13 十三年越しのこじらせ――――佐知子
ぼんやりと雨を見つめる私の目の前を、ひゅうっと、夏の午後にしては妙に冷たい風が吹き抜けた。雨粒が斜めに流されていく。少し遠くでまた、雷が鳴った。
水たまりに落ちていた青いモミジの葉が、行き場を失ってゆらゆらと揺れた。
◇
少しずつ高校に通う日数も増えてきたころ、会話の練習になるからと勧められて、地域センターで行われていたグループワークに通うようになった。再婚家庭の子どもたちが集められて、ボランティアの大学院生が見守る中で、自由におしゃべりするという内容だ。
最初は、周囲の大人を安心させるためだけに入ったようなものだった。集まりに参加しても、周囲の話を聞くだけですみっこでぼんやりしていた。
語学力の面でも、コミュニケーションに費やせる気力の面でも、その頃の私にはそれがちょうどいい塩梅だった。
けれど、たまたま参加者が女の子だけになったある回、ローレンとナンシーにつかまってしまったのだ。
ブロンドのローレンはバービー人形みたいなメリハリ体形、濃い髪色のナンシーはモデルみたいに長身でスレンダー。町のディスカウントマートで買える程度のものではあったけれど、いつでも精いっぱい流行を追いかけたファッションとメイクに身を包んで、笑い声の震源地になっている子たちだった。
なぜ何の問題もなく人生を謳歌していそうな二人が、わざわざこんな集まりに来ているんだろう、と初めは不思議だった。だが、彼女たちはあまり遊ぶところのない田舎町で、親の目や学校の決まり切った人間関係を離れて同世代の子どもたちとおしゃべりできる場を単に楽しんでいるらしかった。自分が自由に使える車がなければ、家族の送り迎えなしにはどこにも行けないのだから、それもまた当然だったのかもしれない。
『あのうるさい男の子たちがいない日にしかできない話をするわよ!』
中高生女子という存在は、全世界どこでも共通で、コイバナが始まると異様に盛り上がれるらしい。
クラスの男の子に気を持たれて困っているとか、義理のお兄ちゃんがやたらカッコいいとか、見守り役の大学院生の中ではきっとあの人とあの人が付き合ってるに違いないとか、とにかくハイテンションな恋愛トークに巻き込まれた。
『サチは好きな子いないの?』
いないよ、と言ってみたけれど、それで無罪放免にしてくれるほど二人は甘くなかった。いつもぽけっと座っているだけの私に興味があって、今日こそ何かを引き出すぞ、と燃えていたらしい。
食い下がる二人に、恋愛じゃないと思うけど、と前置きして、私はリョウトとおばあちゃんのことを話した。
どこをどう間違っても、そこで話した事柄は、絶対本人たちには伝わらないから、思ったより気楽に喋れた。下手くそな英語で、おばあちゃんのおいしい料理のこと、リョウトが勉強を見てくれたこと、TVゲームでは絶対に勝てなくて悔しかったことなんかを話して、彼女たちに少しでも満足してもらおうと、最後にこう付け足した。
『えっとね、彼は見た目もすごくかっこよかったよ。でも、私が好きなのは、サムライっぽい性格の方かな。もう会えないけど』
そう言った瞬間、そんなつまらない話を食い入るように聞いてくれていたローレンとナンシーが同時に飛びついてきたので面食らった。
『サチ、それって絶対初恋だよ!』
『もう会えないなんて言っちゃだめだよ、いつかきっと、何としても会いに行かなきゃ!』
半泣きのうるうる声で言われて、ぎゅうぎゅうハグされて、ようやく、私は自分が話しながらぼろぼろ泣いていたことに気が付いた。
それから、二人は私の親友になった。やがて年月が経つうちに固まってきた、日本に帰って就職する、という私の決意を一番最初から応援してくれたのが、ローレンとナンシーだ。
二人に、そしてやがては義父にも応援してもらって、最後にはどうにか母にも納得してもらって、私は、日本の出版社に狙いを定めて就職活動をすることにしたのだった。
辛くも一社だけ内定をくれたのが、匂坂遼都のデビュー作を扱った出版社だったこと、新人研修を経て配属された先が文芸出版部だったことには、勝手に運命を感じて、どきどきしてしまったものだ。けれど部に入ってさりげなく周囲に話を聞いてみても、とにかく匂坂遼都は気難しい、というのが定評だった。これは、直接会うのは難しいだろうな、と思っていた。
けれど、再会の日は、思ったよりずっと早く訪れた。ある雑誌の周年記念パーティーに、めったにそういう場には顔を出さないという彼がふらっと出席したのだ。
編集長が、たまには他の作家やライターとも交流したら刺激になるんじゃないですか、とかなり強く勧めたと後で聞いた。うちの部で編集長だけは、デビュー作を担当したよしみもあってか、リョウト先生にずばずばものが言えるのである。
その年、部で唯一の新人だった私は、パーティーの裏方を手伝って会場のあちこちを走り回っていたのだが、編集長が呼び止めて「挨拶だけでも」と紹介してくれたのが、彼との再会だった。
別れたときは、まだ、小学生と高校生だった。そりゃ、相手にもならない。
でも、今なら。もしかして、ちゃんと見てくれるだろうか。お隣のちびさんではなく、少しでも、対等な相手だと思ってくれるだろうか。
そんな、バカみたいな期待は、出会って数分でもろくも消え失せた。
いや、そもそも一ミリも気がついてない。反応、ゼロ。
そりゃあ、右輪佐知子がデラフエンテ佐知子になってたら、一見、気がつかないかもしれない。義父の苗字、圧が強すぎる。
でも。佐知子という名前と顔を結び付けたら分かってもらえるのではと、儚い希望を持っていたのだ。
私は、坂崎菱人が匂坂遼都になったって、著者の顔写真を出していなくたって、その、書かれた文章で彼に気がついたのに。
片想いって、不公平だ。
十年以上越しにこじらせた初恋ってやつは、なかなかに厄介なものなのだと、身に染みて実感させられたのだった。
一瞬出会って、挨拶をして、でも思い出されもせずにそれで終わり、だったら、いっそ潔く諦めもついたかもしれない。
けれど、何をどう思ったのか、ちょうど担当編集者の辞意を聞かされた直後だったという彼は、後任に私を指名した。
もしや思い出してくれたのかと、淡い期待を再び抱いたけれど、それも空しく終わった。
打ち合わせは常に事務的で端的。緊張しながら切り出した私の世間話はほぼ全て黙殺される。たまにぼそっと、奇妙なことを言い出すのが彼なりのジョークやユーモアらしかったけれど。
なぜ、私を担当に指名したのかも、聞かされずじまいだった。ましてや、昔の事を持ち出して、私のことを覚えていらっしゃいますか、なんて、とてもじゃないけど聞けない雰囲気だった。
彼のわかりにくい軽口に、どうにかラリーを打ち返して普通に会話できるようになるまで、半年以上かかった。
それまで発表した作品は全てヒット作となりながらも、比較的遅い出版ペースで知られていた彼は、しかし、担当が交代したころから急に創作意欲に火がついたらしい。この一年半の間に、複数の出版社から次々と短編を発表して、そのどれもが高い評価を得た。その半数以上を扱った私の勤め先が、近く、ハードカバーの短編集を刊行することになっている。
それは、ほぼ右も左も分かっていない新人というおよそ似つかわしくない時期で、彼の担当に指名された私の、初めての形に残るまとまった仕事でもあった。
もちろん、それが自分の実力によるものだというみっともない勘違いはしていないつもりだ。彼の担当になったこと自体、異例の抜擢だったのだ。それも、実力が認められてというのではなく、ほんの気まぐれが原因での指名だ。
私に期待されていた役回りは、そんな彼の気まぐれにお付き合いする、編集部からの人身御供みたいなものだったはずだ。その証拠に、経験が浅い私を編集部の先輩たちはみんな猛烈に心配して、陰でサポートしてくれていた。
私が彼の希望で抜擢された噂を聞いた他社の編集者などは、いびりやすいから新人を指名したんじゃないか、とか、見た目が好みだったから目をつけたんじゃないかとか、それが本当ならパワハラやセクハラだろうとツッコミを入れたくなるようなことまで言っていたらしい。
だが結局のところ、その芳しくない評判も、彼の作品が立て続けに発表され、そのどれもが高いクオリティだったことで、自然と立ち消えた。実際問題、新人編集者のできることなんて、ほとんど、編集部と作家の間の使い走りに毛が生えた程度のことばかりだったというのに、逆に、私に『猛獣使い』の異名までつけられてしまったのは心外なのだが。
単行本にまでこぎつけられたのは、先輩たちのサポートもさることながら、もちろん何よりも、『リョウト先生』のおかげだ。ぶっきらぼうで無愛想で、何を考えているかわからないけれど、彼はとにかく必要なことは明確に要求し、締め切りは数度破りつつもデッドラインまでにはかならず原稿を書き上げて、私と私の勤め先に渡し続けてくれた。
彼が昨日付けで編集部に送ってよこした原稿が、その短編集の最後に収録され、一番の華となるはずの、書き下ろしの中編なのである。
そして、これが、私が彼の作品に携われる、最後の仕事になるはずだった。
それを決めたのは私自身だ。それでも、そう思うと、切られるような寂しさを胸の奥に感じた。














