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今日はよく動いたけれど、寝る前にもうひと仕事しようと作業場に来ている。
建物の裏手に、屋根のついた広い場所がある。
ここがザイルさんが言っていた、作業ができる広い場所だ。
魔力量を増やすためにも、寝る前に実験をした方がいいかと思いまして。
今から、聖水を作る実験をしてみたいと思います。
水を入れて置いておく、甕のような大きい入れ物を借りました。
使っていないものをあるだけ借りたいと伝えれば、ザイルさんが物置から十個ほど出してくれた。
さて、聖水を作る水を、私は水魔法の水にしようと思います。
レティから魔法の話も聞いて、思いついたことがあったので。
水魔法は「水という現象を起こす」ものと、「物理的に水を出す」ものがある。
物理的な水を発生させる方が魔力を使う。
水を出せるのだから、飲み水に困らないのかと思いきや、水魔法の水は飲み水としては使用しないと聞いた。
どうしてかなと考えて、水魔法の水は科学的な解釈として、不純物が含まれないのではないかと思ったのですよ。
一般的に、水道水や飲み水には不純物が含まれる。
そして不純物を含まない水は、体に悪影響が出る場合もあると、どこかで聞いたことがあった。
私がやろうと思う聖水作成は、水に聖魔法の魔力成分を含ませること。
不純物があると、変質する可能性がある。
まあ、そうでなくても実験なのだから、思いつくようにやってみようか。
まずは借りた甕を浄化しておく。これ大事。
それから水魔法で、空中に球体の水を出現させた。が、何度か失敗。
水球を空中に出すの、難しい!
何度か試みた末に、ようやく物体化した水球が、空中で留まってくれた。
物体化するまでに失敗した分はともかく、物体化してから落ちた水で、周囲が水浸しだ。スミマセン。
土の地面のところでやったので、まあ、そのうち乾くだろうか。
室内作業場を勧められたときに、水をこぼしそうだから外がいいと伝えた。
裏庭の作業場なら、水を撒いても平気だと言ってくれていた。
出現させた水の球に、聖魔法の魔力を注ぎ込む。量はかなり感覚だ。
あのとき追加で浄化したときの魔力量をイメージした。
これは失敗することなく、うまく出来た。
鑑定すると『聖魔力を含んだ水』と出るので、イメージした聖水は作れたようだ。
魔力量を鑑定できるかやってみると、五千の魔力量と出た。
あとはこれを複数の甕に入れて、条件を変えて保存実験を行う。
魔力操作が難しいけれど、その水を甕に入れていく。
一回目は、水を甕に入れようとして動かしたら、全部が落ちた。
うん、難しい。
仕方がないので、各甕の上に聖水を作り、落として入れる形式にする。
十個の甕に、十回聖水を作って入れた。
聖水にする度合いは、ステータスを出して込める魔力を調整しながら聖水を作成。
鑑定も駆使して、均一の聖魔力の入った聖水にした。
さて、ここから保存状態によってどうなるかを、検討するのだ。
ふたつずつ、種類の違う実験をしてみることにしていた。
・蓋もせずに放置。
・木蓋をしておく。
・結界魔法で囲んでおく。
・自分の亜空間収納で保管。
・他の人の亜空間収納で保管。
ひとまず亜空間収納する四つの甕を、自分の亜空間に収納した。
ふたつはこのまま私の亜空間に入れておいて、もうふたつはマリアさんの亜空間に入れてもらう予定だ。
あとは時間経過で魔力量がどうなるかが実験の肝だ。
本日はひとまずこれで終了。
裏庭に甕を出しっぱなしにするので、ザイルさんに声をかけたら、聖水を見たいと言われ、もう一度裏庭へ。
「ほう、なるほど。聖魔力を含む水か」
ザイルさんも鑑定してみたらしい、感心している。
「考えてみれば、魔法薬と同じか。しかし、どうやって作成した?」
「水魔法の水を出して、聖魔法の魔力を入れ込みました」
「そうか。やはり魔法薬と同じだな」
魔法薬、ファンタジーでよく言うポーションらしい。
それを作るときも、そこらの水では作成しないという。
水魔法の水か、不純物を取り除けるような器具で作成した水だと説明された。
うん、その器具ってもしかして、蒸留水を作るやつかな。
ちなみに魔法薬は、薬草や特殊な素材も使って、その薬効や特殊効果を体に入れ込むための魔力を乗せた、魔力水だという。
なるほど、これまたファンタジー。
「魔法薬は放置すると劣化しますか?」
「そうだな。瓶入りを買っても、長期間放置すると劣化するな。劣化度合いによっては利用するが」
そうすると、私の聖水も長期放置で劣化すると思われる。
でも長期間というなら、ある程度は大丈夫かも知れない。
甕の蓋あり蓋なし程度で保管できるなら、たぶん活用してもらえるだろう。
部屋に戻る前に洗面台で歯磨きし、終えたところでマリアさんが来た。
「ミナちゃん、はいスリッパ」
「おおー!」
なんということでしょうか、早速スリッパを作ってくれた。嬉しい!
「ありがとうございます!」
実はルシアさんから、事前に小物類の相場を聞いていた。
なので対価の硬貨をお渡ししようとしたけれど。
「お代はいらないわよ。練習で初めて作ったものだし」
「いえ、そういうわけには」
「物作りをする人間には、お代が取れるもの、取れないものの区分があるの。早く欲しいだろうから渡すけど、作品としては作り直すレベルなのよ」
そう言われると、お代を払うのは職人としてのマリアさんを損ねることになる。
これは後日、やはりお菓子でお返しをするしかないだろう。
「じゃあおやすみなさい、ミナちゃん」
「あ、もうひとつ! さっき作った聖水を預かってもらえますか?」
私はマリアさんに実験の説明をして、甕をふたつ出した。
マリアさんは快く預かってくれた。
おやすみなさいの挨拶をしてマリアさんと別れ、三階の自室へ。
部屋の入り口でスリッパに履き替える。
失敗作のようなことを言われたが、特に違和感はない。快適だ。
部屋着的な服に着替えて、ソファでくつろごうとして。
布団カバーをまだつけていないことを思い出し、寝室へ行って作業。
ベッドを整え終えて、寝室を見回して悦に入る。
寝室はこぢんまりとしているが、落ち着く空間だ。
今日は本当に、色々とあった。
魔力も減っていて、いい感じに眠気が来ている。
眠気に任せて寝てしまおうと、横になった。
けれど、目を閉じてしばらくすると、眠気がどこかに行ってしまった。
困ったな。
昨夜はパジャマパーティで、おしゃべりしているうちに寝落ちした。
けれどこうして一人になると、つい色んなことを考えてしまう。
お城で手持ち無沙汰になり、自分のスキルを色々と、ヘルプ機能で調べていたときに、気づいてしまったことがある。
セラム様の言葉とあわせて考えると、たぶんそういうことだろうと。
あちらの世界に帰る方法は、あの国の人たちの口からは、出ないと思っていた。
けれど賢者の「魔法創造」の話を聞いたとき、思ったのだ。
シエルさんなら、帰還するための魔法も、作れるのではないかなと。
そうであれば、いつか帰れるかも知れないと希望を持った。
だけど聖女は、この世界で生まれるもの。
そしてスキルのヘルプを見ていて、なるほどそうかと思った。
聖女特有のスキルで表示されるヘルプの表現は、過去の使用例と思われる。
過去の聖女たちが、実際にスキルを使ったときの事例だ。
だから浄化とか、回復とか、聖魔法スキルのやり方は、とてもわかりやすい。
実際に今日の水魔法みたいな失敗をせず、初めてでも使えた。
その聖女特有スキルのひとつ、回帰というスキルのヘルプ情報で。
『聖女の魂が異世界に飛ばされる』という表記があった。
こういう条件下で使うと、こうなってしまうよという書き方だったけれど、あれは過去、実際に起きた事例だろう。
恐らくは、この世界で生まれた聖女があのスキルを使い、私たちの世界に魂を飛ばされたのだ。
聖女の魂ということは、聖女のスキルは、魂に根付いたものということ。
だから私は、あちらに生まれた。
聖女は本来、この世界で生まれ変わり、存在し続けた。
でも過去の聖女のあの事故で、この世界に聖女が生まれなくなり。
私があちらで、生まれた。
つまり私は本来、この世界に生まれるべきだった。
聖女がいることで、こんなにも違うのかと、セラム様は言っていた。
私があちらの世界に帰って、この世界に聖女がまた不在になったら。
きっと、いけないことなのだろう。
だとしたら、帰る方法があったとしても、私は帰れない。
一度希望を持った分だけ、そのことに気づいて、かなりキツい。
生まれる世界が違ったとか、そんな情報はいらなかった。
私は私だ。あの世界で生きていた私は、ちゃんとあの世界の人間だった。
でも、こちらの世界で聖女という存在が必要だったら。
あちらの世界に私が行くことで、次の聖女がこの世界で生まれないのだったら。
泣きそうになるけれど、目を見開いて涙を押さえた。
なんだかこのことで泣くのは嫌だった。変な意地かも知れない。
でも、このまま寝ようとしても、思考がそちらに流れる。
そういえば、お掃除のときに言ってくれた。
階段を降りてすぐ、端の部屋だと。
何かあれば来るようにと、言ってくれたから。
私はそっと起き上がった。




