第35話
「うぎゃああああ――っ!!
なんでこんなに背が高いのよ、あんたぁぁ!!」
私は燈里の襟首をひっつかみ、そのまま引き起こして、
勢いよく自分の背中へと放り投げた。
こいつとの身長差のせいで、
背負うだけでも、想像以上に苦労する。
……とはいえ。
レベル補正のおかげで、身体能力は大きく底上げされている。
このくらいなら、なんとか走れる。
「……あんた……」
燈里の身体が、硬直した。
私が――
引き返してくるなんて、
まるで想定していなかった、という顔だ。
「それじゃ……あなたも、死ぬ」
「死ぬだけよ」
一度、死んだ身だ。
今さら、どうってことない。
「――バンッ」
目の前を塞いでいた魔物を一射で仕留め、
その頭を踏み台にして、包囲を突破する。
……だが。
狼の爪が、腕をかすめた。
血が、流れ出す。
血の匂いが、空気に滲む。
背中に伝わる感触が、はっきりと変わった。
筋肉が、びくりと強張る。
すぐ耳元で――
ごくり、と喉を鳴らす音。
「黙れ!!」
私は慌てて包帯を巻き、
回復ポーションを喉へ流し込む。
燈里は、全身を震わせていた。
まるで――
何日も何日も飢えていた獣が、
目の前に肉を差し出されたかのように。
本能が、彼女を支配している。
「……いい匂い……」
夢うつつのように、呟く声。
「一回でも触ったら!
その場で放り投げて、魔獣の餌にするからね!!」
「ふふ……」
……このクソ女。
この状況で、笑える神経か!
「グォォッ!」
樹上から、ヒョウが飛びかかってきた。
「ザシュッ――!」
肩口の衣服が裂ける。
……血は出ていない。
それだけが、救いだ。
だが――
背中から、はっきりと視線を感じる。
破れた布地の、その先へ。
「顔を向こうに向けて!
反対見て!!」
フードを引き寄せ、肩を隠す。
……と思ったら。
今度は、首元が露出した。
――ほんっと、面倒くさい!!
時限爆弾を背負ってるみたいじゃない!
魔獣にも気を配って、
この爆弾にも注意とか――
割に合わなすぎる!
「前……蔦がある」
「言われなくても分かってる!」
身体を低く沈め、
道を横切る蔦をくぐり抜ける。
「はぁ……」
喉が焼けつく。
アイテム欄に手を伸ばすが――
スタミナポーションは、まだクールタイム中。
回復が、追いつかない。
……急がないと。
安全な場所を、見つけなきゃ。
「……あの木、何か印がない?」
燈里の示した先を見る。
淡く光る、三日月型のルーン。
「暗夜エルフの道標!?」
SEEKERの設定では、
暗夜エルフには独自のナビゲーション技術があり、
どんな迷宮でも、方向を見失わない。
そして私は――
前世で高層迷宮を攻略するため、
この標識を本気で学んだ。
「三日月……それに“死”を示す赤い符号が交差……」
前方に、
定期的に更新される大型魔獣の巣がある。
精鋭、あるいはボスクラスが住み着く――
極めて危険な場所。
だが、同時に。
小型魔獣は、近づかない。
巣の“縁”に身を潜め、
大型魔獣を刺激しなければ――
休息できる可能性がある。
「しっかり掴まって」
進路を定め、
弓をしまう。
攻撃は、完全に捨てる。
意識を、走行と回避に集中。
天秤の瞳――
狐族の聴覚――
全開!
一秒で、
百メートル先までの魔物の種類と待ち伏せ態勢を把握。
次の一秒で、
脳内に最適ルートを構築。
スタミナ温存?
そんなもの、今はいらない。
――全力疾走!
「ギャオオオッ!」
攻撃をやめたことで、
背後の追撃魔獣は、さらに増えた。
振り返る。
……視界一面。
闇の中、無数の発光する瞳。
「はは……最高にスリルあるじゃない」
視線を前に戻す。
暗夜エルフの標識と、
魔獣の配置だけを、追い続ける。
……ん?
前方の、あれは――
魔物じゃ、ない?
点々と揺れる火光。
怒号と、叫び声。
◇
「……ただの雑魚魔獣だ!
人数はこっちが上だ、ビビるな!
経験値稼ぎだと思え!」
「忘れるな!
あいつらを殺せば、全員に装備ROLLの権利がある!」
「前進しろ!!」
今回の追撃作戦を率いる天堂の隊長は、
無料配布の使い捨て改名機能を使い、
自分の名前を――
“Leo”に変えていた。
他の天堂メンバーも、
次々と名前を変え、顔を覆っている。
「殺しも強盗も堂々とやるくせに……
正体がバレるのは怖いわけ?
本当に――
悪人としての覚悟すらない、クズどもね」
風に乗って、女の声。
「誰だ!?」
Leoが、ぎょっとする。
今回の追撃には、女は参加していないはずだ――
どこからだ?
「ザァッ――!」
私は燈里を背負ったまま、
森の中から一気に飛び出した。
姿を見た瞬間、
Leoの顔が、歓喜に歪む。
「探し回ってたのに!
自分から出てくるとはな……!
やれ! 殺せ!!」
「仲間が負傷してるぞ!
この状況で出てくるなんて――
チャンスだ、攻撃しろ!!」
「弓兵、狙え――
……待て?
この音、なんだ!?」
Leoは、気づいた。
大地が、震えている。
狂ったような、振動。
森全体が、揺れていた。
私は、微笑む。
足を止めず、
一気に加速し、人の群れをすり抜ける。
「……どうも、ご親切に」
「は?」
Leoは、完全に混乱していた。
「感謝?
何を言って――」
次の瞬間。
「ドォォォン――!!!!」
密林から、
魔獣の大群が、雪崩のように溢れ出す。
そして――
進路を塞ぐ者たちを、見据えた。
「うぎゃああああ!!!」
Leoの視界が、
真っ暗になった。




