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季節は秋くらいだったと思う。小学生最後のバスケの大会があると矢部に告げられレギュラーメンバーは盛り上がり練習に熱が入るがサボりメンバーはいつも通りと温度差があった。この頃になるとサボりメンバーは義務続けられた練習を終えると体育館の隅っこで雑談、バスケに熱心なヨコも何度か注意したがそれまで。
俺はというと何度か呼び出され練習試合に付き合ったりオフェンスの練習のためのディフェンス役とかいろいろしてた。もうレギュラーは固定で俺はせいぜい誰かが怪我した時の代用品だったと思う。たまに誰かの親が練習見に来て差し入れの弁当を少し分けて貰った時は衝撃を受けた。
「美味しかった? まだまだあるよ」
そう言われて初めて自分が弁当の中身を貪っていた事に気づき情けなくなったのは覚えてる。何が違ったんだろうなぁ~同じ料理でも本当に美味く感じた。母親には申し訳ないが桁違い。
「もう終わりか」
なんか練習終わりの体育館で一人残るのがこの頃はまっててブツブツいってた思い出がある。振り返れば約2年間ひたすらに走り抜いた体育館を見て涙が出た。自分なりに一生懸命やった結果がレギュラーもとれずバスケ以外何もなかった自分に泣いてしまった。
「おいコマタ」
声をかけたのは最近元気がない矢部だった。珍しくスーツ姿で真剣な顔で近づき俺のバスケボールを勢いよくパスすると体育館に革製の音が響く。
「お前どーすんだ」
「え、なんすか先生」
「熊田先生と何度か話たが……まぁ言わなくてもわかるな」
その言葉で俺の顔から作り笑いが剥がされてしまう。
「俺は普段担任をやってる時は生徒に甘い思う。だがコマタお前には言うぞ、このままじゃダメになるぞ。お前ももう小学校卒業で次は中学生だ」
「はい」
「今は算数だが次は数学になる、算数の初歩もできないのに数学が出来ると思うか。英語も出てくる、漢字もろくに書けないのに他の国の文字が書けるか?」
矢部の言葉が一言一言子供だった俺に突き刺さった。たぶん人生で初めて大人に現実を突きつけられたと思う。
「熊田先生を困らせるなとか小学1年生からやり直すかそんな言葉じゃ意味がないくらいダメなんだ」
「……先生なんで今更そんな事言うんですか」
「これでも10年くらいは教師やっててな。たまにいるんだよお前みたいな奴、まぁ生徒が100人以上いるわけだから出てくるんだよなどーしても」
いつの間にか矢部は俺の目の前にきて胡坐をかき座ると俺もつられて座る。外は雨だったのは覚えてる、やたらボツボツという音が耳に残っている。
「小学校で勉強が出来なかった奴はどーなると思う……当然中学の勉強にもついていけるわけもない。そして高校、義務教育が終わりいくのは学力が最低の高校だ。そこでも勉強せずに留年で退学だ……まぁ今のお前にここまでいっても理解できないよな」
矢部はわざとらしく咳き込み俺を真っ直ぐ見据えた。
「いいかコマタお前は他人の100倍勉強しなきゃいけない。6年間もさぼってたんだ、このままだと本当にやばいぞ」
矢部が初めて本心で俺に助言したなんだろうな、その日帰って小学5年で使ってた算数の教科書を引っ張りだして試しに問題を解いてみたが答えどころか問題の意味すらわからなかった。算数なのにXとかYをなぜ使うんだぐらいしか思わなかった。
次の日熊田に質問してみた。この問題はどう解くのかと、熊田の驚く顔は最初で最後だったと思う。熊田もわかりやすく丁寧に教えてたつもりなのに俺の学力の低さは半端なない。算数は細かい計算が多い思い出があるが前提の足し算引き算が出来てないのだ。
「わかったコマタまず数を言ってみろ1から10までは言え」
それは出来たが計算になるとダメ。一桁の計算は出来ても二桁の計算になると意味不明になる、そこに掛け算とか混ぜられると違う星レベル。熊田なりに熱心に教えてもらい俺も初めて真剣にやったつもりだったが酷いもんだった。
熊田の表情は勉強が一切出来ない俺への怒りではなく呆れや虚しさだったと思う。部活の時間になり元気よく体育館を走ると熊田が教えてくれた計算式が脳みそから吹き飛ぶ。思い出すと俺にとって勉強てのは苦痛でしかなかったんだろうなぁ。ただただ我慢するだけの時間、一時的に脳に入ってもその時間が終われば自動消去。
「バスケ楽しかったなぁ」
一人遅くまで残っていたのはバスケへの未練だったんだろうな。その日は狂ったようにドリブルをしていた。ボールを床に叩きつけ返ってきた時の感触、バスケシューズに体重を乗せてつま先で感じる痛み、ただ体を動かしてて忘れたかった、これから見るのも嫌になる現実から。
そしてバスケとの別れの大会がくる。
「よーしいくぞおおお」
キャプテンのヨコの声でレギュラーメンバーが天井から降り注ぐのライトに下に舞い降りた。皆がテンション上がってたと思う。保護者の皆さんも結構来ていた。
皆何してるかなぁ~俺の事なんて覚えてないと思うが俺はなんでこんな覚えてんだろうなぁ。




