第43話
体調不良のため、本日の更新が遅れてしまいました。
申し訳ありません。
◇
◇
「……契約成立だ!」
爪が落ちた、その瞬間。
酒場に満ちていた喧騒が、まるで首を絞められたかのように途切れた。
私はグラスをテーブルに戻す。
針が落ちたような、かすかな音。
耳がぴくりと揺れ、
扉の向こうの鉄靴の音が、異様なほど鮮明に聞こえてくる。
一、二、三。
通りすがりじゃない。
――包囲だ。
私は視線を上げ、依頼人を見据えた。
「三人背負って、走れる?」
「問題ない!」
「……なら」
ビリッ――
服が引き裂かれ、私は千夏と燈里の腕を掴んでそのまま宙へ。
大きなガウの背へと、まとめて跳び乗った。
「正面突破! 南へ走れ!」
地上最速クラスの騎獣の一角。
警戒態勢に入ったガウを捕まえるのは、そう簡単じゃない!
「まずい! あのガウが逃げるぞ! 塞げ!」
「千夏! 魔法!」
「了解! 二人とも、目を閉じて――〈サン・ライト〉!」
聖光系の名前だが、実態は火属性。
杖の先端から炸裂するような閃光が放たれ、
世界そのものの明度が、限界まで引き上げられた。
「くそっ! 目が……見えねえ!」
「狡猾な魔法使いめ……あの大鳥、仲間がいたのか! 捕まえろ!」
大半が目を潰された、その一瞬。
私たちは包囲網を一気に突破した。
外で待ち構えていた帝国兵たちは完全に出遅れ、怒号が飛ぶ。
「何をしている! 追え!」
「前方の哨戒所に連絡! 通達を出せ、今すぐだ!」
◇
ほどなくして、私たちの似顔絵が街道沿いに貼られ始めた。
「私たちまで、アルセイン帝国の指名手配……やりすぎじゃない?」
千夏は少し不安そうだったが、声に以前の動揺はない。
三日間の洗礼。
何度も死線をくぐり抜けたことで、彼女の精神は確実に鍛えられていた。
高校生としては、十分すぎるほどだ。
「アルセイン帝国領内の魔物分布は、
Lv1〜15、Lv60〜75、Lv100〜115。
私たちはもうLv20。
今さらLv15帯を狩っても、レベル差で経験値に重いペナルティが入る。
――だから、当分戻る理由はない」
「なるほどね〜」
次に降臨する大阪湾エリアの魔物レベルは、およそ20〜45。
私たちは、しばらくそこに腰を据えることになる。
……少し、楽しみでもある。
SEEKERの降臨時の姿は、
ゲームがサービス終了した“あの瞬間”の状態そのままだから。
私は終了前に、いろいろと“面白い準備”をしていた。
「大阪に行くなら……先に会っておきたい人がいる」
燈里が、ふいに口を開いた。
「?」
「私の両親が、大阪に住んでるの」
「……親、いたんだ?」
「どういう感想よ。
親がいなかったら、私が石から生まれたとでも思ってたの?」
燈里は額を押さえた。
……確かに、今のはおかしかったかもしれない。
私の中で、
“世界最強の暗殺者”という彼女のイメージは、
冷酷で、謎めいていて、危険そのものだった。
家庭の温もりと結びつけるのは、正直難しい。
「二人とも、住む場所ないでしょ。
今日は、うちで休んでいけばいい」
本当は断るつもりだった。
できるだけ、この危険人物とは距離を取りたかった。
……が、残高を見てしまった。
貯金はすべて、ゲーム内アイテムに突っ込んだ後。
今の円資産じゃ、ビジネスホテルすら無理。
――失策!
今夜、橋の下で寝たくなければ、選択肢は一つしかない。
ヒュン。
さらに南へ、約一時間。
薄い膜が、私たちの身体を撫でるように通り抜け、
視界は一変した。
見慣れた、現代の高層ビル群。
予想通り。
契約成立と同時に、ガウは地球側へとアンカーされた。
降臨エリアを、私たちと一緒に離れられる。
「こ……これは……?」
初めて現代世界を目にした依頼人は、言葉を失っていた。
降臨エリア内では、
世界が融合していても、原住民は自分たちの世界しか認識できない。
ほかのガウたちもビルの間を駆けていたが、
彼らの目には、それは高層建築ではなく、
ただの巨大な樹木に見えていたのだ。
「言ったでしょ。
追跡から完全に解放してあげるって。
向こうの連中、異世界までは追ってこられない」
「異世界?!」
ガウの感情が、一気に跳ね上がる。
「僕、異世界転生したの?!
ついにライトノベルの主人公に――?!」
「……」
異世界にも、ライトノベルはあるのか。
「先へ進もう。
車輪付きの鉄の箱には気をつけて。
下手すると、もう一回転生する」
「……赤信号では止まって!」
「……ちょっと! 逆走してる!
このままだと、二つの世界から指名手配される!」
「やばい! 警察が来た!
逃げろ! 鳥類用免許なんて持ってない!」
降臨エリアを抜ければ安全――
そう思っていた。
けれど、私は忘れていた。
このガウ、
交通ルールを一切理解していない。
夕方のラッシュアワー。
人で溢れ返る都市の大通り。
私たちは、
その中で――ひときわ目立つ存在になっていた。




