第3話「壱発屋」(2)
この屋敷の主がいつもいる部屋のドアの前でノックしながら叫んだ。
「千里さーん!ラーメン作るけど食べる?味は何味がいい?」
やっぱり寝ているのか返事はない。彼は千里の部屋に入る。
「この前、テレビはAV再生状態で放置されていたな・・・・」
そんなことを思い返した。今日はテレビの電源は消されていた。千里はソファーの上で毛布に包まりながらやはり眠っていた。光太は昼寝しているこの屋敷の主に呼びかける。
「千里さーん、起きてよ!」
呼びかけるが起きる気配はなかった。「眠らせたままの方がいいかな・・・・無理矢理起こそうかな・・・」と考えていた時だ、背後から視線・・・誰かに見られている気配を光太は感じた。
「!?」
(まさか・・・・幽霊?確かにこの屋敷には本当に幽霊いるらしいけどさ・・・・)
光太は部屋の中をキョロキョロ見回すが、幽霊の姿などない。部屋の壁には色々な映画のポスターが貼ってある。そのせいなのか・・・そのポスターの中の写真の俳優や、イラストのキャラクター達からの視線を感じて、そう錯覚してしまった?・・・・とも考えた・・・。
「まさかね・・・・」
もう1度、彼は周囲を確認する誰もいない・・・・いやいた。その存在を見つけて彼は一瞬「ビク!」と驚いて、身構えてしまった。部屋の隅には全身、見事に真っ黒な猫が座っていた。尾を揺らしながら、黒猫こちらをじっと見つめていた。猫は『ニャー』と可愛らしい声で鳴いた。猫か・・・と緊張が解けるのと同時に光太の頭には疑問が沸いてきた。
(なんだあの猫は?どこから忍び込んだ?)
千里からペットの類を屋敷で飼っているとの話は一言も聞いていなかった。とすれば、どこかからこの屋敷の中に忍び込んだ可能性が高い。屋敷に侵入した近所の野良猫という事も考えられる。
「なんだ・・・お前はどこから入ってきたんだ?」
そう言いながら光太は黒猫に近づく。猫は彼から逃げることもなく、じっと見つめたままその場所に留まっている。目の前に立ち、ゆっくり猫に触れて「よしよし」と言いながら両手で持ち上げてみた。黒猫の首元には金色の鈴がついた赤い首輪が巻いてあった。
(野良猫じゃなくて飼い猫なのか・・・?でも誰の・・・?)
首輪には銀色のネームプレートのような装飾もあったので、光太は猫の名前もしくは、飼い主の住所などがそこにあると思い、確認をしてみる・・・しかし、銀色のプレートには何故か名前や住所ではなく「66」・・・又は「99」と、そのどちらとも読み取れる2桁のゾロ目の数字が掘ってあるのみだった。
「66か?いや99?なんで数字なんだよ?・・・名前とかじゃないのか?」
そんなことを声に出して問いてみるが、猫は『ニャー』と鳴くだけで当然答えはわからなかった。彼は猫のお腹を見て、性別を確認してみる・・・猫はオスだった。
(そういえば、婆ちゃんの家で昔、三毛猫のオスを飼っていたな・・・あいつも可愛かったな・・・名前なんて何だったかな・・・)
彼が猫を触りながら過去の美しい思い出に浸っている時だ。
『ワシに気安く触るんじゃねーよこの童貞野郎が!』
「ええ!?」
どこかから渋い低いオヤジの怒鳴り声が聞こえてきた・・・・気がした。振り向きながら部屋を見回す。人の気配などはなかった。千里が起きたのか・・・そうとも考えて彼が眠っているソファーを見た。千里はまだ寝息を立てて眠っていた。
(あれ?とうとう心霊現象が起きたのか!?)
この屋敷に引っ越してきた時に千里から告げられた「この屋敷はおっさんの幽霊だらけだ!」という、出来れば知りたくもなかった事実を光太は再び思い返した。身構えたのと恐怖からか、黒猫を持つ両手に自然と力が入ってしまった。そのせいで彼の両手の中で黒猫が暴れ出した。
『おい!痛いじゃねーか!バーロー!』
「うわぁ!ごめん!」
またも渋い低い声が聞こえてきた・・・今度は抗議的な内容だった。驚きで暴れる猫を彼は手放した。チャリーンと猫の首輪の鈴の音が鳴って、猫が華麗に部屋の床に着地をした。
「え!?」
今、思わず猫に向かって謝罪の言葉を発してしまった自分に驚いた。いや・・・猫がまるで喋ったような風に思えたせいで驚いた・・・というべきか・・・・。
彼はパニックになりながら、足元から光太の顔を見つめ・・・というより今は睨んでいる黒猫を見る。
「もしかし、お前が喋った・・・・?」
猫に向かって話しかけてみる。しかし、黒猫の返答は『ニャー』という鳴き声のみだった。
「・・・・どうした・・・・?」
今度は知っている声が聞こえてきた。光太は少し安心してその方向を見た。ソファーの上で毛布に包まった千里が眠そうな顔をしてこちらを見ていた。ようやく彼は起きたようだ。
「千里さん!」
一人混乱していた光太は思わず千里のそばに駆け寄る。
「・・・僕は・・・・ガンダム見て、戦隊見て、ライダー見て、プリキュア見て、ドラゴンボール見て・・・ONEPIECEの見終わって寝ちゃったかな・・・」
まだ彼は寝ぼけているような感じでそう言った。千里は日曜朝の特撮・アニメ番組のラッシュを見終わって昼寝に入ったようだ。
「千里さん、お、お、お、」
光太が壊れたスピーカーのように話した。
「お?お?お?」
千里がオウム返しして首を傾げた。
「おっさんの声が聞こえた!お化けかも!」
「はぁ?おっさんの声?」
光太の言葉を聞いて千里が部屋を見回す。超能力で幽霊を索敵しているのだろうか・・・・。
「・・・いない。おっさんのお化けはいない。」
部屋を見渡し終わった千里は静かにそう呟いて欠伸をした。
「え?いない?この前はこの屋敷のいたる部屋にお化けがいるって・・・・」
「確かにそんな事言ったけど、この屋敷の全ての部屋にいるという意味ではないよ。現在、屋敷の風呂場とかトイレとか、あとこの部屋とかにはお化けはいないよ」
「え・・・そんな・・・・じゃあ一体・・・・」
(あの野太い中年男の声は一体なんだったのだ・・・・?)
光太が謎の声を出した者の正体を考えていた時だ。背後で再び『ニャー』と黒猫が鳴いた。振り返って猫を見る。
「・・・・・」
(やっぱりこいつが喋った?まさかなぁ・・・)
千里も光太の見た方向と同じ方向を見た。千里が黒猫を見て眠たそうな目を見開いた。そして喜びの声を上げた。
「おお、あんたは九十九のじいさんじゃないか!お久しぶり!」
千里が毛布を払いのけて立ち上がり猫に近寄る。
「じいさん、元気にしていたか!」
そう言いながら千里は黒猫の頭を撫でた。黒猫は嬉しそうに『ニャー』と鳴いた。
「それ、千里さんのペット?」
光太が黒猫を指さして、千里に質問する。するとまたも
『「それ」とか「ペット」とか気安い言葉でワシを片付けるんじゃねー!』
「!?!?」
やはり渋い低い中年声が聞こえて来た。再び驚いて光太は周辺を見回すが、やはり部屋に中年の男の姿などなかった。そんな光太を尻目に
「ああ、こいつは僕のペットではないよ。九十九って言ってね、知り合いの家に住んでいる黒猫さ」
千里はそう返した。
「ツクモ?」
「そう、99・・・漢数字で九十九と書いて九十九さ」
なるほど・・・やはり、今この部屋にいる黒猫はこの屋敷の猫ではなく、別の家の猫だった。又、先ほど確認した時の首輪のネームプレートに掘ってあった数字はやはり「99」で合っていたのだと光太は思った。
ニつの疑問が解決出来たが、光太は最大の疑問を解消するためにこうも彼に聞いた。
「・・・・千里さん、馬鹿なことかもしれないけどさ。間違っていたら笑い飛ばしてくれても構わないけどさぁ・・・・もしかして・・・もしかしてさぁ・・・その猫って喋るの?」
光太が自分の馬鹿な仮設を確かめるために千里にそう質問した。
「はははははは。猫が喋るわけがないだろ。「魔女の宅急便」じゃあるまいし、ポケモンのニャースでもあるまいし。深夜アニメとかでも、そんなベタな設定は今時やらないと思うよ。僕もそういうベタな設定は嫌いじゃないし、そういうアニメは今でもあるかもしれないけどさ」
千里が光太の仮説を笑顔で笑い飛ばした。
「そ、そうだよなぁ・・・・」
そうだ。猫が喋るわけがないのだ。恐らく、謎の中年男の声の正体は、千里から「この屋敷にはおっさんのお化けが沢山いる」という話を聞いていたせいで起きた無意識にそれに対して恐怖してしまった上に聞こえてしまった幻聴・・・・のような現象と、光太がそう自分の中で結論付けしようとしていた時だ。千里がその結論をひっくり返すことを平然と言った。
「ああ・・・でも九十九のじいさん、テレパシーは使えるんだっけか?」
「ええええええええ!?」
驚く光太。猫が千里の言葉を肯定するかごとく『ニャー』と鳴いた。




