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第三十九話

 軽やかな音楽と人々の朗らかな笑顔や話し声が周囲を包んでいた。



美凪みなぎ~。準備できた~?」


「ええ。待ちくたびれたわ」


「相変わらずね。まあ、演目が演目だから、それでもいいけど……たまには笑ったら?」


「作った笑顔では、人は幸せには出来ないわ」


「はいはい。あ、そろそろね」



 着慣れた神衛の軍装とよく似た白地の衣服。


 異なっているのは、生地の肌触りが格段に良いこととその中には革製の防具などは身に着けられていないこと。そして、宛がわれた剣もまた、刀身を削られた飾りでしかないと言う事。


 私にとっては、まるで知り得ぬその状況に対する困惑は、目覚めから三年の月日を経過してもなお続いていた。



 そう。“目覚め”である。



 あの日、ヒサヤ様の腕に抱かれながら意識を断った私は、ヒサヤ様に抱かれる感触が消えたことを察すると、何事かと思い、重い瞼を開く。


 すると、それまでの倦怠感から、得体の知れぬ違和感に全身が包まれていることに気づく。


 そして、目に入ってきたのは見知らぬ天井と見覚えのある見覚えのない人々の表情であった。

 



 私は、サヤ様に見せられた光景と過去の記憶の中にある世界へと帰って来ていたのだ。


 その世界にあっては、お父様とお母様は実の両親として、お兄様とミルとも血の繋がった兄妹として、シロウやサキにハルカ達も加えての友人達もまた、この世界には存在していた。


 だが、皆が皆、戦いを知る者の目をしてはいなかった。


 当然のこと。この世界にあって、“戦争”と言うモノは諸外国、もしくは歴史という名の過去に存在するに過ぎず、彼らにとってはまるで縁の無いものでしかなかったのだ。


 もちろん、それを否定するつもりは毛頭ない。と言うよりも、私とてケゴンでの一件まではそれなりに平和な日々を過ごしていたのだ。


 とはいえ、同じ平和ではあっても、どこか意識が緩んでしまう自分に嫌気がさしていることは否定できなかった。



「美凪~、本番前に型を見たいのは分かるけど、そんな本気で振り回されたら怖いんだけど?」



 鏡に向かい、本番に備えて演舞を確認しつつ、そんなことを考えていた私に、背後からサキが呆れたような口調で私に語りかけてくる。


 気の強い性格というのはこちらの世界にあっても変わりない彼女であったが、それでも、決して隙を見せない張り詰めた雰囲気というのはどこにもなく、純粋に面倒見のいい女の子をしている。



「気持ちは分かるけどね。家族が見に来るって言うし、失敗は出来ないんでしょ?」


「そういうわけではないわ」



 そんなサキの言に、ハルカが苦笑しつつ応じる。


 そして、彼女の言う、“家族”。


 もちろん、彼の人達が揃って私の演舞……大学の学園祭に際し、所属サークルの演目としての剣舞披露を観賞しに来るのだが、たしかにそれを考えれば身が引き締まるようにも思える。



 実際、私が舞うのは、神衛軍伝統の“戦神の舞い”。



 当然、お母様、お父様もそれを身に着け、伝統として後進へと引き継いできた舞である。だが、この世界の二人は当然のようにそれには縁がない。


 だからと言って、気を抜く気にもなれないという複雑な感情が私の中には色濃く残っていることも事実であった。




 そして、いよいよ……。と言うわけではないが、本番の時がやってくる。


 身に着けた衣装、手にした模擬剣。楽器担当が奏でる音楽。すべてが、神衛による演舞の模倣である。


 とはいえ、私は一緒に舞を踊るサキやハルカ達に対しては、神衛時代と同様に接して来た。だからこそ、失敗をするはずもない。


 それ故に、奏でられる厳かな音楽とともに、先頭を切って舞い始めた私の視界に、笑顔を浮かべながら演舞を観賞する家族の姿が見てとれた。


 みんな、私達の演舞を穏やかな表情で見つめている。いや、お母様たちのあそこまで穏やかな表情を見たのは、はじめてと言っても良かったか。


 病室にて、私の回復を大粒の涙を流して喜んでくれた皆。その後も、順調に回復し、数年で大学にまで合格できた私に対しても、驚きとともに喜びを向けてくれた。


 お兄様もミルとも、かつて過ごすことの出来なかった平穏な日々を存分に過ごせている。そのような日々に、不満はないし、変わらぬ愛情を向けられていることには感謝もしている。



 だが……。



 そう思った時、集団による演舞は終わり、暗がりの中で、一人スポットライトを浴びた私は、鋭く手にした剣を振るう。


 空気を切る音が、会場内に響き渡ると、それまで完成度の高い演舞に笑みを浮かべ拍手していた観客たちの表情が変わる。


 いや、観客たちどころか、それまで一緒に演舞をしていた仲間たちの雰囲気も同様。



 当然と言えば当然である。



 私のソロパートであるとは言え、今の私が纏っているのは、はっきり言えば殺気であるのだ。




「っ!!」



 そして、しんと静まり返った室内にて、私は剣を振るい、舞台を思うがままに舞う。本来であれば、ソロパート用の音楽が奏でられるのだが、私の様子に皆が皆硬直しているのであろう。


 それならばそれでよい。これは、私の勝手でもあるのだ。


 そして、自由に演武を舞う私の眼前……照明が落とされ、周囲がわずかに見えるに過ぎない中で、私の周囲には無数の白き影が浮かび上がる。


 その影は、私にどこか冷たい笑みを浮かべて、攻勢を誘ってくる。


 躊躇うことなく床をを蹴り、鋭く剣を振るう。すると、背後に殺気。剣で受け止める仕草から、そのまま身体を捻って回転しながらそれを払うと、後方へと宙返りしながら眼前の影を蹴り倒し、着地と同時に身を伏せるようにして鋭く足元を払う。


 さらに立ち上がると、その場で周囲から振るわれてくる剣を払い、淀みなく迫り来る影達を縦横に剣を振るい、身体を捻りつつ薙ぎ倒していく。


 だが、そのような一方的な攻勢が長く続くはずもない。交戦中に足を払われ、もん鳥を打って倒れると、即座に起き上がる。だが、薙ぎ倒していく白き影に終わりはなく、いつしか私の身体は、無数の白き刃によって貫かれた。




 会場からは鳴り止まない拍手が今も続いていた。



「さっすが~。音響が壊れたって聞いた時はどうなるかと思ったけど」


「音無であそこまで踊れるってすごいわ。と言うより、本気で何かと戦っているみたいだったわ。カンフー映画とかに出られるんじゃないの?」


「怪我をさせてしまうから駄目ですよ」


「冗談だって。あれ? どこに行くの?」



 演舞を終え、控え室に戻ってきた私をサキやハルカをはじめとする仲間たちが出迎えてくれた。


 どうやら、演奏が聞こえてこなかったのは音響の不備が原因であったようで、私が機転を利かせたモノと彼女達は思っているのだろう。


 実際、お母様たちの姿に剣を振り下ろしてからは、そのような事を気にする余裕もなく、私は自身の戦いに没頭していたのだが。


 そんな冗談を言いあうサキ等の声を尻目に、私は汗を拭うと、一人控え室から外へを向かう。




「少し、疲れましたので、ぶらついてきます」


「え? なら一緒に行くから待っててよ」


「ごめんなさい。少し、一人に」


「そ、そう? じゃあ、打ち上げまでには戻って来てね?」


「善処します」




 そんな私に対し、声をかけてくるサキ。他の仲間たちも、着替えを終えるまで待って欲しいという目で私を見るが、正直なところ、一人になりたかった。


 なぜかと言われれば、先ほどの事である。


 浮かび上がった影と一人戦っているなど、事実を知れば凶刃としか思われないことなのかも知れない。


 実際、自分はどこか狂っているのだろうとも思う。先ほどの影、白き光でありながら、口元に浮かべた冷笑を見ると、嫌が応にもあの男の姿が浮かび上がる。


 ヒサヤ様とともに私はあの男を確実に葬ったはずなのに……。




「はあ……」


「あら美凪? どうしたの? ため息なんてついて?」


「あ、お母さん……みんなも」



 そして、一人会場を歩いていた私の耳に届く穏やかな女性の声。


 視線を向けると、お母様、もとい、お母さん達が心配そうに私に対して視線を向けている。学園祭と言うことで、私の演舞を見るついでに会場を回っていたのだろう。


 ミルはまだ小学生になったばかりであるし、お父様とお兄様もたまの休みと言う事で羽を伸ばしに来ているのだ。


 だからこそ、神衛服のまま俯き加減で歩いていた娘の姿が目に止まったのだろう。皆が皆、祭りを楽しんでいる中にあっては異色な姿でしかない。



「少し、疲れてしまって」


「そう。…………本当に、大丈夫なの?」


「何がですか?」


「さっきの踊り。見ていて本当にすごかったし、他の人達も誉めていたけど、貴女……少し泣いていたでしょ?」


「えっ!?」



 そして、お母さんからの思いがけない指摘に、私は思わず目を見開く。


 たしかに、影達が浮かんできてからではそれらを薙ぎ払うことに専心していたため、外見などは気にしていなかったが、お父さんたちの表情を見るに、家族一同で同じ印象抱いたようである。



「べ、別に大丈夫ですよ? もしかすると、自分の踊りに酔っていたのかも知れませんね」


「本当に大丈夫なの? 貴女、時々すごく寂しそうな顔をするから」


「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます。お母様」


「…………」


「美凪。ちょっと良いか?」


「はい?」



 そして、何とか取り繕おうとするも、お母さんとお父さんは、それが腑に落ちないのか、寂びそうな表情を浮かべる。


 どうしてかは分からなかったが、そんな私に対しお兄様が側に来て、小声で私に語りかけてくる。




「気づいていないようだが、お前が母さんを、“お母様”って呼ぶ時は、必ず悩んでいる時なんだよ。……無理をしても、二人だって気付いているぞ?」


「えっ? そ、そうなんですか?」


「ああ。俺を“お兄様”とか親父を“お父様”って言う時もな」



 そんなお兄様の指摘。


 たしかに、元の世界を思い返さぬよう、あえて元の呼び方を私はしてこなかったつもりだ。お母様に対しては、普通にお母さんと呼んでいたし、お兄様も兄さんと呼んでいるつもりだった。


 しかし、どこかで素が出たのであろうか?




「ふふ、全然、気にしていませんでしたよ。小説の影響ですかね~?」


「…………あの子のことか?」




 そして、笑顔を浮かべた私に対し、神妙な面持ちで問い掛けてくるお兄様。


 たしかに、気にしていないといえば嘘になるだろう。


 この世界にて、私を救ってくれた少年……、水上久弥君。



 名前の通り、スメラギ皇太子、ヒサヤの尊のこの世界における姓名である。


 だが、元の世界にあって、私が命をかけて彼を救い出したのと対照的に、この世界にあっては、私は彼に救われていた。


 多くを説明する気はないが、今も、私の中にはヒサヤ様がいる。



 だからこそ、お兄様たちは私が彼のことを気にしていると思っているのだろう。



 そして……。





「気にしているに決まっているじゃないですか…………」



 あの後、何とか家族たちに体調面は問題ないことを力説し、単純に仲間内での買い出しだと言う事を強調した私は、なおも心配する家族を振り切り、人の少ない学園の屋上へと足を運んでいた。


 開放されている場所であり、眺めも良い場所と言う事で他にも多くの学生たちが足を運んでいたが、入口裏手から上部の給水塔の付近は、登りばしごが封鎖されているため誰も近づけない死角になっている。


 だが、この程度の高さならばそのようなモノを使わずとも登れるため、ここを私は気を休める場として活用していた。


 そして、一人になると、浮かんで来るかつての日々と今を生きる彼ら。


 平穏な日々を否定する気など毛頭ない。むしろ、非業の死を遂げたお父様とお母様が仲睦まじく日々を過ごしている様子など、心の底から嬉しくも思える。


 他にも、多くの人達が、この平穏を守るために必死で努力をしていることも私は知っている。


 様々な批判、様々な不満が蓄積される日々であっても、それは誰かが守り、それを守り続けて来ているからこそ続いている。


 だから、私にこの世界が甘いとかぬるま湯に浸っているとか言う無責任な批判をする権利はない。


 ただ、ただ私が思うことは一つのことだけなのである。




「私は、お父様やお母様が守り、愛したあの国で、あの世界で、ヒサヤ様やサキ達とともに戦いたかった……」



 一人、眼前に広がる平穏なる街並みを見つめながら、私はただただそう呟くことしか出来なかった。




『それで……、それで本当によいですね?』

一日空けてしまい申し訳ありませんでした。

急展開続きでしたが、一応次回で完結となります。一応、明日中には投稿できると思いますので、最後までお付きあいいただけたら幸いです。


それでは。

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