第41話
こんなにも安心して眠れたのは、久しぶりだった。
……もっとも、重度の失血に加えて四十八時間ぶっ通しで起きていた反動、という可能性も大いにあるけれど。
それでも、過労死しなかっただけ奇跡だと思う。
魔偶を撃破したあと、私と燈里のレベルはどちらも二十を超えていた。
初期降臨エリアとしては、ほぼ上限だ。
ここから先、雑魚狩りでレベルを上げるのは、正直かなり厳しい。
魔竜が棲むコアエリアに挑めば別だが……あそこは推奨レベル一〇〇。
今は、さすがに命を捨てに行く気はない。
だから今日は、少し肩の力を抜いてもいい。
これまでの成果を整理して、次の降臨エリアに備えることにした。
宿のベッドに横になりながら、私は《SEEKER》内蔵のフォーラムと配信機能を起動し、他のプレイヤーたちの進捗を確認する。
降臨から最初の三日間。
あの狂気じみた競争のあと、四日目に入って、プレイヤーたちははっきりと階層化し始めていた。
第一グループは、《SEEKER》降臨直後に、最も迅速かつ果断にレベリングへ踏み切った者たち。
彼らは先行優位を活かし、競争の激しい中層狩場を意図的に避けながら成長し、現在のレベルは十二〜十五程度に達している。
第二グループは中間層。
今まさに、狩場を巡って熾烈な争奪戦を繰り広げている。
一つの魔物リスポーン地点に十数人が張り付き、討伐権を巡って衝突するのも珍しくない。
フォーラムに並ぶのは、そうしたトラブルを訴える書き込みばかりだ。
そして最後に、ようやく新手村を出る決心をした“難民”たち。
加えて、世界各地から資源を求めて流入してきた探索者や外国人プレイヤー。
区域をまたぐ人の移動があまりにも多く、政府はすでに、降臨エリアの封鎖を検討し始めているらしい。
さらに頭を悩ませているのは、降臨エリアで得たレベル、魔法、アイテムを、外へ持ち出せてしまうことだ。
たとえレベル一〇の魔法使いであっても、現実世界では十分すぎる破壊力を持つ。
すでに、降臨エリアで得た力を使い、凶悪な犯罪に手を染めた者も少なくない。
それは、政府が封鎖へ傾く理由を、また一つ増やす結果になっていた。
けれど――私は知っている。
封鎖など、無意味だ。
なぜなら、これから先に降臨する場所は、富士山ひとつでは終わらないのだから。
――《あの〈天堂〉の連中、ほんとに許せない!》
フォーラムを眺めていれば、案の定、〈天堂〉への非難が溢れていた。
――《白夜:申し訳ありません! 我々は黒樹迷界まで追い込まれ、救援に向かうことができませんでした……》
衡平は、悪人だ。
だが、愚かではない。
追手を黒樹迷界へ踏み込ませる危険性を、彼は十分に理解していた。
だから最初から、私たちを仕留めるつもりなどなかった。
狙いは――閉じ込めること。
私たちが迷界に足止めされている間、白夜は〈夜明〉と連絡を断たれ、救援部隊は指揮系統を失う。
その隙を突き、〈天堂〉はダンジョン出口を封鎖し、攻略成功者を片っ端から襲撃した。
結果、多くの第一グループのプレイヤーが装備を失い、第二グループへと転落していった。
……とはいえ、事態は最悪ではなかった。
夜明と余火の合同メンバーが夜明けとともに到着し、強盗たちを撃退。
奪われた装備の半分以上を取り返すことに成功したのだ。
この事件をきっかけに、未所属だったプレイヤーたちは、組織の重要性を痛感した。
その場で夜明か余火へ加入する者が続出し、一夜にして両ギルドは三千人規模へと膨れ上がった。
申請通知は、処理が追いつかないほどだ。
……前の人生より、ずっとマシだな。
まあ、どうでもいい。
今世での私は、静かに生きたいだけだ。
一人で、異世界の料理や風習を楽ししむ、それでいい。
人混みの喧騒は、ただ耳が痛くなるだけ。
狐は――生まれつき、孤独な生き物だ。
目を覚ましたとき、すでに外は夕暮れだった。
水のような月光が、やがて中指の《生息の指輪》を照らし出す。
……そうだな。
どうやら、孤独な生き方も、思ったほど簡単ではないらしい。




