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第八話

 キツノ離宮は、大森林を背にテンラ盆地へと続く小高い丘陵に建てられている。



 裏手から広がる大森林地帯には当然及ばないが、周囲を木々に囲まれた落ち着いた作りの木造建築であり、正面の広場から正門を出ると、剪定の行き届いた木々が防壁のように幾重にも連なり、中央の通路以外はまるで迷路のようになっている。


 交戦はその中央通路付近で行われているようであり、赤き軍装に身を包んだ兵士達が、不揃いの軍装の兵達を数に任せて攻め立てている。

 しかし、数で勝る赤き軍団、すなわちベラ・ルーシャ軍も方々から現れるスメラギ軍によって分断されたり、混乱させられたりしている。

 木々に火を放って道を開こうとしているようだったが、水を染みこませてあるのか、射掛けられた火矢も大半は湯気となって消えてしまったり、隠してあった水ですぐに消火されている。

 こちら側も、寄せ集めのように見えるが、中心になって指揮をとっている青年を中心に数で勝るベラ・ルーシャ軍に対して奮戦していた。



「善戦していますね。しかし、神衛は……」


「名目上、神衛がここにいるわけにはいかぬ故、軍装は皆外している、あの中にも、何人も紛れておるよ」


「なるほど。他の者は?」


「トモミヤ家の私兵の他、義勇兵が何人も駆けつけている。ベラ・ルーシャの侵略によって行き場を無くした者も多いからな」


「そうですか……キツノまでもが」



 アドリエルとともに森林の入口から見下ろすような形で離宮での攻防を見つめているが、神衛の軍装を身に着けている者がいないというのはそう言うことであるらしい。


 とはいえ、神衛は曲がりなりにも皇室の守護者。


 それが、この様な離宮に身を寄せているというのは、ある意味で敵の目を集めることに繋がるのではないかと思う。

 兵力が兵力であるため、堂々と行うことが出来ないのであろうが、義勇兵が続々と駆けつけている以上、天津上の負担を軽減することは出来るのではないか?



「何を考えている?」



 そんなことを考えていると、傍らにて眼下の先頭を見つめるアドリエルの声が耳に届く。



「大方、神衛のことであろう。まあ、彼らがこの場に詰めている理由は、公式にはないしな」


「それでも、義勇兵の旗頭にはなるのでしょう?」


「そうだな。さて、リア達はと……」



 顔に出ていたのか、私の考えを見透かすようにそう告げたアドリエルの表情に、私は口元に笑みを浮かべつつそう返す。


 建前としてはその通りなのであろうが、彼女の表情は言外に、それだけが理由ではないことを告げている。

 となれば、私もそれ以上の詮索をする理由はない。ここまで来た以上、いずれは話してくれるだろうと思う。



「軍馬は森に?」


「ああ、賢い子達だ。必要になったらすぐにやってくる」



 ここまでかけて来た軍馬たちは森の出口付近で離しており、うちに一匹が草を食んでおり、他の馬たちは別の場にて足を休めているようだ。


 ニュンとティグの適性故か、軍馬たちと彼女等は深いところで通じている様子であるため、時が来れば離宮にある牧へと戻ってくるのだという。



「なるほど……さすがです」


「褒めても何も出ないぞ? む? 行くとしよう」


「はい」



 そんな会話を交わす私達であったが、視界の端に一瞬だけ閃光のようなモノが映る。

 リアネイギス達と取り決めた合図であり、交戦中の者達から見えないように、手鏡を用いたモノで、離宮外縁に広がる萱の中に入りこんだようだった。


 そこから、茂みに身を隠しつつ交戦中のベラ・ルーシャ群の元へと近寄っていくのだ。

 リアネイギス以下、たった五人での奇襲だったが、全員がティグ族である。ベラ・ルーシャの一般兵に遅れを取るようなことはないし、見たところ、彼ら特有の督戦隊も存在していない。


 となれば、大将首さえとれば敵は潰走する。私とアドリエルに託された役割はそれであった。




「法術はどうだ?」


「大丈夫なようです……もっとも、スザクと戦った時は必死でしたので」


「見ていて身震いがしたがな。四段階など、余程の才がなければ使役できぬし、力無くば数日は寝込む」



 弓を片手に静かに駆け始めたアドリエル問いに、私は両の手に刻みつけられた刻印に交互に視線を向ける。


 右手には青き光、左手には白き光が灯るそれ。


 これを元にして、人智を越えた力を使役することが出来るのである。思えば、私にとっては物語の世界にだけ存在する技術であったはず。それが、こうして現実に使役可能となっている。

 まるで夢のような話であったが、ほんとうにこれが夢であれば、どれだけ幸せだっただろうか?



「ツクシロ?」


「あ、はい?」


「刻印を見つめて如何した?」


「いえ、どのように攻勢をかけようかと」


「ほう? ……まあいい、どうやってやる?」


「乱戦の場に撃ち込むわけにも行きませんから、後方へいくつか。先制は、アドリエルさんの樹法術で足場を乱し、混乱したところを私が水と聖にて攻撃します」


「うむ、よかろう。あとはリアやミツルギ殿が上手くやるだろうし、私達は指揮官の首を狙うだけだ」


「ミツルギ? ミツルギ様もこちらに?」



 木立の影から敵後方に視線を向け、簡単に状況を見つめ直す私達。


 法術に優れるということからの役割である以上、為すべきことを為せばいい。だが、アドリエルが口にした人物の名には聞き覚えがあった。



「うん? 知己か?」


「はい。ケゴン脱出の折に」


「……そうか。それ故にあの方も」



 ケゴン脱出の際にともにヒサヤ様の守護を託された先任神衛。


 再び、知り合いの生存を知る事が出来たのだが、今のアドリエルの反応を見ると、ミツルギさんもまた、ヒサヤ様の行方が知れぬことに責任を感じているのであろう。


 本来であれば、真っ先にフミナ様の元へと馳せ参じているべき方でもあるのだ。



「まあいい、再会は勝利の後だ。……行くぞっ!!」



 そう言いながら、交戦の続く通路へと視線を向けたアドリエルは、ゆっくりと目を閉ざす。


 私もそれに倣い、意識を刻印へと集中させる。


 刻印にはいくつか段階があり、初期には基礎中の基礎である一段階のみが使役できる。ただ、そこから先は訓練によって異なり、才あるモノはその才の数だけ多くの法術を使役できる。

 ただし、刻印がもつ法術自体は5つ前後であると言われ、それを元に派生させていくのが大半だという。

 ミラ教官……いや、ミュウ陛下に寄れば、刻印を身体に刻みつける段階が最初の関門であり、それさえ成せれば後は速さの差だけで、ゆくゆくは上位法術も使役可能だそうだ。


 実際、私は先日のスザクとの戦いで意識することなく上位の法術を使役できた。

 技量に大きな差が存在するあの男を、一瞬といえど追い込むことが出来たのだから、法術の威力というモノの大きさを実感させられる。


 とはいえ、使役に用いる、所謂魔力の類は、体力とほぼ同等らしく、上位法術を使役することは、肉体の疲労や生命の危機をも誘発する。

 あの時、スザクを仕留めきれなかった為に、先頭の継続が困難になったのはその証明でもある。



 と、そんなことを考えていた私は、頬に当たる風の流れが変わったことに気付く。


 どうやら、アドリエルの精神集中が終わり、法術の使役に移ったようである。私もすでに用意は出来ており、目を見開くと、彼女の周囲に草花がゆっくりと舞い上がり、踊るように周囲を回っている。



「草木よ……地に眠りし、式神達よ」



 厳かな声で何やら呟くアドリエル。


 法術の使役は、呪文や詠唱の類は特に定められていない。それよりも、イメージというモノが重要になってくるため、これは彼女なりのやり方なのであろう。


 そして、彼女の白皙の手にやわらかな桃色の光が瞬くと、彼女を取り巻いていた草花が一斉に敵陣へと向かって飛び去っていく。

 ほどなく、敵陣から悲鳴混じりの声が上がり、それに伴って地から湧き出るように、木の根や草の弦などが踊るように現れ始め、ベラ・ルーシャ兵へと襲いかかっていく。



「っ……。上手く踊ってくれたようだな。次は」



 若干、息苦しげにそう呟くと、再び目を閉ざし、右手を掲げる。すると、今度は彼女の周囲に花びらが舞い始め、再び目を見開くと、花びらたちはまるで刃のように切っ先鋭く敵兵達へと襲いかかっていった。



「ふう……。やはり、広範囲だと厳しいな」


「ですが、奇襲にはなりました」


「ああ。ツクシロ、頼む」


「ええ」



 肩で息をするのを押さえつつ、アドリエルは混乱する敵陣を睨む。


 後方にて待機していた敵兵達は、突然の事態に狼狽するばかりであり、前方への支援などはどこえやら、襲ってくる木の根や草弦などへの対処に追われ、さらに飛来する草花によって身体を刻まれている。


 とはいえ、敵軍全体にそれが及んだわけではなく、あくまでも中央から後方にかけてのこと。


 今回、アドリエルの法術は実際にこの大地に存在する木々や草花であるため、彼らの意思が続く限り敵兵への攻勢は続く。

 炎や風を使役するのとはまた異なる状況でもあるのだ。だからこそ、この期に畳み掛けるしかない。



「……っ!!」



 そして、一度瞑目した私は、右手を前方へとかざす。


 青色の光を放ったそれは、頭上にて巨大な水滴となり、一期に霧散すると、高速をもって敵陣へと飛来していく。


 それを見送り、今度は意識を集中させながら左手を頭上へと掲げる。


 ほどなく、白き光を霧散させると、飛来する水弾による攻撃に晒される敵陣の上空にから、無数の白き十字架が現れ、敵陣へと降り注いでいく。

 先ほどまでの法術も十分な攻撃力はある。だが、それらは明くまでも陽動。


 しかし、今度の法術は違う。


 一瞬だけであれ、地獄天と渾名される男を追い込むことが出来た法術であるのだ。油断しきって奇襲を許すような雑兵たちに耐えきれるはずもない。



「くう……っ」


「ツクシロ、無理はするなっ!!」



 だが、今回の使役は前回以上に広範囲への攻勢が求められる。それ故に、身体に掛かる負担も増していく。

 なおも十字架が敵陣に降り注ぐ状況を睨みつつも、私は視界が歪みはじめたことを自覚していた。



「まだ、です。せめて、リアさん達が」


「大事ない。彼の者達を信じよ」


「っ!?」



 思わず倒れかかった私を支えるアドリエルの声。


 しかし、なおも私は使役をやめず、腕をかざし続ける。ひどい倦怠感と眩暈が全身を支配していくが、それも、アドリエルの声とともに、敵陣へと向かっていくリアネイギス達、そして、ミツルギさんとヒムロさんの姿を目にしたと同時に終わりを迎えた。



「おいっ!! っ、ここで休め。私は行ってくるぞっ!!」


「……はい」



 なんとか、そう答えることが出来たように思えたが、そう答えたのを最後に、私の意識は暗がりの中へと沈んでいった。




◇◆◇

 

 


 やわらかな何かに全身が包まれていた。


 これは覚えのある感覚。いや、先日、海岸に打ち上げられるまで味わっていた感覚と酷似している。


 しかし、それは妙だった。


 私はアドリエル達とともに離宮に攻め寄せたベラ・ルーシャ軍と対峙していたはず。間違っても、水辺に落とされたことも、海に投げ出されたはずもない。


 そんなことを考えつつ、ゆっくりと目を見開く……。



(な? 何これ??)



 思わず口を開いた私であったが、それは声になることはなく、ただただ私の身体を包み込む、薄紫色の水? と思われるモノに溶けこんでいくだけであった。



【来たんですね?】


(え?)



 と、突然、耳に届く声。


 慌てて周囲に視線を向けようとするが、なぜか何かにひかれるような感覚とともに、それを成すことは出来なかった。

 今となって、やわらかな何かに包まれる私の身体は、何かに絡みとられたかのように固定され、自由を奪われているのだ。



【時間がありません……私と】


(ど、どういうことですか?)


【早く。私を】


(い、いったい……??)



 なおも耳に、いや脳内に直接語りかけてくる声。妙に聞き覚えのあるそれであったが、今はそれを思い返す事も出来なかった。


 なにやら、周囲がざわめいていることに気付いたのだ。



「な、なんと、これは、成功したのかっ!?」


「閣下を呼べっ!! 急げ」



 何とか目を見開き、薄紫に染められた何かの先にある者達へと視線を向ける。


 男であることと、実験用だか医療用だかの白衣を身に着けていることは分かったが、それ以上の情報を得る事は適わない。

 とりあえず、白衣の男達は何かに興奮しつつ激しく動き回っていることだけが分かったのだ。



(いったい、どういう??)


【早く……】


(だから、何をですかっ!!)



 そして、再び脳内に語りかけてくる声。しかし、ぼそぼそとして声になりきっていたいそれを理解することは敵わず、私は思わす声を荒げる。

 すると……。



「ほう? 成功したのか」


(っ!?)



 刹那、私の耳に届く聞き覚えのある男の声。


 無理矢理に目を見開き、その声のする方へと視線を向ける。だが、拘束されているのか、それ以上の動作は敵わなかった。



「……何やら、今日は私を睨んでいるように見えるが?」


「偶然でしょう。時折、空ろな目に生気が灯ることはございますが、それも長くは続きませぬ」


「ふむ……、まあ良い。許可が出た。目標は……」



 何とかその声に対し、聞き耳を立てていたが、それ以上その声を追うことは敵わず、私の意識は再び暗がりの中へと落ち込んでいったのだ。



 だが、その声。


 冷たく、すべてを見下すかのような高慢さをもった冷酷な男の声。私やお母様、サヤ様からすべてを奪った男の声を忘れるはずはない。



(シオンっ!!)



 暗がりに沈む意識の中で、私は眼前に浮かんだ男に対し、怒りのこもった声を上げていた。

次回の更新は31日の火曜日の予定です。

感想や苦言、指摘などがありましたら、遠慮無くお願いします。例え一言でも、創作の助けになりますので。

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