第32話
「君の判断を信じて、ルートの選択を任せたんだぞ!
この愚かなガウめ!
駅舎に正式にクレームを入れてやるから覚悟しろ!」
少し離れた場所から、怒りに満ちた叱責の声が飛んできた。
今回の事故でケガをしたのは、私だけじゃなかった。
ガウに乗っていた乗客も――
そして、当のガウ自身もだ。
そのガウは、今もその場に立ち尽くし、
虚ろな目で前方を見つめていた。
「誠に申し訳ございません!
本当に申し訳ございません!
どうかご通報だけはお控えください!
必ず、ご納得いただける補償をご用意いたします!」
駅舎はすぐ近くだった。
馴獣師たちが、乗客に向かって必死に頭を下げている。
……あの。
私も立派な被害者なんですけど。
私はため息をつきながら駅舎の前に立ち、
例のガウに視線を向けた。
「……おかしくない?
ガウって、出発前に自動で最適ルートを選ぶんじゃなかったっけ。
一番安全な経路を計算して、衝突も回避するはずでしょ」
どう考えても、おかしい。
前世で十年近くこの世界に関わってきたけれど、
ガウが事故を起こしたなんて話は、ほとんど聞いたことがない。
ガウの事故は、本来なら極めて稀なはずだ。
「ここ数日、ずっと起きてるのよ」
さっきのNPCヒーラーのお姉さんが、
指先で銀貨を転がしながら言った。
「どうやら、ガウたちが“位置把握能力”を失ってるみたいでね。
急に、目印のない世界に放り出されたみたいに、
あちこち突っ走って……事故が続出してるの」
「……じゃあ、ここに張り付いて事故待ち?」
「~ふふん~♪
ここ、事故多発エリアだからね。
即時回復できる私に感謝してほしいところよ?
もちろん、労働には対価が必要だけど~」
私は、彼女の頭上に表示された名前を見た。
Luya。
……と、その直後。
Luyaの表情が、みるみる険しくなった。
道路脇に、駅舎が大きな注意看板を立て、
さらに壁一面に、魔法泡による衝撃吸収クッションまで設置したからだ。
『事故多発地帯につき、通行中のガウにご注意ください』
「……ちっ。
稼ぎどころ、潰されたじゃない」
Luyaは地団駄を踏んだ。
「誠に申し訳ありません!
こちらが治療費の補償と、駅舎の割引券です!
このガウにつきましては、厳正に処分いたします!」
私の手元にも補償が届いた。
金貨一枚と、魔獣駅舎の五割引クーポン。
……まあ、金貨が出たならいいか。
しかも事故は新手村内。
深追いする理由もない。
「クル太!」
馴獣師が二人がかりで、問題のガウを押さえつける。
「……沈黙の鞍、外そう」
ガウ――クル太が、小さく鳴いた。
そういえば。
依頼を出してきたガウが言っていたっけ。
ガウという種族は、本来とてもおしゃべりだと。
あまりに話しすぎてクレームが多発し、
仕方なく“沈黙の鞍”を装着させられている、と。
……なのに。
今、鞍を外されようとしているクル太は、
まったく嬉しそうじゃない。
「やれやれ……」
Luyaが首を振る。
「沈黙の鞍を外されるってことは、
つまり、駅舎を完全にクビってことよ。
この年頃なら、結婚したばかりじゃない?
住宅ローン抱えて、卵も孵化待ち。
そんな時に、位置把握能力を失ったなんて……」
「ガウ……!
ガウゥ――!」
クル太は必死に暴れ、
自分の鞍を守ろうとする。
「クル太、現実を見ろ!
お前はもう位置把握能力を失ってる!
それじゃ、乗用魔獣としては使えない!」
「……ガウ……」
「誰か、押さえろ! 早く!」
増援の駅舎スタッフが集まり、
クル太は完全に拘束された。
――そして。
沈黙の鞍は、外された。
「クル太、前向きに考えな。
これからは、自由に喋れるんだからさ。
おしゃべりは、ガウの本性だろ?」
……それでも。
クル太は、一言も発しなかった。
もう沈黙の鞍はないのに。
それでも、言葉が出てこない。
まるで――
沈黙することに、慣れすぎてしまったかのように。
「……行け」
馴獣師が、重い声でクル太の翼を叩いた。
「…………」
クル太は去っていき、
駅舎は何事もなかったかのように、通常業務へ戻った。
私は、ふと疑問を口にする。
「……位置把握能力を失ったガウたちって、結局どうなるの?」
「さあ?
誰も気にしないわ。
どうせ、次のガウが補充されるだけ」
Luyaは肩をすくめた。
「ただ……黒樹迷界で見たって人はいるわ。
中に閉じ込められてるみたいね」
――黒樹迷界。
それは、私たちの次の目的地。
もしかすると。
今回の任務で、ガウたちが“迷った理由”も分かるかもしれない。
「すみません。
個人工房を一時間、借ります」
その後の一時間で、
私はダンジョンから得た
〈石像コア〉〈砕けた石剣の柄〉〈魔法人形用潤滑油〉を使い、
残っていた神器をすべて強化した。
――結果。
大半の神器が、第二段階へ。
装備可能レベルは15。
性能も、レベル15相当の神器クラスに到達。
これなら――
あの“迷失の地”にも、踏み込める。
黒樹迷界。
〈ピピピ――ピピピ――〉
フレンドリストが点滅する。
千夏から、ビデオ通話だ。
接続。
『凪緒!! 逃げて!!!』
悲鳴のような声が、鼓膜を撃ち抜いた。
画面の向こう。
千夏は〈余火〉と〈夜明〉の仲間たちと一緒に、
薄暗い森を必死に駆けている。
背後を、矢と魔法がかすめていく。
「……何があったの?
今、どこ!?」
『河口湖の西!
南西方向!!』
「追われてる理由は!?」
『天堂よ!!
あの強盗ども!
ダンジョン出た直後に囲まれて、
装備全部出せ、さもなきゃ殺すって……!
人数が多すぎて、逃げるしか……!』
映像が、ノイズに揺れた。
千夏の周囲。
木々の色が変わり、
幹が、アスファルトのような不吉な黒へと染まっていく。
地面には、
人為的に打ち込まれた“線”が走り、
森の奥へ、奥へと続いていた。
『……黒樹迷界……!
ここに逃げ込むしかない!
奴らは中に入れない!
凪緒……気をつけて……!』
通信が、途切れた。
「……天堂」
私は歯を食いしばる。
「……死にたいらしいわね」
略奪を――
よりにもよって、私の仲間にやるなんて。
「バカ狐、早く!」
路地の奥から、
冷たく、少し掠れた声が響く。
その背後。
無数の足音。
「逃がすな! 追え!!」
――燈里。
天堂の連中は、もうここまで来ている。
私と燈里も――
すでに、追殺対象だ。




