第30話
「なるほど……!」
白夜が、はっと息を呑んだ。
「ゲーム内のキャラクターは、攻撃が“平面”に制限されている。
スキルも、基本的には前方へ直線的に放たれるだけだ」
「だから――石像の魔法使いの“放逐”は、
ゲームでは対処不能な減員ギミックだった!」
「だが、現実では違う……。
結界には“天井”がない。
なら、投射でスキルを結界の外へ放り出せる!」
「命中させるのは難しいが、
あらかじめ角度を計算し、ボスの位置を固定できれば……
遠距離職は、攻撃を継続できる!」
「……俺たちは、ゲームの常識に想像力を縛られていたんだ!」
ボスの位置が固定された途端、
そのHPは、再び目に見えて減少し始めた。
6%、5%、4%――。
一気に、チームの士気が跳ね上がる。
「行け! あと一押しだ!!」
「ヒーラーは全員のHPを確認しろ!
自分の分も忘れるな!
最後で倒れるなよ!!」
「全員でクリアするんだ!
……全員、一緒に!」
「生きて、外に出るぞ!!」
「3%!」
「2%!」
「残り1%!
MPを惜しむな! 全力で叩き込め!!」
「……」
「……」
「……」
――轟音。
〈――Mission Success――〉
時間が、最後の瞬間で引き伸ばされたかのようだった。
石像が崩れ落ちる、重々しい轟音とともに――
クリア通知が、私たちの視界に深く刻み込まれる。
……そのときになってようやく。
観客も、
〈余火〉と〈夜明〉のメンバーも、
夢から覚めたように、現実へと引き戻された。
――攻略成功。
同時に、
ダンジョンの外――すべての降臨エリアの空に、
過剰なまでの金色のエフェクトとともに、
巨大なワールドアナウンスが降り注ぐ。
〈祝福せよ!
〈夜明&余火・合同攻略チーム〉が
〈ダンジョン:原初の揺籃〉を
世界で初めて踏破しました!〉
〈攻略に参加した全メンバーは、以下の報酬を獲得します〉
・レベル10エピック装備(紫)選択宝匣×1
・自由ステータスポイント×5
・称号:〈歴史の創造者〉
〈歴史の創造者〉
無数に存在した攻略の可能性の中で、
あなたは最初にこのダンジョンを踏破しました。
その名は世界に刻まれ、
あなたの選択は、世界のメインストーリーとして
大陸の未来を左右します。
〈後ほど、隊員投票・与ダメージ・回復量をもとに
初回攻略の貢献度ランキングを算出し、
評価報酬を配布します〉
〈隊員投票、集計中……〉
「……え?
誰か、もうダンジョンをクリアしたのか!?」
初心者村のセーフエリア。
避難を終えたばかりの東京市民たちが、
信じられないものを見るように空を仰いだ。
「〈夜明〉と〈余火〉のチームだ!
さっきまで配信を見てたけど……すごかった!
逆転勝利だ、完璧な指揮だった!」
少年が、興奮した様子で配信画面を掲げる。
彼らは、この数時間で――
怪物による被害と破壊を、嫌というほど目にしてきた。
平穏だった日常は、何の前触れもなく引き裂かれ、
抗う術すら持たないまま、
人々は現実に押し潰されてきた。
撤退、死、逃走。
〈SEEKER〉の降臨以降、
多くの人間はただ、
受け身で世界に殴られ続けていただけだった。
――だが今。
空に刻まれた、この巨大なシステムメッセージは、
まるで誰かが耳元で叫んでいるかのようだった。
「――俺たちは、無力じゃない! 勝てる!」
「たとえ代償が“死”でも、
自分から踏み出し、
ダンジョンに挑み、
怪物どもを叩き伏せた人間がいる!」
「しかも――
残酷な〈天堂〉でも、
国家や巨大資本でもない!」
「昨日まで無名だった小さな配信者と、
数人の社畜と……
高校生まで含めた、ただの一般人だ!」
その事実だけで、
生き残った人々の血は沸騰し、
誰ともなく、歓声が空へと突き上がった。
「勝った……!」
「俺たちは勝ったんだ!! 生き残った!!」
ダンジョン内部。
ボスが落とした最終宝箱の前で、
〈夜明〉と〈余火〉のメンバーは、
泣き笑いのまま抱き合っていた。
ただのゲームダンジョン。
しかも〈SEEKER〉最下位クラスの難度だ。
――それでも。
生きて切り抜けたあとの解放感。
胸の奥から息を吐き出せる、この感覚は、
降臨前に、最高難度ダンジョンを
一万回クリアしたとしても、決して得られない。
ゲームなら、何度でも失敗できる。
試行錯誤も許される。
だが現実は――
一度の失敗が、命の代償になる。
……それでも。
「やったぞ!!」
副会長が、空へ向かって叫んだ。
「俺たちは、やったんだ!!」
他のメンバーも、次々と声を重ねる。
――その光景を、私は少し離れた場所から見ていた。
記憶が、
前世で初めてダンジョンを踏破した日のことを、
自然と引き戻してくる。
口元が、わずかに緩んだ。
……あのときは、もっと悲惨だった。
Aileenは、私の肩にしがみついて大泣きしていたし、
Ledgerは、地面に跪いて母親の名を叫んでいた。
……
だが――
そんな命懸けの絆があったからといって、
それが何になる?
私は無理やり笑おうとした。
この歓喜の輪に、もう一度溶け込もうと。
……だが、どうしても。
その“忌々しい口角”は、上がらなかった。
欠伸をひとつ噛み殺し、
私は端へ移動して、
砕けたボスの頭部に腰を下ろす。
この大切な時間を、壊したくなかったから。
――その背中に、何かが当たった。
誰かが、
石像の頭の反対側に座ったらしい。
眉をひそめる。
「……ごめんなさい。
ここ、人がいるんですけど。狭いですよ?」
「おー」
燈里が、どうでもよさそうに返事をした。
……で、終わり!?
こいつ、まったく動く気がない!
私の言葉を、完全に空気扱いだ!
……いいだろう。
じゃあ、こっちも遠慮しない。
……今、こいつ。
背中で、押してきた?
「ちょっと!
さっき、落ちるところだったんだけど!」
「おー」
おーじゃない!!
……このバカ。
降りろ!!
私は、思いきり背中をぶつけ返した。
……
少し離れた場所で、
白夜と由衣が首を傾げている。
「……何してるんだ、あの二人」
「ボスの頭、取り合ってるように見える」
「……座ると経験値、増えるの?」
「……あり得る」
「じゃあ、私たちも行こっか~~~」
「おおおおおお――突撃だぁ!!!」




