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6年生になって春が来た頃に俺に異変が起きた。熊田が居残りをさせなくなった、見切りをつけたんだろうなぁ~6年間通って九九もまともに言えなくいろいろ教えても基礎が出来てないから会話にならないから大変だったと思う。そのおかげでバスケに打ち込めた。
顧問の先生は俺には複雑な作戦を教えずピンポイントの代打的な役割を俺を使っていた。ミニバスのルールは当時1クォーター10分くらいでそれが4クォーターあった。俺は最初から出され走りまくりかき乱した後に交代か3クォーター当たりで出される事が多かった。
当時のキャプテンはヨコというデカい奴だった、父親がバスケが好きだったのか実力はズバ抜けてた。それを支えるのがアメリカから来た脅威のポイントガード大介。この二人が我らが母校のミニバス部の大黒柱。
「コマタァお前はゴール下しかないから外を練習しろ」
バスケ経験がない顧問にしては意外に熱心で言われた練習を始めるとスリーポイントシュートがいかに難しいかわかった。漫画の中ではあんなに入ってるのにと思い何度も外すが不思議と苦ではない。ミニバス部は真面目にやる組と適当組があり俺はどちらともつかずウロウロしてたと思う。
「コクゥ~こっちこいよ」
適当組の頭と言われる杉本が声をかけるが黙々とシュートを打つ。杉本は転校生で明るい性格でどこでも皆の中心になれる人物だ、背が小さいせいか真面目組からいつの間か外れ皆でワイワイやっている。
「ヤスオ、シュートは左右にぶれないように打ちな」
ヨコと並ぶ実力者大介がアドバイスをくれたのを嬉しかったのは鮮明に覚えてる。大介は背は小さいがアメリカ仕込みのテクニックがあり何かとアドバイスをくれる。少しではあるが試合に出させて貰えたのがやる気に繋がったと思う。
「ヤスオお前はシュートいいからパスとドリブルでいこうぜ」
ヨコは俺を使いいいポジションでパスで欲しいのか昆虫の練習に口を出してくるが大介は違った。パスドリブルだけではなくシュートもやれと全体的に基礎を上げようとしてたんだろうなぁ。
記憶に強烈に刻まれた試合は俺が4クォーターに出された練習試合だった。特に大会に繋がるわけでもないがお互いのチームは必死だった。敵味方の顧問も声を張り上げて指示を出していたが3クォーター終わり間際に能登という男が足を怪我したらしく冷却スプレーをかけだす。
まぁ能登は普段からスプレーをかけまくる怪我の事なら任せろ番長だった。たぶんその時も癖でスプレーを使い顧問に勘違いされたと思う。代打で投入された俺の仕事は決まっていた。とにかく走る。
「走れぇええ」
顧問の声が響きわたると考える前に飛び出す。ここら辺は昆虫の強み、ヨコと大介には当然マークが厳しく他のメンバーも体力消費が激しいので俺はひたすらにドリブルで切り込んだ。ゴール下のディフェンスはヨコに集まり俺は落ち着いてシュートを打てた。
相手チームとの実力はそこまで感じなかったがチーム全体の実力は相手の方が上だったと思う。得点的に1ゴールか2ゴール差になり緊迫した空気が流れて俺は生まれて初めて脳みそをフル回転させる。
「どうする」
ヨコ大介俺はまだ運動量はあるが他の2人が限界に近い、相手チームも疲れはあるが5人は動けてる、残りは2分ちょい……そこで顧問がタイムアウトを取る。とにかく走れだの走り負けるなとか言ってた気がするが大介が声をかけてきた。
「ヤスオとにかく1ゴールお前の足でとれ、そしたらゾーンディフェンスで固めよう」
再開はヨコが高い身長をいかしてパスが縦に通り俺と大介のツートップで一気に攻め込み驚くほど鮮やかに1ゴール決めた。
「ゾーンディフェンスだ!」
意外にも叫んだのはヨコだった。今まではマンツーマンだったが中を固めて徹底的にディフェンスに徹して30秒の時間を耐え抜く時間が始まる。顧問の声もなくバッシュが床をこする独特の音だけが響く、足を止めてる分体力が底をつきた二人もディフェンスに集中できて耐えたと思った瞬間相手のスリーポイントが空中に放り出された。
その時の俺は残り時間もシュートが入るのかも確認せず走り出していた。昆虫の習性をいかし顧問の反復練習の成果だったろうなぁ~しかし相手チームに俺以上の足を持っていた選手が目の前に現れて背筋が冷たくなった。
「いけぇええ」
顧問の先生の声が後方から響くが俺への指示ではない。俺の横を全力のドリブルで大介が通過した瞬間に頭が真っ白になった、元々何もない頭がよかったのか反応は早かったと思う。シュートを狙う大介には足の早い相手選手が二人厳しく当たり俺の目の前には汗を垂らし苦しそうだが諦めていない目をしている憎い奴。
俺は一度大きく右側に切り込むと相手も当然反応するが昆虫にしては奇跡とも思える咄嗟のフェイトが成功して右足をふんばり逆側に切り返して大介からシュート体制からパスを貰い飛ぶ。
「……ぃ」
そんな間抜けな声を上げながら景色がどんどん上に上がっていき手首が驚くほど柔らかく動いたのを感覚で覚えている。スリーポイントラインギリギリで打ったと後で聞いたが、昆虫の解き放ったフェイトから繋いだシュートはゴール吸い込まれた。
決めた瞬間は喜びはなく全力で戻りゾーンディフェンスをしたが誰もこない。何か反則が起きたかと思うが審判の笛は聞こえなかったしと考えてると皆が全力で戻ってくる、皆反応おせぇよと思ったら抱き着かれ試合の終わりを知った。
「あぁ終わったのか、そうか」
フェイントで使った右足の踏ん張りが今になって痛みを思い出す、顧問がタオルを頭の腕でブン回して走ってきた光景に爆笑したのを覚えている。あれは笑う。
整列して挨拶が終わると見に来てた保護者と同級生が笑顔でいろいろ語りだす風景の中俺はぽつんと残されてバッシュを脱ぎタオルをバックに入れてたと思う。母親は忙しくてこれるわけない、まぁ親にバスケしてる姿見られるのは恥ずかしかった俺にはありがたかった。
「よかったら帰り送るよ」
相手チームの学校で試合だったので顧問の車で来たから帰りもそうだったと思ったが綺麗なセレブ溢れる人妻が声をかけてきた。どうやら女子バスケの誰かの母親らしく娘さんと車にのると凄かったねと声をかけてきたが俺はどう答えていいかわからず柄にもなく照れていたと思う。
「コマタ君運動出来て凄いね」
バスケ部の女の子の笑顔がやたら眩しかった。まだ恋愛とかわからん俺には自分が照れてる理由がわからないが悪い気分ではなかったが。
「そういえばこの前のテストどうだった」
この質問で俺の今日決勝点を決めた喜びが吹き飛んだ。その子はクラスが違うために俺の学力の酷さを理解してない。
「ま、まぁ普通だよ」
本当にこれはよく覚えている。くだらないプライドを守るために喉を詰まらせやっと出たセリフがこれだ、情けないにもほどがある。テストは全教科100点中10点も届いてない。
「ありがとうございます」
送ってもらった親子に頭を下げて家に帰り母親にどうだったと聞かれても何て返事したかは覚えてない。俺は舞い上がっていたんだと思う、バスケで活躍して調子に乗っていたがテストという現実が突き刺さり皆の勝利の笑顔よりも送ってもらった親子の顔ばかり思い出しその日は寝た。




