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第十九話

少し短いです。

 方々に佇む武装神官達の佇まいに隙はなかった。



 夜明け前の最も闇が濃くなる刻。当然、夜間の警護兵達の警戒も最も薄れる刻になってくるはずだったが、生憎と離宮の周辺には隙も見当たらないのだ。


 ここは、スメラギの聖地カスガ。


 小高い丘と静謐な森の中に佇む社を中心とした地であり、ケゴンのような修験や鎮魂などの意味合いよりも、豊潤なるこの地にあって、スメラギ全土の五穀豊穣を願う“巫女”による祈祷の地――それがカスガの担う役割である。



 しかし、“血の式典”以降、カスガの位置するインミョウ地方の支配者であった清華人民共和国軍が、聖地を蹂躙線と進撃を開始。

 以降、五年間に渡り、聖地を守る神衛を中心とした守備隊との交戦が続いている。


 戦力的には圧倒的に不利な状況にあったが、それでもなお彼らが戦い続けていられるのは、やはりこの地に現れた“巫女”の存在が大きいであろう。

 “血の式典”事件に際し、先代の巫女はベラ・ルーシャ、その実は組織の暗殺者の手に斃れ、カスガもまたスメラギと同様に主不在の状況にあった。



 奇しくも、天津上、カスガというスメラギを象徴する二つの地に、幼き少女が救世主として降り立ったことになる。


 ただし、今の私の立場は、その両者との敵対を余儀なくされるのだが。




「いまだ神皇への目通りもなく、天津上への協力姿勢を見せない。そんな孤立状態にある巫女であるが、兵達の心は掴んでいるか」



 飛竜より、社周辺の森に中に降り立った私達は、方々を探索し終えてこの場に集結している。

 その中で、幹部であるヒサヤ様――シリュウとスザクの両者を中心としての作戦会議となったのだ。

 今もヒサヤ様は、シリュウ時代の特徴も言える抑揚に乏しい声と虚ろな目をしながら口を開く。

 腹芸と言うべきか、それまでのヒサヤ様の姿が偽りではないかと思わせるほどに、その立ち振る舞いは真に迫っている。



「潜入が難しい以上、正面から行くしかあるまい。正直なところ、事を荒立てる気はなかったがな」


「…………何か?」


「いや? こう言っておけば貴様は満足なのであろう?」



 そんなヒサヤ様の言に、日宇城を引き締めながらそう言ったスザクは、そのまま私に対して視線を向けてくる。

 真剣な表情ではあったが、すぐにその表情は立ち消え、元の人を小馬鹿にするような笑みを浮かべてそう告げてくる。



「ほう? 抜くか。せっかくだ、巫女の一緒に首を並べてやろうか?」



 そんなスザクの表情に、私は剣の鯉口を切ることで応じるが、スザクもまたすでに剣に手をかけて私を見つめてくる。

 どうしても、この男の顔立ちからは、裏切り者であるトモヤ・カミヨの顔が浮かんできて嫌悪感が募る。


 何より、この男が実際に行った虐殺を目の当たりにしているのだ。あの時は本気ではなかったと思うが、一度対峙した以上、決着をつけてやりたい気持ちもある。



「…………やめろ。スザク、俺の女に手を出すつもりか?」



 しかし、そんな睨み合いの間に、ヒサヤ様が身体滑らせるように割って入ってくる。

 険悪な空気になったのは一目瞭然であったのだろう。実際、私もスザクの出方次第では容赦無く砲筒を見舞うつもりであった。



「シリュウ。三文芝居はそこまでにするのだな」


「なんのことだ?」


「ふん……、まあ良い。一つ、遊技をするとしよう」


「なに?」



 そんなヒサヤ様に対し、冷めた視線を向けたスザクは、冷淡な口調でそう告げる。

 遊技。と言っても、この様な状況でやり始めることではないと思うが……、現状、スザクの意図が掴めない以上、私達は困惑するしかない。


「簡単な話だ。二手に分かれ、先に巫女の元に辿り着いた方が勝ち。私が勝てば、巫女とその女二人は私がもらう。どうだ?」


「なんだと?」


「えっ!? 私まで??」



 そして、不敵な笑みを浮かべたスザクは、ヒサヤ様から私とサキに対して視線を向け、そんなことを口にする。

 ありきたりとも言える提案であったが、サキまで巻き込むことも相まって、嫌悪感が一気に増してくる。



「勝てば良いだけの話だ。ならば良いだろう、スザク、ついでに貴様等全員、私が勝ったら、私に忠誠を誓ってもらおう」


「ほう?」


「えっ!?」


「本気なの?」


「何がほう? だ。貴様からの提案だ。文句は言わせん」



 抗議の声を上げる私とサキに対し、ヒサヤ様ははっきりとそう言いきると、スザクを睨むようにして対案を叩きつける。

 忠誠を誓え。と言うのは、ある意味では君主らしいもの言いかも知れなかったが、スザクは実際に民間人を虐殺し、殺しを楽しむ男。


 実力は十分であっても、その真性を考えれば、ともに天を戴くことなど出来はしない。



「ふっ……、まあ良かろう。ついでに、森の中にある二人も呼んでおけ。さすがに人数差がありすぎるからな」



 しかし、私達の言に答えることなく、真っ直ぐにスザクを睨むヒサヤ様に、スザクはそれまでの冷笑から、はっきりとした笑みを浮かべてそう答える。

 遊技上の事であり、スザクが約束を守るとも思えない以上、それ以上の問答は不要であろう。


 だが、闇に潜んで私達を見守っているお兄様とケーイチさんの事にまで気づいていたのは正直なところ、予想外でもあった。



「すべてお見通しか……。二人とも、来てくれ」



 そして、ヒサヤ様も嘆息しつつそう言うと、森の中に潜んでいる二人を呼び寄せたのだった。



◇◆◇◆◇



 水晶越しに聞こえてくる声は、それを最後に消えさっていた。



「スザクめ……。所詮はヤツも、猿どもの同類か」



 それに対し、忌々しげな声を上げたジェガは、苛立ちとともにそれを壁に投げつけると、人為を越えたその力によって水晶は粉々に砕け散る。

 元々、任務に際しては、直属の者をつけるのだが、今回ばかりはそれを為さず、スザクにのみ、声を拾うことの出来る法具を持たせておいたのだ。


 しかし、こちらの意図はやはり挫かれる形になった。



「元々、信用していないクセに。ま、ヤツがこちらの意図に乗るほどの馬鹿であれば、幹部にまで上り詰めてはいない。それに、みすみすあの小僧どもの逃がすほどのお人好しじゃあないさ」



 苛立つジェガを鼻で笑いながらそう答えるロイア。


 彼女は、はじめからスザクを信頼する理由などもなく、いつかは裏切るだろう。と言う予測をしていたため、ジェガのような苛立ちを見せはしない。

 それに、こちらの意図を挫いたとしても、裏切りと決めつけるのは早計であるし、何よりも、あれだけ上等な獲物をわざわざ逃すような人間とも思っていなかった。



「それまでの話を聞く限りじゃ、巫女の首をとる気はあるようだし、結果を待てば良いだろ?」


「ふん……言うではないか」



 そんなロイアの言に、ジェガもまた苛立ちを抑え込む。元々、結果にはそれほど小田原なぬ達ではあったが、スザクのようなスメラギ人に出し抜かれることはどうにも我慢ならなかったのだ。

 つまらぬ事とは言え、見るのも嫌になる程にスメラギ人をはじめとする、亜人種達を忌み嫌っている。


 それは、今のように組織の長になっても変わりはしなかった。



「あっそ。それで……? こっちは?」


「抜かりはない。それまでに、精々血を鎮めておくのだな」


「はんっ、ようやくか。やっぱり、こうじゃないとねえ」



 そして、そんなジェガの様子に再び小馬鹿にするように答えたロイアは、もう一方の水晶を指差す。

 何も写っていない、透明な空間だけが写るそれであったが、それが変化する時には、彼らにとっては待ちに待った宴の時間でもある。


 そして、それを心待ちにするロイアは、ゆっくりと手にした剣に舌をあわせたのだった。



◇◆◇◆◇



 大地が激しく震動すると、彼方より剣戟の音が聞こえはじめていた。


 スザクたちが行動を開始したようだったが、案の定武装神官たちは慌てる様子もなく、持ち場につく神官たちがその場を離れるようなことも、浮き足だった者達が駆けていく様子もない。

 恐らく、敵襲に対する備えは十分であり、そのための兵力も用意されているのであろう。


 天津上のような泥沼の死闘にはほど遠いが、このカスガの地も幾度となく清華軍の攻撃に晒されてきたのだ。

 実戦経験豊富な精鋭が籠もっていると見て間違いはない。



「殿下……。勝算はあるのですか?」


「あるわけ無いだろ。どっちにしろ、あいつが約束を守るわけもないしな」


「それはそうですが……」



 神官たちの目を欺きながらの行動である。


 時折、闇の中に身を隠して行動を見直しつつ、確実に巫女様の元へと迫る。スザク等が力押しをするならば、こちらは堅実に進むだけであった。


 そんな中、何度目かの闇への潜伏の際に、私はヒサヤ様に対してそう口を開く。

 実際の所、組織の場合は闇に紛れての行動か、力任せの正面突破が常であり、隠密めいた作戦は採ったことがほとんどない。


 精鋭揃いであるが故の意外な弱点とも言える。



「こちらが先についたところで、待っているのは背中から伸びてくるヤツの剣だけ。だったら、少しでも別に行動できる機会を持った方が良い」


「そうですね……」


「しかし、殿下。我々もこの様な行動を続けるわけには……」



 そんな私達のやり取りに、話題を変えた方が良いと判断したのか、ケーイチさんが割って入ってくる。

 実際、彼の言の通り、闇の中に潜んでいても何も始まらないし、巫女様の元に辿り着けるという保障はどこにもない。



「かといって、堂々と正面から行くわけにもいかんだろう。俺の姿など、武装神官たちは知らんだろうし、下手をすればケーイチとミナギまで裏切り者扱いされちまう」


「ですが、交戦せぬまま状況を打開するというのも」




 ケーイチさんの言に、ヒサヤ様は眉を顰めながらそう答える。

 たしかに、今の成長したヒサヤ様の姿は、さしもの武装神官たちも知るよしはないし、今のヒサヤ様とサキの装いはスザクたちのそれと同様。

 神衛服に身を包む私と皇国軍の軍服を着こんでいるケーイチさんが説得しようにも、通じるとは思いがたい。


 だが、このまま闇に紛れていたもどうにもならない。と言うのが本音でもあった。



「私が囮になろう」


「お兄様っ!?」



 そんな時、ヒサヤ様の眼前に進み出たお兄様が、静かな声色のまま口を開く。



「今の私は、フィラ族でも何でもない、ただの化け物だ。武装神官たちも、放って置くわけにはいくまい」


「しかし、それでは……」


「抵抗はせぬよ。味方に刃を向けるわけにもいかぬしな……。その時はその時だ」


「そんなの嫌ですっ!! お兄様っ。せっかく、またお会いできたのに……」


「ミナギ……。普段、我慢しているせいか、こういう時はわがままになるな。しかし、状況が状況だ」


「ですが……」


「巫女様の身にも危機が迫っている現状だ。すべては、殿下と巫女様の御身こそが優先される。分かるな?」



 一瞬、感情が表に出た私を優しく嗜め、そう言葉を続けるお兄様に対し、他の三人は、何も言えずに口を噤んでいる。

 実際、強行突破を選んだスザクたちは、犠牲を省みずにも巫女様の下へ辿り着くだろう。


 それが、どれほどに危険な状況を生み出すか、考えられないわけではない。

 となれば、私の感情など些末なことでしかないのであった。だが、頭では分かっていても、心が納得してくれなかった。



「決まりだな。それでは、私が」



 そして、何も言う事の出来ない私の方に優しく手を置き、そう口を開いたお兄様であったが、お兄様もまたそれ以上言葉を紡ぐことは出来なかった。

 突如として、私達の周囲が、白みがかった柔らかな光に包まれはじめたのだ。



「こ、これは……っ!?」


 突然の状況に困惑する私達、そして、眩い光はさらに光度を増していく。





『失礼な人達ですね。私が、貴方たちの接近に気づかないとでもお思いですか?』




 そして、目も眩むような白き光に私達が包まれた刹那。耳に届いたのは、落ち着いた女性の声。

 それが何なのか分からぬまま、私達は光の輝きに身を任せるしかなかった。

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