第3話「壱発屋」(5)
昼飯のラーメンを食べ終わって、光太が食器の洗っていた時だ。
「やっぱり身体がさ、寒い・・・・・」
背後で食卓の椅子に座ったままの千里がそう言った。さらに「ハクション!」と大きなくしゃみをした。千里の鼻からは鼻水まで出ていた。
「やっぱり風邪ひいたんじゃないですか?全裸で寝てたせいで」
光太は振り向かず、食器を洗いながらそう言った。
「そうかなぁ・・・・・・そうかも・・・・・」
千里も光太の言葉に同意した。
「・・・・・・ああそうだ!風邪ひいちゃ大学行けないね!そうだよ!風邪引いて大学行って涼とかに風邪を伝染しちゃいけない・・・(ハクション!)」
千里がそんな事を言い出してまたも大きなクシャミをした。
(この人は・・・そういう作戦か・・・・)
光太はそんな千里の言葉に呆れながら、振り向いて千里の顔を見た。鼻水を垂らしながら、千里の顔は若干紅潮していた。目も少し虚ろなような感じがした。
「え?マジで風邪ですか?仮病じゃなくて?」
「仮病ってなんだよ・・・失礼だな・・・」
光太の言葉を聞いて、力なく千里が彼の考えを否定した。
「ちょっと熱あるか計ってみるよ」
そう言って千里は温度計を取りにいくために台所を出て行った。しばらくして戻ってきた。千里が俯いてこう言った。
「残念なお知らせがあります・・・・・」
「どうしたんですか?本当に熱が!?」
「熱が・・・・・ありません・・・・・・・!」
千里は手に持っていたデジタル温度計を光太に見せた。温度計の数字は「36.6」となっていた。確かに熱などなかった。
「じゃあ良いじゃないですか」
「良くない!これじゃあ休めないだろ!」
顔を紅潮させた状態で千里がそう叫んだ。光太は困惑する。(困った人だな・・・・)
「でも、だるいなぁ・・・・寒気もする・・・・」
「うーん・・・・病院行きます?」
「病院か・・・・でも今日、日曜日だからね・・・・ここら辺の病院は大体,日曜は休診なんだよな・・・・・・・(ハクション!)」
光太の問いにそう答えながらまたも大きなクシャミを千里はした。
「そうか・・・・薬局行ってきましょうか?薬買ってきますよ?」
「薬か・・・・それなら行付けの良い店があるよ・・・」
そんな所があるのか・・・・なら光太は自分が薬を買ってくると申し出た。
「そうなんですか?じゃあ俺がそこ行きましょうか?千里さん、調子悪そうだし、寝ててくださいよ。場所教えてくれれば行きますよ?」
「そう言ってくれるのはありがたいけどね・・・あそこは色々面倒なんだよ。なんていうか・・・その・・・簡単に言うと、一見さんお断りの店なんだよ」
(一見さんお断りの薬屋さんなんてあるのか?料亭とかじゃあるまいし・・・・)
一部の老舗の料亭などでは一見さんはお断り・・・という話は聞くが、薬局でそんなルールがある場所が存在するとは知らなかった。
「まぁとにかく一応、常連の僕と一緒に行った方が良い・・・(ハクション!)」
「はぁ・・・そうなんですか・・・」
「ほら、この機会に光太も一緒に行って、あの店の人間と顔なじみになった方がいいかもな。風邪になった時とかにあそこ使えるようにして置いた方が便利だろうよ。あそこの薬は良く効くし・・・・(ハクション!)」
「そんなにその薬局の薬は良く利くんですか?」
「ああ・・・すごいぞ・・・もし将来、君に彼女とか出来たけど・・・万が一インポになっちゃった・・・・なんてことになっても、くよくよ悩んだり、悲観しなくても良い。あそこの薬を飲めば一発で治って元気になっちゃうよ・・・・(ハクション!)」
「へぇ・・・そいつはすごいですね・・・(オイ、あかひげ薬局じゃないよな!?)」
千里と光太は、その薬局に向かうために外出の準備を開始した。戸締りをして、ガスの元栓など閉める作業を行った。千里はクシャミが酷いのでマスクを自分の顔にかけながら、おもむろに言った。
「・・・・そうだ・・・じいさん連れていくか・・・」
「じいさん?」
「ほら、さっき会ったじゃない。黒猫の九十九じいさん」
光太は先ほど遭遇した黒猫・・・・化猫の九十九を思い出した。
「え?でもどうして?」
「これから行く店がじいさんの家なんだよ。ついでに連れて行ってやろう」
「・・・・・化猫の家・・・・!?」
さっきまで光太の頭の中にあった薬屋のイメージ(よくあるドラッグストアや薬局のイメージ)が、急に音を立てて崩れだした。そして新たにこの屋敷同様の古くてオンボロなお化け屋敷のような店のイメージが構築された。店員も白衣の薬剤師かパートのおばちゃんから、妖怪・砂かけババァのような店主へと突然変異した。
「じいさーん。あんたの家にこれから行くから、一緒に来るかい?」
千里がまだこの屋敷にいるはずの黒猫に向けて呼びかけた。千里の声に反応したのか、九十九が音を立てずに、どこからともなく姿を現し、そして『ニャー』と鳴いた。急に現れた化猫を見て光太は思わず身構えてしまった。
「おう、じいさん。ほら一緒に行こうか(ハクション!)。」
クシャミしながら、そう言って千里は九十九を持ち上げて、そし肩に乗せた。千里の肩でぶら下がった状態になった九十九は若干嫌そうな顔をした。
『おい!風邪引いたのか!ワシに伝染すなよ!』
「ごめんごめん」
九十九の抗議に千里が詫びる様子もなく返す。
(やっぱり俺にも黒猫の声・・・じゃなくてテレパシーか?聞こえるよ・・・なんでだよ・・・?)
不可思議なことに悩みながら光太は千里の肩に乗った黒猫を見つめそんな事を考えた。
「ほら、光太、戸締り出来たらならそろそろ行くか・・・(ハクション!)」
「あ、はいはい」
千里の言葉で光太は我に帰った。こうして、二人と一匹は薬を買いに求めて、その一見さんお断りの店に向かったのであった。




