27 【番外編 6】 陰陽師とジェットコースター
ゲートで小さく手を振るリョウトと別れて、ライドに乗る順番を待っていると、私のすぐ前に並んでいた男子大学生風の四人連れグループが話しかけてきた。
「何なの、カレシどっか行っちゃったじゃん。意気地ない系?」
「土壇場でびびっちゃって、情けねえ」
どっと笑う。
「ケンカ? こんなとこで置いていくなんて男の風上にも置けなくない? あんなやつ振っちゃって、オレらと回んねえ?」
「そうしよーよ! なあ、大学どこ? 専門学校とか? こっちの大学と近いかなあ。今度合コンしよーぜ」
カチンときた。
どこに目ぇつけてんだ。てめえらなんざよりリョウトの方が一億倍イケメンだし優しいし人格できてんだよバーカ。
内心では思いっきり啖呵を切ったけれど、私はこのお子様たちより確実にオトナである。なぜかそう思われていないのはしゃくだけれど、ここはひとつ、オトナの余裕で対応するべきだろう。
私は一・五秒で考えをまとめると、微笑んで口を開いた。
「違うんですよー。彼、陰陽師の家系で、ここには怨霊を封じにきたんです。私は巫女の家系で依り代でして。……あ、そうだ。彼、凄腕なんで今まで失敗したことはないんですけど、今回は敵がヤバいらしいんです」
小さく首をかしげてみせる。大学生たちは気味が悪そうに視線を交わした。
「三連続の宙返りが終わって、正面に観覧車が見えるところにきたら、皆さん伏せてくださいね。そのタイミングで、彼、式神を飛ばして、依り代の私に怨霊を封じ込める予定なんです」
よし。引いてる引いてる。
私は駄目を押した。口元に人差し指を立てて眉尻を少し下げ、もう何年も前に引退したアイドル、松川マヤみたいなぶりっこポーズをとって笑顔を浮かべる。何を隠そう、小学生の頃、マヤヤのこのポーズは最大限かわいく見える角度をひたすら研究したのだ。中学生だったリョウトが、テレビの中で微笑むマヤヤにぽーっと見とれていたのを、一度ならず目撃したからなんだけど。
「現代の陰陽師は、式神をスマホアプリで管理してるんです。うっかり顔を上げていて、彼のスマホのレンズと視線が合っちゃったら、私じゃなくてみなさんに怨霊が取り憑いてしまうかも。席順、きっと私のすぐ前ですよね? 必ず、頭を下げてくださいね」
「あ、ああ、そりゃどうも」
中では一番穏和そうだった大柄な男の子だけがそう返事して、あとの面々は気まずそうに私から顔を背けた。仲間内でこちらにチラチラと視線を送りながら、こそこそとしゃべっている。
狙いどおり、ちょっとイッちゃってる系の地雷女子と思われたのだろう。大成功だ。
ついにまにましそうになる頬を引き締めつつ、すっと背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見た。女優モード継続。
アトラクションの順番が来る直前、連れに置きざりにされて、動揺したり怒ったりしているだろう、ちょっと親切そうに声をかければチョロくなびくだろうと思っていた女が、あざといポーズに満面の笑顔付きでオカルトまがいの身の上話をしてきた挙げ句、平然と列に並んでいる姿は、彼らにはさぞや異様で不気味に映るに違いない。ざまあみろ。
そんなしょうもない遊びに興じていたせいで、プラットホームにたどり着くまで、あっという間だった。
◇
ジェットコースターの流線型のトロッコに乗り込んで、自動で降りてくる安全バーにしっかり肩を押さえてもらうと、否応なしに気分が高揚してくる。
両親がいつも心配するから、公道ではできるだけお上品に運転するように心がけているけれど、本質的に私はスピード狂である。
コースターは芋虫のようにのろのろとプラットホームを離れて動きはじめた。じりじりとうなじを焼くような緊張感。予感だけで、鼓動が少しずつ早くなっていく。
トンネル状のプラットホームの屋根の下から出た瞬間、車体が大きく前傾した。急角度で下に折れたレールに沿って、一気に加速していく。
日差しの中、下降していく解放感、風を切る顔面の感覚、身体をぐっと押さえつける重力加速度。
知らず私は歓声を上げていた。
降下するときの、一瞬の無重力。胸に直接ぶつかってくる空気のかたまり。慣性に振り回されそうな身体をぐっと立てて、乗り物の動きに身を沿わせていく、筋肉の受動と能動のあわいの力。全てが一緒になって、下界ではあり得ないスピードに乗るという唯一無二の経験を形作っていく。
大きく傾きながら旋回していくコースターは、空を飛ぶ竜のようだった。
重力からもこの世の法則からも解き放たれたら、きっとこんな感じだ。
竜がぐるりぐるりと、三回連続でとんぼ返りを切る。正面に観覧車が見えた瞬間、私の視界が開けた。
歩道橋の上。こちらにスマホを構えて、小さく手を上げている。
その姿を見つけた瞬間に、心臓がぎゅっとつかまれたみたいな気がした。
「リョートー!」
聞こえるわけないとわかっていたけれど、嬉しくなって私は叫んだ。無意識のうちに安全バーをぎゅっとつかんでいた右手をはずして大きく振る。
彼もうなずいたように見えた。
その瞬間、思い出した。
私、こうやって、空を飛ぶくらい早い何かに乗っていて、リョウトに受け止めてもらったことがある。ぎゅっと抱きしめてもらったことがある。
きっと、すごく小さい頃。でも、けして夢じゃなかったはずだ。
あっという間に、竜は身体をくねらせて宙を走り抜け、リョウトの姿は背後に飛び去っていく。
虹色のトロッコは、ゆったりとスピードを落として、出発したプラットホームに再び滑り込んだ。
空想の世界からふいに現実に戻ってきたようなふわふわした気分で、安全バーが上がるのを待っていると、ふと、すぐ前に座っていた大学生四人組が目に入った。安全バーに肩口をがっちりホールドされながら、そのなかで可能な限り、必死で頭を隠すように下げている。
私は思わず、手で口元をおおった。
まさかのまさかだ。本当に、真に受けてしまったのだ。
だから、リョウトが見える直前に、視界が開けた感じがしたんだ。
がこん、と重々しい音をたてて、安全バーが跳ね上がった。
素直すぎる大学生たちが不憫になって、私は一足先にトロッコを降りるとき、まだ座ったまま放心状態だった彼らに向かって神妙な表情で軽く会釈した。
「大成功でした」
その一言に、彼らの肩からみるみる力が抜けていく。私は、ふきださないように必死にこらえながら、自分のリュックサックを抱えて小走りに出口に向かった。














