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瘴気溜りを浄化して、急ぎで公爵家に戻れば、もう夕方だった。
お昼は騎士団の人たちと一緒に、保存食を食べた。
例の、おいしくない保存食だ。
こんなふうに不意打ちで食べることがあるなら、保存食の開発を急ぐべきだ。
今日帰ったら、保存食になるビスケットを作ってみよう。クラッカーも。
そう心に決める。
「瘴気溜りの浄化へのご協力、改めて感謝する。助かった」
公爵家のふかふかソファーに落ち着いて、アランさんから改めて頭を下げられた。
「あの聖水というものは、実に画期的だ。神殿から派遣された聖スキル者の護衛もいらない。騎士団だけで瘴気溜りに対応できるようになる」
アランさんは、すぐにでも聖水の有効性を証言すると、意欲を示してくれる。
「瘴気溜り対策には、是非とも取り入れるべきだ。神殿の調整を待たずとも、聖水さえあればいいのだから」
「ではセラム様に、お兄様のご意見も早くお伝えすべきですわね」
レティは少し考えてから、明日の予定を教えてくれた。
「登城してすぐは、調査結果を陛下も交えて伺う予定です。そのあとセラム様と私と、お茶会をというお話になっております。お兄様もそのときにご一緒されては、どうでしょう」
お茶会か。手土産は今日作る予定のラスクでいいかな。
余分にもらえるか、ソランさんに聞こう。
「是非そうさせてもらう。ただ心配なのは、神殿がどう反応するかだ」
ご機嫌だったアランさんの眉間に、縦皺が寄った。
神殿のことは話に聞くばかりだけれど、どうやら厄介そうだ。
聖スキル保持者を管理している団体なので、聖スキルで作成する聖水にも、口を出して来るだろうとアランさんは言う。
「それならいっそ、新商品として商業ギルドに登録してはどうかしら」
マリアさんが明るい声で提案した。
「だって水魔法の水に、属性の魔力を入れ込んだものでしょう。そういう商品登録は、アリなんじゃないかしら」
聖魔法以外で、属性魔力を入れ込んだ水が、有効な場面があるかどうかはわからないけれど。
確かにその理屈は成り立つ気がする。
たまたま聖属性であれば、瘴気溜りの浄化に有効ということで。
あと私ほど魔力を入れ込まなくても、弱い魔力の聖水が有効な場合もある。
瘴気で凶暴化した魔獣の、血の穢れの浄化は、それほど魔力は必要なかった。
軽い瘴気の影響にも、高魔力過ぎるものはもったいない場合がある。
「確かに商業ギルドで商品として扱われれば、我々は非常に助かるな」
アランさんも頷いている。
「商業ギルド長のボンドさんなら、相談に乗ってくれると思うわ。ミナちゃんのことを、とても心配していたし」
言われて、私は最後まで心配の目を向けてくれていた、ギルド長を思い出す。
自分の価値を、けして軽んじてはならない。そう私に諭してくれていた。
「たぶん彼、聖女の噂も聞いていたから、実際にミナちゃんに会って、神殿のこととか心配になったんじゃないかしら」
「え?」
私はフリーズした。
え、私が聖女って、知ってたってこと?
「だって彼、隣国の異世界召喚のこともご存じだったでしょう」
当たり前のようにマリアさんは言葉を続ける。
「商業ギルドなんだから、噂とか情報を仕入れるのは、早いと思うの」
なるほど。確かにそうだ。
隣国の情報にも早いのだから、この国のお城で広がる噂も、知っていて当然だ。
それであんなに心配されていたのかと、腑に落ちた。
「二人とも、こちらに来たばかりで商業ギルド長と面識があるのか」
どういう関係かと聞かれて、私たちは花祭りの商品を登録したことを伝えた。
「屋台に並べてくれると誘われて、気軽に作ったら、急いでギルドに登録しなくちゃいけないって言われて」
マリアさんは、レティへの手土産に持ってきたブローチを見せる。
「あとで渡そうと思って、すっかり忘れていたわ」
精巧な花の細工に、アランさんもレティも、驚きの顔だ。
「私も飴細工とアイシングクッキーを作ったの。今日の手土産にしたお菓子なんだけど」
そういえば、待っている間に食べてくれたのかな?
レティがあっと口元を押さえた。
「頂いたお菓子、まだお出ししていなかったわ。せっかくの手土産ですのに」
まだだったらしい。
壁際に控えていた侍女に指示が出され、改めてお茶の用意がされる。
秘密の話をしていたので、侍女さんが行き交っている間は無言になる。
そうしてお茶と、お皿に乗った飴細工とアイシングクッキーが並べられて。
レティも、アランさんも、シオンくんまで目を丸くした。
「これは、菓子、なのか?」
「キレイ! ツヤツヤ!」
アランさんが困惑した顔になり、シオンくんが飴細工を指さしてはしゃぐ。
「すごく綺麗なお菓子と、可愛いお菓子ですわ。これをミナが作ったの?」
「うん。飴細工と、アイシングクッキーっていうの。飴は長く舐めるものだから、こっちから食べてみて」
言いつつ、私は小さめのクッキーをひとつ手に取り、口に放り込んだ。
手土産を持ってきた人が、先に食べて見せると教えられた。
たぶん毒味と思う。
カリコリと、アイシング部分は音がする。
うん。食感も味も、まあまあいいかな。
アイシングクッキーをレティに勧めると、恐る恐る囓ってから、目を丸くする。
驚く目から、クッキーを噛みながら目を細めて、閉じて味わって。
「素敵なお菓子ですわ! おいしいし、可愛いなんて!」
喜んでもらって、私も思わず笑顔になる。
「こちらは飴。蜜の実を煮詰めて、味と色をつけて細工したものなの」
またも小さな飴を口に入れる。酸味と甘みがちょうどいい。
今日は形を整えたものばかりでなく、小さく丸い、単一の味の小さな飴玉も作ってみたのだ。
レティはミルク系飴玉を口に入れると、また目を閉じて。
口の中で転がして、うふふと笑みを漏らす。
お行儀よく、飴を口に入れている間は口を開かないけれど。
嬉しそうなその顔が、感想を語ってくれているようだ。
レティが何かを言う前に、待ちきれなかった様子でシオン君が手を出した。
お行儀が悪いとアランさんに怒られながらも、花形の飴を口にして。
「かたい? あ、でも甘い」
ちょっと驚いたあと、嬉しそうな顔になる。
「舐めて溶かすものなの」
教えると、ペロペロと舐めて、満面の笑みになった。
「いろんな味がする! おいしい!」
そうだろう、そうだろう。
君の食べているのは、果物の花びらと、中央は蜂蜜系。
味の変化が楽しいであろう一品だ。
アランさんはチーズ系の飴玉を食べる。
「固いが、まあ噛めるな。じわじわ溶けるのが不思議だが、うまい」
アランさんてばガリガリ噛んで食べている。まあ、それもアリだ。
マリアさんもアイシングクッキーを食べて、頷いていた。
「ちゃんとした商品に出来るレベルよね。さすが製菓学校に通ってるだけあるわ。おいしいわ!」
どうやらお気に召して頂けたようだ。
「キレイなのにおいしくて、不思議だわ」
レティが胸を押さえて、キラキラした目で感想を言ってくれるのが嬉しい。
「こういう飴って、こちらになかったんですね。屋台に誘ってくれた子が、慌ててました」
「そうね。こちらも、食感も良くて、味や香りの変化もあって。どちらもとても素敵なお菓子だわ」
レティがクッキーを褒めたので、慌ててシオン君も手を伸ばす。
でも彼は、大きな飴細工を取ったので、食べかけの飴を持ったままだ。
私はお茶のカップをとり、ソーサーを彼に差し出した。
「こちらに飴を一度置いて、クッキーの方もどうぞ」
慌てたように、侍女さんがお皿を持ってきた。
シオン君は侍女さんがくれたお皿に、ひとまず飴を置く。
そしてアイシングクッキーを取り、かぶりついた。
「こっちは食べられる!」
飴みたいに固くないという意味だろう。
アイシングの部分はカリコリするけど、飴ほどは固くないからね。
レティが改めてアイシングクッキーを食べて、おいしそうに頬を緩めた。
「可愛らしい形なのに、とてもおいしい。食感も不思議だけど、好きだわ」
目を輝かせて賞賛してくれる。
「お茶会でお出ししたら、とっても喜ばれそう」
「他の人はお店を通しての注文だけど、レティからは直接承るよ!」
私が胸を叩いてそう言えば、アランさんが食いついた。
「是非頼みたい。レティは、貴族女性の中では少し立場が弱い」
少し、とアランさんは言うけれど。
以前彼女から聞いた話を考えると、かなり、だろう。
公爵家の令嬢として、それなりの立ち位置ではあるけれど。
個人としては人脈がなく、味方がいない。
私のお菓子でレティの立場が安定するなら、安いものだ。
「レティになら、多少の無理はしてでも注文は承るよ!」
「無理はいけませんわ!」
すかさず言うから、レティのためならと思ってしまうのだ。
「そういえばレティちゃんは、セラム様から花束はもらえた?」
マリアさんが聞くと、レティが嬉しそうに笑って頷いた。
「ええ。お二人が口添えをしてくださったのでしょう」
バレていた。
「口添えをしたのは、そうすればレティちゃんが喜ぶって教えただけよ」
「そうそう。セラム様って、結局はレティのことが大好きなんだしね」
私たちが言うと、レティは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうだ。
私たちが公爵領に行っていた間に、そういう話はしなかったらしい。
では何をしていたかというと。
「コルセットを使わない補整下着を作ったわ! 私とあなた、それからレティちゃんの分。コルセットは体に悪そうだしね」
なるほど。採寸して、明日着るドレスをお直しするついでに。
その下着を、マリアさんが用意してくれたと。
たしかにさっき試したコルセット、きつかったからね!
お茶のあと、マリアさん作の補正下着を着て、改めてドレスを試着して。
「では明日もこちらに来て頂いて、一緒に身支度を調えて登城いたしましょう」
そういうことになった。
飴を噛むと虫歯になりやすいので駄目ですよと、ご感想頂きました。
皆様、虫歯にはくれぐれもご注意ください。
ちなみに私はのど飴を気がついたら噛んでいる派です。
キシリトール系ののど飴だったから、大丈夫だったのでしょうかね。




