覚えているよな。」
「ああ・・・・」
木原景子こそ、波平を殴った犯人だった。その彼女は現在確か入院中のはずだったが。
「彼女、日曜日に息を引き取ったってさ」
「え?」
涼の報告に千里は思わず足を止めてしまった。
ほぼ同じ頃、その高山が勤務する警察署の会議室では、高山が普段から怖い顔をさらに怖くして上司である内海課長を睨みつけていた。室内に二人しかいない状態で、そんな怖顔に睨まれている内海は高山に向かって抗議した。
「・・・あのごめん、高山。君は真面目だし、優秀だってことも知っているよ。本当に立派だよ。警察官の鑑だよ。でもさぁその怖い顔で人を見るのやめろよ!」
「すいませんねぇ。この顔生まれつきなもんで。」
上司の抗議に高山は機嫌が悪く返した。
「いや、君の顔いつもより怖くなっているよ・・・。まぁそれに関してはこの際今はどうでもいいけど。さっき説明した通りだ。わかったね?」
「課長、納得いく説明をお願いします。どういうことですか?これ以上、木原景子の事を調べるなって!?」
「いいじゃないか。事件は解決しているようなもんだ。被害者は死んでなくて生きているんだし、被疑者の女は容疑認めた・・・まぁそっちは死んじゃったけどさぁ・・・」
内海に呼び出された高山は「もう木原景子の事を調べるな」と一方的に言われた。確かに内海の言った通り、事件の被害者は重症だったが一命を取り留め、犯人である女も現場で容疑を認めた。しかし、「目の前で突然、血を噴き出した」「「神の声」という謎のメッセージ」「原因不明の昏睡状態のあげく死亡」などの謎だらけだった。高山は納得いかなった。
高山は彼女が意識を回復しだい、色々と木原景子本人からも事情を聞く考えだった。そんな彼女も昨日、病院から連絡があり、息を引き取ったとの事だった。これでは予定は狂ってしまった。
「俺は調べますよ。彼女の死に関しては色々と腑に落ちない点が多すぎます。」
「そう言うなって・・・・俺の為を思ってさぁ」
「課長の為ってどういう意味ですか!?」
高山はそんな事を言い出した上司を睨んだ。内海は思わず怖顔から目を背けてしまった。そして、観念したのか理由を語りだした。
「そんな怖顔で睨むなって・・・実はさぁ。今日の朝、県警のお偉いさんから呼び出された。そして、今のお前さんと同じように「もう木原景子の事を調べるな」って・・・・言われたんだよ。理由は教えてくれなかった。これ以上の詮索するなら、夏のボーナス減らすまで言われたら、そうするしかないだろ!」
「なんですか?そりゃあ!?納得いかないですよ!」
「とにかく、調べるな!ボーナス欲しいんだよ!俺は!嫁さんに殺されたくないんだよ!」
「色々、お気持ちも分かりますけどね、一人の女の子が死んじゃったんですよ!」
高山は一般市民の命より自分の利益と命を優先する上司を咎めた。しかし、内海はさらにこうも言った。
「・・・それに呼び出された時、県警の偉いさんと一緒に妙な男もいた。なんだかさぁ、気味悪い奴でそいつを見てたら、何故か今回の一件は深入りしない方が懸命と思ったよ。まぁその男は黙ってじっとこっちを睨みつけていただけだったけど」
「妙な男?なんですそいつは?公安かなんかですか?」
「いや・・・確かにそれっぽかったけど、なんか雰囲気が違った。黒いスーツに分厚い黒いサングラスをずっとしていたんだよ。ほらまるで外国映画のあれみたいな」
外国映画のあれみたいな・・・それだけの説明ではまったくよくわからなかった。内海はその映画のタイトルを思い出そうと唸っていた。
「えーと・・・あれだ、ほらあれだよ・・・・黒人俳優のウィル・スミスと、缶コーヒーのCMによく出てくるトミー・リー・ジョーンズがバディ組んで宇宙人と戦う奴」
その俳優二人と内容を聞いて、高山はわかった。高山も何回か見たことある映画だった。タイトルはそう・・・・
「め、「メン・イン・ブラック」!?」
「そう、それそれ!ああスッキリした。年取ると映画のタイトルも思い出せないとか嫌になるねぇ!」
何故か内海はクイズ番組の出演者が正解の答えを言った時のようにはしゃいでいた。そんな良い事があった子供みたいな状態になっている上司を尻目に高山は考えた。
(オイオイ、UFOの次はMIBのお出ましかよ・・・・これなら公安の方がまだマシだ・・・)
確かに木原景子は2月にUFOを目撃したとの話も高山の耳には入っていた。しかし、
そんなのは何かの間違いと高山は思って信じてなかった。さらに、この事件には変な男が影で動いるとの話まで耳にするなんて思いもしなかった。
(まるでXファイルの世界だな・・・生きたXファイルみたいな変人大学生はいるけどさぁ)
頭の中で、知り合いのお化け屋敷の主である大学生の顔がチラついた。
「やっぱり納得行きません!」
「ああもう!分からず屋め!そんなに捜査したかったから、あの一件を手伝ってこい!」
「あの一件って言うと・・・女子高生が行方不明になった奴ですか?」
内海が言うあの一件・・・この警察署の管轄内で先週の金曜日の夕方に女子高生が一人行方不明になった事件だった。現在も捜索活動が続けられているが、まだ彼女は見つかっていなかった。
「いや・・・しかし・・・(待てよ)」
高山は考えた。確か、その女子高生は真野山で行方不明になったはずだった。木原景子がUFOを目撃したのも真野山だった。これはなにかの偶然なのか。それともなにか繋がりがあるのか。考え過ぎかもしれないが・・・・。
(とにかく真野山に行ってみるか・・・)
「わかりました。真野山で行方不明になった女子高生の捜索活動に参加させていただきます。」
高山の返事を聞いて、内海は上機嫌になっていた。
「いいぞぉ!俺の夏のボーナスのために高山ちゃん!ファイトぉ!」
(別にあんたのボーナスのためじゃねーよ)
と高山は心の中で悪態を付きながら会議室を出て真野山に向かった。




