第3話「壱発屋」(4)
「ああ美味しい~」
光太は作ったとんこつラーメンを食べながら、千里がそう幸せそうな声をだした。
「即席ラーメンですけどね」
向かいの席で味噌ラーメンを食べている光太がそう言った。
「いやぁインスタントでも美味しいよ。僕はこうも美味しく作れない。インスタントでも作る人によっては味も変わるのかね?」
そうまで千里に褒めてらうと、作った甲斐があったものだ。光太は照れくささを覚えた。
「なんか身体が寒かったんだよね。ちょうど暖かい物を食べたかったし」
「え?寒い?」
千里のその言葉に光太は驚く。今日は雲ひとつない日本晴れで暖かい、むしろ暑いぐらいだ。
「風邪でも引いたんじゃないですか?全裸で寝てたぐらいだし」
「そうかなぁ・・・・」
「そうですよ。連休終わって、明日から大学の講義が始まるんですから風邪引くとかやめてくださいよ。」
光太の言葉を聞いて、千里は持っていた自分の箸を落とした。すごく驚いた顔をしていた。千里はそんな表情を崩さず光太に聞いた。
「え?今なんて言った?」
「いや、だから、風邪引くとかやめてください!」
「違う!その前!」
千里がそう否定したので、光太は再度自分の言った言葉を思い返した。
「えーと・・・連休終わって、明日から講義が始まるんですから?」
「・・・・・・・・ああああああああああああ!!そうだったあああああああああああ!!ゴールデンウィーク終わっちゃったじゃないかああああああああああああ!!!」
光太の言葉を聞いて、千里が苦しそうな顔をして、「まるで明日地球が滅亡してしまう事を知った時」のような絶叫をした。
「いや・・・確かに連休終わっちゃうのはあれですけど。そんな絶叫しなくても・・・・」
「君には連休が終わる悲しさとか虚しさが分からないというのかい?」
「そうとは言っていませんよ。俺も悲しいですけど」
確かに連休の終わりは悲しい。連休の終わりに近付くにつれ、「あれもしたかった。これもしたかった。あれは時間の無駄だった」という後悔ばかりが頭にちらつくというのは誰でも経験はあるはずだ。光太にもその気持ちはよくわかっていた。
(でもなにもそんな明日世界が滅ぶみたいな絶叫をしなくても)
悲しいとは言え、大げさだろ・・・とも光太は思いながら千里を見た。
「・・・・しちゃおうかな・・・」
千里が虚ろな目をして何かを呟いた。光太には彼の台詞の前半の部分がうまく聞き取れなかった。
「なんです?何するって?」
「・・・・・・・明日は講義エスケープしちゃおうかな・・・・・・・エクソダスしちゃおうかな・・・ゴールデンウィークの延長戦しちゃおうかな・・・・・・・」
千里がとんでもない事を言い出した。明日の講義をサボるというのか・・・・光太はそんな千里の言葉を聞いて叫んだ。
「ダメですよ!あんたが休むと俺が皆川先輩に怒られるんですから!」
そう、光太がこのお化け屋敷に住むように提案した先輩である皆川涼の言いつけにより、自己管理ができない千里のタイムスケジュール管理等も彼には任せられているのだ。
「天野よ・・・・千里の世話を任せたぞ。お前と同居させても状況的に変わらず、あいつが講義に来なかったり、サボることになったら分かっているよなぁ?人間、ろくな恋愛も経験せず死にたくないよなぁ?なぁー?」
光太は涼が怖いぐらいの笑顔でそう言った、日本人特有の威圧的な空気を込めたセリフを思い返した。
(まだ彼女とかも1回も出来てもないのに死ぬわけにはいかない!!)
千里が講義をサボるということは、光太の今後の人生にも大きく左右・・・・それはさすがに言いすぎかもしれないが、とにかくヤバいことになるのは確かだった。
「お、俺だって、人生で1回ぐらいは可愛い子と素敵なデートしたいんですよ!一緒に映画館とか、スタバとか、夕暮れの公園とか行きたいんですよ!そんな夢をただの妄想で終わらせたくないんですよ!お願いしますよ!!」
「な、何を訳がわからないことを言い出すのさ!?君は!?」
千里からしてみれば訳のわからないことを言い出した光太に彼は困惑した。
「とにかく!明日は大学行ってください!講義をサボるのもなしですよ!お願いしますよ!」
光太は再度力強く千里に向かってそう言いつけた。それを聞いて千里は小さく元気のない声で呟いた。
「・・・・・・わかった・・・・・考えておく」
「考えるじゃなくて!絶対に!」
光太はもう1度大きな声で強めな口調でそう千里に向かって言った。
「・・・・・・・・・はい」
千里は母親に理不尽な事で怒られてしまった幼い子供のような感じでそう小声で言った。
「お願いしますよ!」
(まだこれは油断できねーな・・・・)
光太はさらにそう言ったが、内心は「まだまだ油断は禁物」とも考えた。




