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3回戦の相手は山潟小学校。この大会優勝候補と言われてる強豪、俺でも名前を聞いた事があるほど県内で有名だったが実際に見ると強豪なんてレベルではなかった。試合前はお互いのチームがコートの半分づつを使い練習するのだがその風景で優勝という夢は覚めてしまう。
「……」
熱きバスケ魂を持つ顧問矢部の言葉を奪うほどの練習風景。まずドリブル練習を始めたが速さが桁違い、ドリブルが得意な大介さえも遅く感じる。次に二人一組で左右に広がり交互にパスを出しながら走るパス練習、まるでレーザービームかと思うほど鋭く早い上に走る速度も笑ってしまうほど。
「試合を開始します」
審判が中央に選手を集めると我ら真砂ミニバスケ部のスタメンに杉本が入っている、普段はスタメンに絶対に入らないはずだとベンチで俺は不思議と思って矢部の顔を見上げるとこれまで咆哮を上げていた熱い男から老人のように覇気が消え失せていた。
「次はお前達出るから交代の準備しとけ」
矢部は補欠メンバーに言い渡すと俺はそこで気づいた。もう諦めているんだと、最後になる試合だからなるべく多くの生徒を出そうとしていたのだ。俺はその時なんでやる前から諦めるんだよと怒りを覚えていたがその怒りは試合開始と共に消え失せていく。
山潟小学校のスタメンは皆の背がヨコ並で丸坊主。当然開始のジャンプボールはヨコがでるが奪われて1ゴール、ゴール下からパスで再開してパスを繋げていくが開始1分そこらでパスはカットされて再び山潟が1ゴール。
「おいヤスオお前出れそうか」
ムードメーカーになれなくNBA大好きな能登という奴が静かに聞いてきたが俺はボケーと試合を眺めている。単純に違う基礎が違う。たったそれだけの差で我ら真砂ミニバスケ部は山潟小学校に蹂躙されていく、ヨコや大介より遥かに上手い選手が5人いるのだ。
「よし次お前いけ」
矢部は流れ作業のように次々に選手を変えていく、普段はバスケに熱い思いを持つヨコは焦り顔で戸惑いながらコートの上を走ってる。司令塔の大介もパス繋ごうとするが少しでも甘いパス出せば奪われてカウンターを食らいと動けなくなる。
この試合で覚えているのは惨敗、確か山潟小学校が60点くらい上げて真砂小学校は10点届くか届いてないかのスコアの差だった。俺も確か途中で交代で出場したが相手との力の差に何もできなかったとしか覚えてない。
ヨコや大介という優秀な選手がいてそれに引っ張られて他のメンバーも練習を欠かさず努力してたスタメンは本物と出会う。最後の方はまともにパスも通らずボールを止めれば奪われの繰り返しだった。根本的に違う、バスケの必要とされる能力が違いすぎたのだ。
試合が始まり終わるまではベンチからほぼ声が上がらず矢部の感情のない交代の声だったと思う。選手が整列して互いに礼をすると試合が終わる。おそらく選手だけではなく見ていた保護者も同じことを思ったと思う。ようやく終わったと。
「おーいヤスオいくぞ」
山崎が帰り支度を追えて声をかけてくる頃には皆手際よく荷物を纏めていた。最後に決勝で戦う山潟小学校を見ながら俺は悔しささえも感じなかった。帰りは確かバスで皆が惨敗で落ち込み黙るわけでもなく普通に日常会話をしていた。
あぁもう記憶から消えているんだろうなと思うほどの夢みたいな試合だった。俺もボケーとバスからの景色を眺めていると最後に乗り物酔いという怪物が襲ってきて地獄を見た思い出。
小学校で遠足とかで使われていたバスの独特の臭いがどうしても駄目で遠足のたびに吐いてた。学校に着くころにはバスケとかどうでもいいほど吐き気が酷くトイレに駆け込んでいく。
「はぁはぁ……オッ!! オッオッ……ゲェエエエ!!」
これで小学校のバスケは終わる。しかしこれからの人生がまさか惨敗からのゲロが可愛く思えるほどの地獄だったとはなぁ~矢部先生貴方が俺の学力を指摘して未来を心配してくれたのは正しかったです。ただ貴方の予想よりずっと酷い物でした。




