第4話「嫌ナ汗」(1)
この世界に未知なる物は実在する。
Unknown presence is real.
5月20日の金曜日の夕方、K高校の2年生、辻智子は同じクラスの友人である大石春美に連れられて、高校近くの真野山に来ていた。きっかけは、授業が終わり、放課後、智子と春美が一緒に帰り途中で寄ったマクドナルドでの出来事だった。
「そういえばさー智子さ。あんた彼氏の田中君とどうなったのさ?」
二人で向かい形の席に座っていた。ふいにマックシェイクのバニラ味を飲みがながら、春美は智子に質問した。田中君・・・それは智子の彼氏だった。1年生の一学期まで春美、智子、田中君は同じクラスだった。しかし、彼は昨年の秋、親の都合で県外の高校へ引っ越してしまった。だが、そのあとも智子と田中君は一応遠距離恋愛という名の謙虚な交際を続けていると春美は聞いていた。
「田中君・・・・」
その名前を呟きながら、智子の目から涙がボロボロと流れてきた・・・そんな友人の姿を見て春美は(や、やべぇ地雷を踏んでしまった!)と色々察した。
春美の察しの通り、智子と田中君は既に破局していた・・・。この前のGWに智子と田中君は久しぶりにデートをした。智子にすれば、久しぶりの大好きな彼氏とのデートを楽しんだのだが、夜になり田中君が急に智子に別れ話を持ちかけてきたという。
「い、今の高校で好きな子が出来たから別れたいって・・・・」
「・・・・そいつは酷いな!田中、最低だ!」
泣きながらそう語る智子に、春美は地雷を踏んでしまった自分の事は棚に上げて、全て悪いのは田中君のせいにする方向で話を進めた。しかし、いくら経っても智子は泣き止まなかった。春美もなんとか泣いている友人を慰めようと頑張った。
「元気だしなって。智子、あんた可愛いからさ。きっとすぐに新しい彼氏出来るって!」
「・・・・でもその彼氏にも振られたら、どうしよう・・・・・・」
焼け石に水というべきか、今の智子には何を行っても逆効果で無駄だった。そんな智子を見かねた春美は
「仕方がないな・・・・ちょっと付き合いな!」
と、泣き続けている彼女を半場、無理矢理、真野山に連れてきた。
「春美、どうしてここに私を連れてきたの?」
「いいから!いいから!」
そう、強引に真野山のハイキングコースを春美は智子を連れて歩き続けた。夕暮れ時のせいで山の中は既に薄暗くなっていた。気味が悪かった。智子が震える声を出した。
「ここってさぁ・・・・色々変な噂がある心霊スポットっていうじゃない?なんか怖くない?」
真野山は地元でもオカルトスポットで有名だった。「幽霊を見た」とか「女の子が神隠しにあった」とか、または「UFOを目撃した」とかそんな都市伝説がいくつか存在した。しかし、春美はそんな噂ちっとも信じていなかった。
「あんなのただの噂だって。私、何回かここに来たけどそんな幽霊とかUFOとか見た事ないよ」
「でも・・・・」
「いいから!すぐそこだって」
と都市伝説なんて怖くないというような感じで春美は智子を連れて歩き続けた。二人でハイキングコースの山坂道を歩いて数十分後、ベンチが置いてある、休憩スポットにたどり着いた。森林などが伐採整理されていて、その場所は山の一番山頂という訳ではないが、ある程度、山の高い位置にあるおかげで街の景色が一望出来た。
「ほら、智子、見てみな」
「うわー綺麗・・・・」
そう春美に言われて智子はそこから一望出来る景色を見て感動の声を出した。ちょうど夕暮れのせいもあってか街が茜色に染まっていた。その光景が焼けに美しく思えた。
「私もさぁ、昔彼氏に振られたせいで悲しくなってさぁ。でもね・・・気分晴らしにここに散歩しに来て、この光景見ていたらね。なんかどうでも良くなったのさ。だからさ、あんたもさ、ここ見てそんなってくれたら良いかな・・・って思ってね。忘れちゃいなよ。あんな男の事。」
春美はようやく智子をここに連れてきた理由を語りだした。そんな話を聞いて、友人のありがたい心遣いに智子は感激した。笑顔を向けて春美に言った。
「ありがとうね。春美。でもなんか、青春ドラマのキャラクターみたい」
「いいじゃん。青春ドラマ。私はそういう青臭いの好がきなんだよ」
さっきまで泣いていた友人の笑顔を見て、春美は安堵した。ここに連れてきた甲斐があったというものだ・・・・。そんな事を春美が思っていた時だ。
茜色に包まれていた二人の頭上が急に青白く光った。驚いて春美と智子も同時に天を見た。見たことない光る物体が空に浮かんでいた。ちょうどその物体は二人のほぼ真上の位置にあった。二人にはその物体の正体が分かっていなかった。しかし二人は頭にはほぼ同じような考えが浮かんでいた。
「もしかして・・・UFO!?そんな馬鹿な・・・・!」
春美が叫んだ。智子も同じような言葉を言おうとした瞬間に激しい光りがその場を支配した。春美も智子も眩しさで目を瞑った。
智子は目を開けた。場所はさっきと同じ景色が見渡せる山の休憩スポットだった。変化があったのは天空が、茜色の空じゃなくて、星空の夜になっていた。スマートフォンを取り出し、時間を確認する。PM8時となっていた。
「ここは・・・・」
最初、記憶が混乱していたが、この場所はどこで、自分がどうしてここに来たのか思い出した。あの青白い光はなんだったのか。さっきまで夕方だったのに何故か時間が、数時間も経過しているのはなんなんのか・・色々と疑問が頭に浮かんだ。それよりも一番怖い事実に彼女は気づいた。
「そうだ!春美!?」
そう叫びながら周囲を見渡すが、自分をここに連れてきた友人の姿は・・・見当たらなかった。智子は友人を心配しながら、「もしかして春美によるドッキリかイタズラか?」という可能性も捨てずに暗闇に対して呼びかけた。
「春美―!春美―!どこなの!?返事してよ!私をビビらせるつもりなら、もう充分だからさ!」
そう叫ぶが、返事は当然のごとくなかった。ようやく笑顔になった智子の顔がまた泣き顔に戻っていった。嗚咽混じりに彼女は再度友人の名前を呼び続けた。
「春美―!春美―!春美―!」
必死に声が枯れそうな勢いで叫んだが、やはり返事はなかった。
こうして、K高校の2年生、大石春美は真野山に行き、友人である辻智子の目の前で姿を消し、行方不明なった。・・・・これはF大学の近くのお化け屋敷の主である早先見千里が自身でも忘れていた幼い頃の記憶と向かい会う羽目になる嫌な事件の始まりでもあった。




