第37話
「あんたたち……そんなに他人の血ばかり欲しがる、薄暗い連中なの!?」
弓を引く!
振り向きざまに、爆裂矢を放つ――命中!
〈-25〉
……ダメージ表示が、あまりにも小さい。
レベル25以上。
下手をすれば……30超え。
私は、その数値から即座に判断を下した。
「ちっちゃい子~、ぼくが~行くよ~?」
爆煙が晴れる。
――だが、魔偶の姿がない。
まずい!
反射的に、私は身をひねった。
ドンッ!!
大剣が、私の足元に叩きつけられる。
まるで地雷が炸裂したかのような衝撃が走り、私と燈里はまとめて吹き飛ばされた!
燈里は掴み損ね、一本の木の根元へと投げ出される。
……幸い、大きなダメージはない。
背負っていた重みが消え、身体が一気に軽くなる。
正直に言えば――
今ここで単独で逃げるなら、弓使いとしての敏捷性を活かして脱出できる可能性は高い。
首元の防護具を、物品欄へと戻す。
深く息を吸い、目を閉じる。
そして――開いた。
……違う。
逃げるという選択肢は、ない。
まずは戦う。
それでも駄目なら……あの神器を切るしかない。
今朝は、たった一つダンジョンを踏破しただけだ。
数点のエピック装備を手に入れただけで、〈天堂〉から、あれほど狂った追撃を受けた。
生き残るため。
あるいは、野心のため。
十年も肩を並べて戦ってきた仲間でさえ、平然と裏切る世界。
もし、私が多数の神器を持っていることが知られたら――
この世界で、いったい誰を信じればいい?
しかも今、私のすぐそばには――
SEEKER史上、最も厄介な暗殺者がいる。
「……」
意識を研ぎ澄まし、集中する。
黄金色の瞳が、氷のように冷えきり、魔偶を捉えた。
――神器を使わずとも。
私は、世界最強の攻略者だ。
《天秤の瞳・ロックオン》
「ほう? 小動物が牙を剥くか……ん?」
魔偶の機械じみた顔に、わずかな驚きが浮かぶ。
目の前の弓使いは、逃げない。
隠れない。
距離も取らない。
……逆に、突っ込んできた。
「死ね!」
魔偶は両手で大剣を握り、胴薙ぎに振り抜く!
「――っ!」
つま先で地面を蹴る。
刃が届く寸前、私は跳躍した!
前方宙返り、180度。
逆さになった空中、わずか0.3秒。
弓身で、魔偶の首元を引っ掛ける。
「なっ――!?」
ちょうど、剣を振り切った硬直の瞬間。
魔偶は、反応すらできない。
――引き絞る。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
着地する前に、三本の魔力矢が連続で放たれ、
魔偶の後頭部に、寸分違わず同一点で突き刺さった!
三度の衝撃が重なり、後頭部の装甲はほぼ貫通。
巨大な凹みが刻まれる。
――まだ終わりじゃない!
着地の勢いのまま、弓身で魔偶を引き倒す!
起き上がる隙を与えず――
私は、その首元を踏みつけ、矢を眼球へ向けた!
バンッ!
至近距離。
魔偶の左眼が、抵抗もなく弾け飛ぶ。
だが、右眼への追撃は――防がれた。
大剣が迫る。
深追いはしない。
私は即座に距離を取り、反転。
爆裂矢を、側頭部へ叩き込む。
「いい戦術だ……クク……実に、いい」
立ち上がった魔偶の独眼が、狂気を帯びて私を睨みつける。
「自分とのレベル差を理解している。
遠距離射撃では弾かれ、MPの無駄。
ヒット&アウェイでは体力が先に尽きる……」
「だから、最も危険で、最も効率的な近接火力を選んだ……そういうことか?」
「忌々しい蚊め!
捕まえられないとでも思ったか!?」
私は、その声を聞いていない。
《天秤の瞳》が、煙越しに魔偶の気配を捉える。
その瞬間――
空中に、BOSS戦のHPバーが浮かび上がった。
銀灰色。
これまで見たどの敵とも違う色。
「……2%しか削れてない?」
絶望的な長さ。
――でも。
慣れてる。
「……つまり、あと50回でいい」
次は、警戒される。
戦術も変えてくるはず。
《天秤の瞳》の視線が、大剣へと向く。
……なるほど。
このラウンドは――中央だ。
爆煙が晴れるのを待たない。
私は、煙を突き破って突進する。
指先が、火薬の残光を引き裂く!
「……罠にかかったな!」
魔偶が嗤う。
次の瞬間、大剣が二本の細剣へと分裂した!
双剣を手に、刺突の雨が襲いかかる!
だが――
私は、すでに読んでいた。
身を捻り、かわし、背後へ回り込む。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
また三射。
同じ地点へ。
後頭部の凹みが、さらに深くなる。
内部の淡い光――動力コアが、見えた。
コアが露出すれば、ダメージは十倍。
「蚊ぁぁぁ!!
忌々しい蚊ぁぁぁ!!」
二度も弄ばれた。
格下と見下していた獲物に。
操縦者の怒りが、限界を超える。
歯車の回転音が、全身から響き渡る。
出力を、限界まで引き上げた音だ。
胸部の符文が輝く。
高位敏捷強化――緑の紋章!
「来いよ!」
敏捷強化、か。
魔偶は風を裂き、一歩で――私の目の前へ。
だが、私の手はすでにマントを掴んでいた。
叩きつけるように、投げる。
「なにっ!?」
視界が、完全に覆われる。
剣が振るわれ、マントは切り裂かれる。
だが――
その裏にいたはずの私は、もういない。
雪原を駆ける狐のように、
音もなく、背後へ。
ガンッ――ピンッ――!
三射。
最初の二本が、防御を破壊。
最後の一本が――コアに命中。
HPが、一気に削れる。
「貴様……! 貴様……!!」
悪いけど。
第二形態に入る暇は、与えない。
転身する前に、私は転がり、
盲眼側の死角へ潜り込む。
魔偶の回転動作が、逆に背中を晒す。
ピンッ! ピンッ! ピンッ!
コアに命中する音が、異様なほど心地いい。
一射、7%。
三射で――21%。
「もういい!!」
魔偶が、完全に激昂した。
後頭部を押さえながら、
視線を動かし――私を無視する。
その先にあるのは――
まずい。
燈里!
「離れろ! 相手は私だ!」
「ハハハハ!
よく避けるな? なら、これはどうだ!」
片手で後頭部を押さえ、
もう一方の手で、剣を突き出す。
狙いは――燈里。
「……」
燈里は、立ち上がろうとした。
だが、指先が僅かに動くだけ。
身体は、完全に言うことをきかない。
やがて――
諦めたように、目を閉じる。
「……私のことは、構わないで……」
「……」
◇
シュッ――
刃が、肉を貫く音。
燈里には、聞き慣れた音だった。
……なのに。
想像していた痛みは、来ない。
温かいものが、静かに流れ落ち、
頬へ――唇へと触れる。
……微かに甘い、血の匂い。
目を、開ける。
剣先は、すぐそこにある。
だが――
それは。
細い背中に、
胸で受け止められていた。




