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第十話

遅くなって申し訳ありませんでした。

昨日や今日もweb拍手やコメントをいただき、本当にありがとうございます。

 泉の水は、芯まで凍りつくほどの冷たさだった。


 しかし、まるで身体の中に入り込み、そのすべてを清めてくれているかのような、そんな奇妙な感覚にとらわれる。


 儀式を前にした清め。


 これを終え、儀式用の衣服へと着替えればいよいよ本番となる。

 昨日夜、ケゴンの地に到着した私達は、昼夜兼行で式典の準備に取りかかり、それを終えて僅かな休息を取った後、儀式に向けた用意に入っていた。


 このケゴンの地には、祭壇とともに生活に関連する施設が用意されており、この地に詰める神官たちはだいたいの用意は進めていたが、体力勝負になれば神衛に適うはずもなく、設営などの準備は彼らが数日かけたところを数時間で終えてしまっていた。


 そんな儀式の当地。一般にはケゴン離宮と呼ばれているこの地。


 外見自体は大型の社といった作りをしているが、山岳地という立地から、その高低差を利用しての天然の要害とも言える機能を有している。

 そのため、万一の事態に際しては“皇居”としての機能を有することも想定されていた。


 もちろん、そんな事態に陥ることなど、“二度と”あってはならないことだったが。




『私達が民を縛っているようにも思えてしまってね』



 泉水を浴びていると、そんなヒサヤ様の言葉が脳裏に反芻される。


 この言葉の後、ヒサヤ様はお兄様。いや、フィランシイル皇族ハヤト・フィランシアとしての彼に、フィランシイルの独立に繋がる戦いの顛末を聞いていた。

 もちろん、“お兄様”もその戦いそのものを経験したわけではない。とはいえ、私達が歴史的事実として学ぶことと、それを成した皇族に伝わる戦史では中身が異なる。


 だが、“民を縛る”と言ったヒサヤ様の言。そして……。



 そこまで考えると、私は頭を振ってそれを払う。


 私はあくまでも神衛の一人として、今回の式典に随員しているに過ぎない。今回の式点に際し、上層の方々が考えることに従うというのが筋だった。


 もっとも、それは考えることを放棄しているだけだったが。



「ミナギ?」


「あ、なんですか?」


「いや、そろそろ上がっていいみたいだけど……。大丈夫??」


「はい?」


「いや、顔が真っ青だよ?」


「え?」




 思考の渦に沈んでいた私に対し、傍らにいたハルカがこちらを伺うように声をかけてくる。


 そう言われると、途端に背筋に寒気が走り、全身に鳥肌が立っていることに気付く。


 心頭滅却すれば火もまた涼し。とはよく言ったものだが、水もまた冷たく無し。と言うところなのだろうか?


 だが、さらによけいなことを考えている間に身体はどんどん冷えてゆき、慌てて泉水から出て行く。

 予想以上に身体が強ばり、関節が軋む。頭から冷水をかぶり続けていたのだから当然と言えば当然だったが。



「また、いつもみたいに考え事?」


「そ、そうですが……。いつも、みたいとは? ううう……」




 身体を拭き、バスタオルにくるまる私にたいし、苦笑しながらそう言ったハルカ。


 考え事をしていたのは事実だったが、いつもみたいと言われても返答に困る。とはいえ、私の問いに、ハルカは頭を振るだけで、答えてはくれなかった。



「どうした、ツクシロ。風邪か?」


「え?」



 そんな時、凛とした女性の声が耳に届いたかと思うと、私にもたれかかってくる何か暖かいモノ。


 そして、そこから伸びた何かが、私の全身を撫で始める。



「ふむ。久しぶりの再会だし、私が温めてやろう」


「きゃっ!? ちょ、ちょっと、な、何をっ!?!?」


「ふふふ。ちょっと会わない間に、すっかり女らしくなってきたな」


「オノ様。久しぶりの再会で、性的な嫌がらせをすると言うのはどうかと思いますよ……?」


「ふ、キリサキもずいぶん女らしくなったものだ。同じ神衛として、よろしく頼むぞ」


「あ、あ、あのっ!!」


「胸を揉みながら言っても様になっていませんよ」




 たしかに、冷えていた身体は人肌で温かくなっているが、これはどちらかと言えば身体を触れられていることへの恥ずかしさも相まっているのだと思う。

 と言うよりも、あきれた目で見ているハルカをはじめとする周囲の視線が痛い。


 どうやら、私にセクハラをしだしたのは、七征家が一つ、チバナ家の次期当主ムネシゲ・チバナ様に仕える神衛ヨウコ・オノさんであったようだ。


 白桜の先輩でもあり、今では神衛の上司とも言う立場の方だったが、とりあえず胸を掴んでいる手を離して欲しかった。



「ふ、冗談はこれぐらいにしておいて。久しぶりだな」


「はい。お久しぶりです」


「お、お久しぶりです」



 そんな私の願いが通じたのか、手を離したヨウコさんは満足そうに手を握りしめながら表情を引き締め、再会を喜ぶ。


 初等科時代、中等科の最上級生として、修練をはじめとする様々な場面でお世話になって人であり、今回の事といい、妙に気に入られてしまったようで、任地が天津上にあった際には、よく離れを訪れ、色々と鍛えてもらう場面があった。


 とはいえ、その度にセクハラをされたのは苦い思い出でもあったが。



「ところで、ツクシロ。その子は?」


「え?」



 そんなヨウコさんが私の傍らへと視線を向けてくる。


 何かと思い、視線を向けると、鮮やかな白い色をした何かが私の傍らに立ち、身体に巻いているバスタオルを引っ張っている。



「ユイちゃん? どうかしたの?」


「いえ、あの……」


「なに?」



 その鮮やかな白いものは、きれいに手入れをされた髪であり、その髪の持ち主は私の良く知る少女、ユイ・タカムラが立っていた。

 黒髪ばかりのこの場にあっては相当目立つが、実はこう言った髪はスメラギでは特段珍しくもないため、あまり気にかけたことはなかった。


 ホクリョウ地方の原住民であるアムル人の大半がこう言った外見、特に雪のように白い髪をしており、スメラギ人の中にも数人に一人生まれることがあるのだ。

 彼女はセオリ地方の出身であったが、その辺りは普通に同化が進んだ結果である。



「妃殿下が、探していて」


「私を?」


「うむ、ちょうど水浴を終えたところのようね」


「あっ!?」


「敬礼っ!!」



 そんなユイちゃんが消え入りそうな声でそう言うと、それを待って居たかのように、聞き覚えある女性の声。


 慌てて振り返ると同時に、やはりこの場での最上位者であったヨウコさんの鋭い声が耳に届く。


 さっと、全員が居住まいを正すと、声の主、皇太子妃サヤ様と同行している二人の女性が、苦笑しつつそれを返し、サヤ様はあきれたように首を振っている。


 神衛をはじめとする護衛たちの立場は分かっているようだが、どうしてもこう言った皇位の対象となるのは好きではないらしい。



「皆さん、礼儀正しいのはいいけど、身繕いぐらいはしてからでいいわよ? みんな揃って丸見えにしなくても」


「皇太子殿下でしたら、満面の笑みとなっているところですね」


「いや、真面目な顔をして、鼻血を出すだけでしょう」



 そんな私達に対し、三人は三者三様とでも言うかのような反応を返してくる。と、そんな様子を窺っている間に、私は床に落ちたバスタオルを広い、前を隠す。


 みっともないものを見せてしまったが、仮にも国内第二位の人物を話の種にするのはどうかと思うが……。

 同行する二人の立場ならば不思議ではないとは言え。



「さて、皆さん水浴は済みましたか?」


「はっ」


「うん。これからは、私達が利用させてもらうから、しばらく警備をお願いするわ」


「はっ!! ツクシロ閣下には、私の方から報告しておきます」



 そして、今度はサヤ様たちの水浴の番になるらしい。


 原則として、やんごとなき身分の皆様とは時間が被らないようにしないと為らなかったのだが、今回はサヤ様たちの方が時間を合わせてきたようにも思える。

 水浴中の警護なども本来であれば、役割が決まっており、時間なども定めてあるはずであった。



「よろしいのですか?」


「水浴の延長だと思えばいい。それにしても、よく似ているな。ツクシロ」



 ヨウコさんにそう問い掛けた私に対して口を開いたのは、五閤家が一つ、カミヨ家当主、ミスズ・カミヨ様。

 水浴を終えた後は、各部署にての警備任務に移る予定になっているのだが、ミスズ様の言の通りに水浴の延長言う事になれば、こちらに留まっていても問題はないということなのであろう。


 それだけの権限を持つミスズ様は、五閤家当主の中では歳年少の人物であり、同じ白の会に属するトモヤ・カミヨの“母親”という事になっている人物でもある。

 この辺りは、他人が触れてはいけない領分であるようだが、夫や息子とは不仲であること、それからお母様の関係から知る事の出来た情報などが事実だとすれば。と言うことになっているようであった。

 だが、今目の前にいる凛とした容姿を絵に描いたようなミスズ様の姿は、男装の麗人とでも言うかのような、勇ましさも感じさせる。



「に、似ている……とは、如何なることでありますか?」


「ふふ、性格は父親。容姿は母親と言った所ね。あ、タカムラさんは私達と一緒に水浴びするから、割当てを代えておいてあげて」


「はっ。ツクシロ、それはお前がやっておけ。トモミヤ様からの命と思えばいい」


「は、はい」



 そして、ミスズ様の言を受けて、私を総評したのは、七征家が一つ、トモミヤ家の当主、アイナ・トモミヤ様。


 この方は、ミスズ様とは対照的に、如何にも深窓の令嬢と言った大人しげな容姿をしている方であり、今も口元に手を当てて微笑む姿が様になっている。

 私のごまかしなどは無意味だと言う事だろう。



 お二方ともに、若くして国家の重鎮たる地位に身を置いているが、それには当然、身内の不幸が絡んでいることでもある。

 そして、それは私にとっても、目を背けることのできない理由の一つでもあった。

 いや、今こうして、お二人を目の前にしてみると、どういう反応をすればいいのかも分からなくなってくると言うのが本音。



「ミオは……、息災であるようだな」


「……っ!?」



 そんなことを思っている私に対し、ミスズ様が静かに口を開く。


 これには、私以上に周囲の神衛達の方が反応を示している。すでに白の会の一員として、皆からの信頼は得ているが、上層部の皆様からの受けはよくないと言うことも同様。

 こうして、ミスズ様が言及するというのは、皆が身構えるだけの要因にもなり得るのである。


 とはいえ、彼女自身、悪意とは無縁のようであったが。



「思うところがある者もいるとは思うが、私達もあヤツとは縁があってな。殿下との事も含めてな」


「でも、皆さんはツクシロは信頼しているはずですよね?」


「閣下……」


「よけいなことだったな。それでは、皆よろしく頼むぞ。ああ、私の言について、詮索は止めておけよ?」


「私達も、臣下である神衛達に……ね?」


「一方的に話しておいて、脅しをかけるんじゃないの。みんな、何かやったら私に言いなさいね? さ、タカムラさんも行くわよ」


「は、はい……」



 そんな調子で、わずかにざわめいた神衛達の心胆を寒からしめるお二人に対し、サヤ様があきれたようにそう告げると、ユイちゃんに声をかけて泉の方へと向かわれる。

 大胆にも外で衣服を脱がれるようであったが、その辺りを気にしたところで仕方がない。


 それに続き、お二方も泉へと向かわれる。


 最後に振り向いたアイナ様の笑みが、さらにざわつきかけた神官たちの口を閉ざしたのは言うまでもないことであったが。



「ふう……。さすがの私でも、慣れぬな」


「ツクシロはよく普通に話せるわね」


「まあ、私達ももう気にはしていないわよ?」



 四人の姿が無くなると、緊張を解くようにヨウコさんが口を開き、その他の神衛達も同様に安堵した様子。


 さらに、私に対しても、今更とでも言うかのように声をかけてくる。もっとも、口に出してそう言われたことはほとんどはじめででもある。

 皆が皆、やはり私の立場を危惧し、良きにしろ悪きにしろ、気にされていたとも思える様子だった。



「はい。分かっております。ご心配をおかけして、申し訳ありません」


「それは、むしろ妃殿下たちに言う事じゃないの?」



 神衛達にそう思った私は、礼を言って頭を下げる。しかし、それはどこかずれた行為であったようで、ハルカにあきれたようなツッコミを入れられることになった。


 たしかに、お二人が私を気遣ってくれた事はよく分かる。


 とはいえ、お二人に会うのははじめて事。とはいえ、私はお二人の、主に学生時代の事は良く知っているつもりであった。




 ミスズ様は、ミオ・ヤマシナと対立し、別の立場からサヤを苛めるもう一人の敵役として。

 アイナ様は、皇太子妃候補としてミオ・ヤマシナと家ぐるみで対立するも、あっさりと皇太子に振られるかませ役として。



 物語にあっては、そう言ったある意味では読者の反感や失笑を買う立場にあったお二方。

 しかし、すでに大きくことなっているこの世界においての立場などは、私が知るよしもないことであった。

本当はもう少し進めたかったのですが、少々長くなりすぎましたのでこの辺りで。


次回から事態が急速に動いていく予定です。

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