第十二話
資料に目を通していくと、動力と人体に関する研究がこの施設は行われている様子だった。
遊女として、闇の世界に足を踏み入れていたミオであっても、この手の施設を目にする機会はそれほど多くない。
金属製の板によって創り出された箱に、歯車や細かい水路などが張り巡らされ、ガラス器の中に浮かべられている刻印の力でそれらを制御する。
一般には実用化されていないモノばかりがそこにはあったが、やはり施設の巨大さを象徴するように、一つ一つが大型である。
この島のように、世相から外れている場でなければ成り立たないモノであろう。
だからこそ、かのような兵器を研究するにはもってこいであるのだ。加えて、“ヤツ等”にとって、実権体となるモルモットたちは近くにいる。
腹立たしいことではあったが、“ヤツ等”にとってのスメラギは、そして友邦各国はそのような認識でしかない。
遊牧騎馬民族を祖とするパルティノンに長きに渡って支配され続けたことが、そう言った差別意識と人種的優越感情を煽りに煽ってしまったのであろう。
だが、そんなつまらぬ認識を受けて入れてやる義理など無いというのが、ミオをはじめとするスメラギ上層部の本音であるのだった。
「っ!?」
そんな時、ミオは背筋が凍りつきそうな気配を感じる。
人気はない通路であったが、思い立った時には女の装いそのままに通気口へと入りこみ、気配の接近を待っていた。
これでは何のために、女に化けたのか分からなかったが、彼女自身、無意識下に感じた恐怖と嫌悪が同時に全身を包んでいたのだ。
「それで、猿どもはどんな様子だ?」
「天津上もキツノもダザイも静観だ。どのみち、通告日までは残り四日。弁明をしたところで結果は変わらぬ」
「受け入れたところで、我々が律儀に守ってやる理由もない。成功しそうなのか?」
「俺が失敗するとでも思っているのか?」
「そういうわけではない。なれば、四日後にはスメラギそのものがこの地上から消えると言うわけか」
「そこまで連射は出来ぬぞ?」
「分かっている。まずは、あのこざかしい小娘と死に損ないか……はやく女狐めを焼き尽くしてやりたいところだわ」
「所在も分かっておらぬのにか?」
「うるさいぞ。それより、さっさと移せ。この場では不便で仕方ないわ」
そして、聞こえてくる二人の男の声。
大勢の部下を引き連れ、通路を悠然と歩いて行くが、その会話はひどく物騒に聞こえる。そして、その両者はミオにとっても見覚えのある人間達。
すなわち、組織の長であるジェガと彼女にとっては、もはや怨敵とも呼べるべき存在となっているシオン・カミジョウであった。
(……やはり、約定を守るつもりなど無いか。フミナ様はそれを当然として、最後の決戦を覚悟されている。フィリア様も実情を解しているはずだが)
両者の言に、ミオは想定していた通りの結論を耳にし、苛立ちつつもひどく冷静にそれを受け止めていた。
状況を鑑みれば、天津上はいつ降伏をしてもおかしくはない状況。
生命線とも言えた港が、セオリ湖への攻撃に伴って破壊され、水質汚濁の影響で漁業による自給自足の目もしばらくは無い。
となれば、降伏か玉砕を選ぶのみ。だが、フミナは玉砕などを選ぶほど、責任の放棄を肯じえるような性分ではない。
名誉ある死よりも、未来への可能性を選ぶ人間である。だからこそ、降伏した先にある虐殺よりも、自身の力で包囲網を打ち破るという可能性を選ぶ。
結果として、天津上が焼き尽くされようとも、その選択を選ぶはずであった。
だからこそ、自分達は危険を顧みずにこの地にある。
そう思ったミオにとっての嬉しい誤算は、ヒサヤをはじめとする味方となるべき人間がこの地にあったこと。
彼個人に対しては、当然思うところはある。が、自身の恨みなどは鴻毛が如き軽きことであるとミオは自身に対し、そう言い含めている。
カザミを軽んじているわけでなく、彼女にとっても大きすぎる存在であったからこそ、彼が守ろうとしたスメラギの未来を彼女は優先しているのだった。
(だが、二人以外にも地獄天と吉祥天もいる……。この場では、どうにもならん)
そんなことを思いつつ、ミオはジェガとシオンの背後を歩くスザクとロイア。そして、ジェガ直属の兵士達へと視線を向ける。
一対一ならばどうにでもなる相手だったが、この面々を相手取るのはただの自殺行為でしかない。
(今は情報を集めるだけ……。だが、シオンっ。貴様だけは……、貴様だけは私の手で殺してくれる……。貴様が与えたモノには感謝をしてやるがな)
そう思うと、ミオは自身がこの世で最も忌み嫌い、怒りを向ける存在へと視線を向け、鋭く睨み付ける。
彼女にとって、シオンはすべてを奪い、たった一つのモノと与えた存在。だからこそ、愛憎という名の、単なる憎悪以上に恐るべき感情が彼に対して向けられているのであった。
◇◆◇◆◇
湯治場にて傷を癒し、一息着いた私はサキの部屋へと案内された。
隣はヒサヤ様の私室であり、形上、“愛人”同士である私達は同部屋と言う事になったのだ。
そして、その場にある人物が案内されてきたのは、それから間もなくのことであった。
「私は医療担当をしているサレムだ。単刀直入に言う、力を貸して欲しい」
「俺からも頼むよ。ミナギ」
そう言って手を差し出してきたのは、細身で色白の学者然として風貌の壮年男性であるサレム。
本人の言とサキの説明により、法術や医学知識によって暗殺メンバーをサポートしている人物であるという。
そして、真剣な表情でサレムの言に続いた青年。
「お久しぶりですね。シロウ君」
白桜の頃から見ても、さらに体格が良くなり、短くしていた髪は長く伸びてまるで別人のよう大人びて見える。
「それで、サレムさんと言いましたね。力を貸せ。とは? まあ、そのためにサキとシロウ君なのでしょうけどね」
「……こちらとしても、君の目的に力を貸す用意がある。と言うことだ。ついて来て欲しい」
私の問いに、サレムさんは立ち上がり、視線を向けてくる。
暗殺者やどこかおかしい人間が多いこの島にあって、なんとも一般人と言うべきか、どこか人の良さそうな印象を与える人物であったが、簡単に信用する理由もないだろう。
だからこそ、サキを私に接触させ、シロウ君を同席させたのだと思うが。
私の、信じて良いのか? と言う視線を受けた二人が静かに頷いたのを受け、私も立ち上がって三人の後に続いた。
外へ出ると、夜の帳は降りており、降雨も大分強くなり始めている。
とはいえ、勝手な行動が出来るのは本拠地内部の施設内だけであり、周辺施設にはジェガ直属の兵士。周囲の森には、“合法”的に殺しを楽しむ為、暗殺者たちが闇に紛れて巡回している。
だが、そんな危険な森の中をシロウ君を先頭に私達は悠然と進んでいく。
「周囲は、同志達が巡回している。キラーやゲブン達が来たら、俺達を上手く誘導してくれる」
「相変わらず、頼もしいですね」
「…………許しを請うつもりはないさ」
先頭に立って歩きつつ、そう口を開くシロウ君に対し、私は懐かしさとともに、先から耳にしていた事実のため、どこか棘のある口調でそれに答える。
快活な青年であったシロウ君は、快活さやリーダーシップ自体は健在のようであったが、私に対する後ろめたさまで隠しようがないのだろう。
彼もまた、お父様を暗殺するべく天津上に侵入した一人で、作戦室前の広間にてリアネイギスと対峙していたのだ。
「ぬかるんでいるから、一気に降りていくぞ」
そして、急な斜面になっている場所まで来ると、シロウ君は斜面に遭わせて器用に足を滑らせていく。
私もそれに倣い、足を滑らせていくが、やはり慣れない事柄。
途中でバランスを崩し、声は上げなかったモノの、まるで駆け下りるかのように崖下へと駆け下りる羽目になってしまった。
だからこそ、着地と同時にこの様な状況に追い込まれたしまったのかも知れないが。
「うわわっ!! っと……」
「動かないで。少しでも動いたら、貴女の身体は吹き飛ぶ」
今、私の周囲は赤と紫の光の球が取り囲み、ゆらゆらと揺れ動いている。
火球と雷球。
火炎法術と雷法術の応用でり、どれか一つに触れただけで、周囲の球と連動し、まるで嬲るように対象を焼き、雷で斬り裂くという恐るべき代物。
そして、それをしかけたのは、雪のように白い髪を持つ、まだあどけなさを残す少女であった。
「……この暗がりで、あんな派手なことをすればすぐばれる……っ!?」
「貴様もな」
勝ち誇った表情でそう告げた少女。
だが、次の瞬間には彼女の表情は強ばり、今そこで怒っている自体が信じられないとばかりに目を見開いている。
今、少女のこめかみには、闇夜に輝く銀色の鏃。
不死者をも無に返すとされる、ニュン族が誇る武具が彼女には向けられているのだ。そして、それを持つ人物もまた、自身の金色の髪を闇夜にも関わらず美しく輝かせている白皙の彫像の如き美貌の持ち主であった。
「アドリエルさんっ」
「ミナギ、失態だな。それで、どうする?」
「待ってっ!!」
「彼女は味方だ」
そんな状況に、背後から慌てて駆け寄ってきたサキとサレムさんが割って入ってくる。
しかし、二人もまた背後から伸びてきた双剣に首元を抑えられ、シロウ君もまた、彼以上の長身と巨体を誇る人物によって制されている。
「サキ、味方とは?」
「ミナギ、分かっていてとぼけるのはやめて。彼女が誰かも分からない?」
そんな状況に、私は再び口を開く。とぼけるなと言われても、正直なところ、今の私は行動を完全に掣肘されているため、軽口を叩かねばやっていられない心境でもある。
だが、その雪のような白い髪とあどけなさを残すかわいらしい顔立ちは、私の記憶にあってもほとんど変わりなかった。
「ユイちゃん……ですよね?」
「そう……天津上、以来だね。あと、エル先輩は相変わらず」
「ふん……」
そして、表情を変えずに視線だけを私とアドリエルに向けた少女、ユイ・タカムラ。
一般学生としては史上最年少で神衛にスカウトされ、ケゴンの地にも同行していた才女であったが、やはり天津上にて感じた感覚はたしかだったようだ。
「んで、ミナギ、何がどうなっているわけ?」
「まあ、今に分かりますよ。それよりユイちゃん、早くこれを解いてもらえませんか? ケーイチさんも、無事で良かったです」
「死ぬかと思いましたけどね。貴公、互いに手は出さぬとしよう」
「あ、ああ。やるな、お前……」
そんな状況に、眉を顰めつつ、ティグの皇女、リアネイギスは不意を討った二人から剣を離し、ケーイチさんもまた動きを制していたシロウ君に突き付けた槍を降ろす。
一瞬の臨戦態勢は、あっさりと解かれることになったのだが、私の周囲には、相変わらず火球と雷球が、破綻の時を今か今かと待ち侘びているのだった。
◇◆◇◆◇
それは、にわかには信じられない光景であった。
ガラス器の中に入れられ、薄紫色の液体の中に浮かぶ少年少女。そのすべてが、全身を光が流れる管のようなモノに繋がれ、多くが正気を失ったまま、液体の中で揺らめくに身を任せるのみ。
そして、その中央にあるそれ。
ジェガとシオンをはじめとする幹部や直属兵達が見つめるそれを目にした時、冷静で鳴るミオの頭脳は、一瞬以上の停止を余儀なくされたのである。
数多の少年少女達の中にあって、唯一と呼べるほど、自我を残したままのそれは、眼前に立ったジェガとシオンをはっきりと睨み付けているようにも見える。
しかし、それだけが限界で、“彼女”の身体は他の者達以上に多くの管に繋がれ、その身から流れる光の量もまた、他を圧倒している。
だが、それを垣間見たミオにとっては、ただただ、己の激発を押さえ込むことに専心せねばならぬ。
そんな存在でもあった。
「よし、運び出せ。あくまでも、丁重にな?」
それを目に前にしたシオンの言に、直属兵達が数十人がかりでそれに取り付き、ゆっくりとそれを持ち上げる。
「しかし、何度見でも美しい身体だな。……シリュウにくれてやるには惜しい」
「こんなもんを目の前にして何言ってんだか。第一、貴様は散々女を食い荒らしているではないか」
「ふ、ですが、ロイア殿はお断りしますよ。まだ、男の身体でいたいのでね」
「別に、その時じゃなくても、男はやめさせてやれるんだよ?」
「おお、怖い怖い」
液体に浮かぶそれに対し、スザクが顎に手を当てながら口を開き、それに対してロイアが呆れたような口調でそれに答える。
双方ともに見慣れているのか、周囲の状況にも眼前のそれにも特に何かを感じることはない様子。
だが、スザクの言動には、なんとも言いようがない苛立ちを覚えることをミオは自覚していた。
「……おそらく、本拠地最深部か。周到なことだ……」
そして、運び出されていくそれを、ただただ見送る事しかできなかったミオは、いまだに先ほどまで目に映っていたそれを理解することが出来ないでいた。
と言うよりも、理解することの方が困難であろう。
それが、今目の前にたしかに存在するとしたら、これまでミオが見てきた者はいったい何であるのかと言う事にもなる。
だからこそ、ミオは静かに口を開くしかなかったのである。
「待っていなさい。必ず、必ず助けだすから」
そう。すでに運び出されていったそれ。それが何であれ、あのような姿にて捕らえられている以上、ミオにとっては救出する対象でしかない。
あの姿を見れば、意志を持ってシオンやジェガを睨み付けていること自体信じがたい。
だが、ミオに取ってみれば、ほんの一瞬、目があった時に感じた彼女の言葉。
それだけが、ミオを突き動かすのに十分な理由だったのである。
『助けてください。お母様っ!!』
と言う、言葉だけが、運び出されていくそれを見つめるミオの脳裏にはっきりと反芻されていたのだ。
説明不足が多いでしょうか?
あと、やはり何某かの反応が欲しいです。意見や感想に左右されることはなく、書きたいことをしっかり書くつもりですので、できれば完結までのお力を貸していただければと思っています。
正直なところ、たった一言でも書くための気力になります。
出来れば出いいので、よろしくお願いします。




