第一話 子どもたち
第二章と第三章の間に断章を執筆しました。今日と明日投稿し、その後、断章の登場人物も投稿します。よろしくお願いします。
サマトとヨミヤは、ヤマク村に住む若い夫婦である。二人の間には三人の子どもがおり、全員男の子だ。長男のヒウチは十歳で父のサマトと村にある唯一の鍛冶場で働いている。次男のサクは七歳、三男のヤネリは五歳。サクとヤネリは簡単な村の手伝いをしながら過ごしている。村長夫妻はサマトの竪穴住居の隣に住んでいて、六歳になる一人娘のナギはいつもサクとヤネリのところへ遊びに行き、三人で過ごすことが多かった。
「さっちゃん、なにしてるの?」
竪穴住居のすぐ外で細長い木の棒を石包丁で削っているサクにヤネリが尋ねる。サマトの家の石包丁はヨミヤが料理に使っていたが、いろいろなものを作るのが好きなサクには、ヨミヤが使っているものとは別の小さな石包丁が与えられていた。
「こうやって棒に窪みを作ったら、水桶が落ちにくくなると思って」
つい最近、水汲みの手伝いに加わるようになったヤネリだったが、落ち着きがなく木の棒にくくりつけた水桶を落とすことがたびたびあった。
「ふーん」
少しの間、ヤネリはサクが棒を削る様子を見ていたが、飽きたのか蟻の巣の観察を始める。列を作って小さな葉っぱを運んだり、頭を突き合わせてすれ違う様子がおもしろかった。
「さっちゃん、やっちゃん、来たよ〜」
しばらく蟻の観察をしていると、ナギがやってきた。水汲みに出かける時間だ。サクとナギはいつも水汲みの仕事をしている。ヤネリは今までそれについて歩いているだけだったが、水汲みを手伝うようになって少しだけ大人になった気がしていた。
「さっちゃん、それなあに?」
ナギはサクが削っていた棒を仕上げている様子を興味深そうに眺める。
「うん、ちょっと待っててね」
サクは竪穴住居に入っていく。
「お父さん、お母さん。水汲みに行ってくる」
サクが声をかけると、サマトが近づいてきた。
「サク、お前にやる。持っていけ。ヤネリとナギちゃんの面倒をちゃんと見るんだぞ」
サマトが取り出したのは、木の鞘に入った青銅製の小刀だった。
「わぁ、ありがとう。どうしたの、これ?」
サクが目を輝かせると、サマトは照れたように笑う。
「お父さんな、やっと一人で作らせてもらえるようになったんだ。初めてだからあまりいい出来じゃないかもしれないけどな」
「ううん、ありがとう!大切に使うよ。行ってきます!」
サクはにこにこしながら小刀を腰紐に差し、水桶を引っ掴んで外へ飛び出していった。
「行ってらっしゃい。気をつけなさいよ」
ヨミヤがサクの背に声をかける。
「あなた、私にはないの?」
ヨミヤの言葉にサマトはにっこり笑う。
「もちろんあるぞ。ほら。包丁の切れ味が悪いって言ってたからな」
サマトはヨミヤに青銅製の包丁を渡す。
「あら、ありがとう!大事にするわね」
「それと、これ」
サマトはヨミヤの首に水晶や勾玉を紐に通した首飾りをかける。
「わぁ……。どうかしら?」
ヨミヤは首飾りに手を触れ、サマトに見せる。
「うん、よく似合ってる」
「お父さん仕事中に作ってて、先生に怒られてたよ」
ヒウチがにこにこしながら告げ口する。
「ヒウチには何かあげたの?」
ヨミヤの問いにヒウチが答える。
「いいんだよ、お母さん。僕は自分で作るから。僕も早く一人で作らせてもらえるようにがんばるよ」
「そうだな、お前ウチナリに褒められてたから、俺より出来のいいやつ作れるかもな」
サマトはぽんぽんとヒウチの頭を撫でた。
「そうだよ。お父さんもがんばらないと僕が仕事取っちゃうからね」
「頼もしいな。それじゃヨミヤ、行ってくる」
「お母さん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
サマトとヒウチは二人並んで鍛冶場へ出かけていった。
サクとヤネリとナギの三人も水汲みのため近くに流れている川を目指して、森の中を歩いていた。ヤネリはふらつきながら、水桶を二つ括り付けた木の棒を振り回して歩いている。
「わぁ、すごいねさっちゃん。水桶が飛んでいかないよ」
ヤネリはサクが削った木の棒を譲り受けていた。水桶は木の棒に草の蔓で括り付けられていたが、木の棒にちょうど草の蔓が引っかかるように作られていた。
「でしょ?」
「あのねやっちゃん。水桶はおもちゃじゃないんだから、大切にしないとだめなんだよ。さっちゃんも、あまやかしちゃだめだよ」
ナギはヤネリをたしなめる。
「なっちゃんはいっつも大人みたいなこと言う」
ヤネリは頬を膨らまして抗議する。
「おちびちゃんたちー」
三人の後ろから声をかけてきたのは狩人のアズサだ。双子の弟のオトヤも隣を歩いている。
「アズサ姉ちゃん!」
ナギがアズサに飛びつくと、アズサはナギの体を受け止めた。
「今日もかわいいね、なっちゃん」
アズサはナギのもちもちした頬を両手で揉みながらナギの首にかかった勾玉を眺める。いつ見てもきれいだ。自分もこんな首飾りがほしいなと思う。兄弟子のウチナリは鍛冶師だから、首飾りも作ってくれないだろうか。
オトヤの方はサクとヤネリをそれぞれの腕にぶら下げて振り回している。二人ともきゃっきゃと喜んでいた。
「ヤネリ、水汲みはきちんとできるようになったか?」
「できるよ!」
オトヤの問いにヤネリは自信満々に鼻を膨らませる。
「本当?じゃあ今日は僕が持たなくてもいいよね」
昨日の帰りも疲れたとぐずったヤネリの水桶を運んでやったサクの言葉に、ヤネリの勢いは尻すぼみになる。
「……できるよ。……たぶん」
三人は双子と別れ、川で水汲みをする。何往復もして鍛冶場と自宅に水を運んで午前が終わる。もう少し大きくなれば一日中働くことになるが、まだ小さいので働く時間は短い。三人が鍛冶場へ水を運んでいくと、ウチナリとサマトとヒウチが土製の鋳型に溶けた青銅を流し込もうとしているところだった。
三人とも口を布で覆っている。長い柄のついた壺を地面に置き、壺と三人の間には分厚くて大きな木の板がある。それをサマトとヒウチが真剣な面持ちで支えている。ウチナリが長い柄を一気に傾けると、壺の中から太陽みたいな色をして光っているどろどろした液体が鋳型に流れ込む。三人とも真剣にそれを見つめている。
「よし、しばらく休憩しよう」
ウチナリの一声でサマトとヒウチの緊張が緩んだ。
「先生、何を作ってるの?」
真剣な様子に気圧されて遠回しにウチナリたちを見ていた三人の子どもたちだったが、サクが近づいていく。
「おおサクか。近づくと危ないから離れてな。今までのものより長い剣を作れないか試してみてるんだ」
ウチナリがサクに気づく。
「石の鋳型じゃないんだね」
「ああ、石だと気泡が入るからな。土の鋳型の方がいいものが作れるんだ。たまに鋳型が爆発するけどな」
「ばくはつってなに?」
ヤネリは今まで、何かが爆発するところを見たことがなかった。サマトとヒウチから話を聞いたことはあったのだが、想像がつかないので覚えていなかった。
「爆発は……えーと、ものすごい勢いでものが壊れて吹き飛ぶんだ。欠片がそこらじゅうに飛び散って当たったら大怪我したりする」
ウチナリも爆発がなぜ起こるのかわかっていない。わかるのは、それがどんな現象かということだけだ。
「そうなんだ、こわいね」
「こわいね」
ヤネリとナギはどことなく楽しそうに囁きあう。
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