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24 (レティアーナ)

※セラムの婚約者視点です



 異世界の話は興味深く、たくさんのおしゃべりをした。

 二人で私がわからない話をすることがあっても、そのすぐ後に聖女様が気づいて、私に説明をして下さる。


 貴族同士のように、腹の探り合いをすることはない、言葉そのままの会話。

 お二人は反射的に話しているように見えるけれど、相手への気遣いを忘れていない言葉の内容に、構えていた心が次第にほどけていく。


 何より、聖女だと思っていたマリアさんは、元人妻で娘がお二人いると聞いた。

 そして実際には、グレン様の番のミナさんが聖女様だった。


 やはり聖女様とセラム様との婚姻話など、私の嫉妬による失敗を誘うための、でまかせだったと判明したことで、心が軽くなった。




 それからは私もすっかり本音で、話をしてしまった。

 彼女たちの世界の話も面白かったけれど、私が思い悩んでいたことに、彼女たちは思いがけない方向で答えをくれた。


 甘えた声の可愛らしい女性について、セラム様が実は苦手だから、愛想笑いで乗り切っていただなんて、思いもしなかった。

 いつもその女性たちは、私を輪の外に追いやり、セラム様に私がそぐわないと態度で示していた。


 セラム様の執務室で、意見を聞かれた私が、様々なことを答えて議論したあと。

 馬車まで送り届けてくれる補佐官から、あの場でセラム様は話を合わせていたけれど、可愛げがない女性は嫌われますよと、助言をされたことも、度々あった。


 夜会のパートナーとして出たとき、周囲を囲む方々とともに、セラム様が話を振って来られたので応えたときもそうだ。

 セラム様が別の方と話をされているときに、生意気な女と思われて嫌われますよと、そっと貴族男性に言われたことも、何度かある。




 セラム様ご本人からは言われていないのに。

 いつの間に私は、そう思い込んでいたのか。


 それに『やらない善よりやる偽善』だなんて言葉、初めて聞いた。


 偽善者だと、貴族女性の集まりで、ときどき囁かれていた。

 誰のことと指摘しないまま、私がした行動を口にした女性たち。

 私は領地で、孤児院の子供たちと遊んだこともあったから、必要なことを援助させてもらえたらと、王都の孤児院にも、慰問での差し入れや寄付などをしていた。

 両親からも、寄付や慰問、公共事業への投資は貴族の義務だと聞かされていた。


 私は子供の頃から魔力量に対して体が弱く、伏せっていたことが多かった。

 けれど、そのぶん領地で伸び伸びと、おおらかに育ててもらった。

 元気な日には、使用人の子供や、領地の子供たちとも遊んでいた。


 勉強やマナーは公爵家の令嬢として、きちんと教わっていたけれど、遊びは別として、いろんな子供たちと遊んだ。

 護衛の人はいたけれど、遊びに手出しはされなかった。

 怪我をしそうな遊びのときだけ、止められた。


 だからセラム様の婚約者に決まったときに、最初はとても心配された。

 王子妃教育が順調に進むから、大丈夫そうねと、言われていたけれど。


 貴族のやり口に、慣れていないから心配だと、そういえば言われていた。

 あれらが、きっとそうだった。

 朝来るときに私を案内した侍女も、だ。


 私の不安を煽り、聖女とぶつかるように仕向けられていた。

 少女のような女性が、グレン様の番だと知らされていなければ、きっと嫉妬のあまり、してはいけない発言をしてしまっていた。

 早々に気づけて、助かった。


 お二人の言葉に心が軽くなったあと、なぜそんな思い込みをしていたのかと問われ、経緯を語った。

 ほほうと頷いたミナさんの声が少し低く、あらあらというマリアさんの声も、剣呑な気配を感じた。

 身を縮めたら、マリアさんから頭を撫でられた。




 様々なお話をしたあとの昼食の席も、食材が異世界とは異なる、見た目が不思議だというお話に、興味深く意見を交換した。

 畑で育つ作物について、私は詳しくはない。

 けれど異世界の野菜や果物については、非常に興味深く話を聞いた。


 昼食の終わりに、お二人には私のことを、愛称で呼び捨てて欲しいと伝えた。

 聖女様と、異世界からの女性。国の身分とは異なる立場の方々だ。


 するとマリアさんは「レティちゃん」と呼んでくださった。

 なんだかくすぐったい、領地の子供の頃を思い出す呼び方だった。

 私も彼女たちを、呼び捨てにしていいと言われた。


 午後からの話題は、この世界の下着事情や、化粧品関係、お菓子関係。

 なんでも肌を整えるための水分や美容液なるものが、異世界にはあったらしい。

 石鹸も、もっと肌触りがいいものだったと言われ、いいなと思った。

 下着もコルセットではない、胸を支えたり体型を整えるけれど、コルセットより楽な下着があるそうだ。


「服飾革命と、化粧品革命を起こす必要があるわね」

 マリアが張り切って宣言をしていた。


「私はお菓子革命を目指します」

 ミナも宣言をした。

 なんでも、異世界にはもっと美味しいお菓子がたくさんあると言う。

 しかもミナは、そのお菓子の職人を目指していたそうだ。

 いろんな技術を身につけていたので、なんとか活かしたいと話す。




 楽しい時間に、私は気を緩めていた。

「聖女様に粗相をしないよう釘をさされたけれど、お友達になれて良かったわ」


 ミナが少し動きを止めてから、首を傾げて尋ねる。

「どなたに、そんな話を?」

「ここに案内した、侍女に、ですが…」


 言った途端に、ミナは険しい顔になり、壁際の侍女のひとりを呼んだ。

「セラム様をお呼び頂けるでしょうか。国としての、契約違反を確認しましたと、お伝え頂けますか」

 重大案件として大至急ですと、侍女に告げる。

「お、お呼び、ですか」

「ええ。大至急です。王族をお呼び立てするのがいけないと言われましても、国としてのお約束を、お守り頂けていない事態を確認したなら、別の話でしょう」

「その、国としてのお約束、とは」

「そうお伝え下さい。ミナから、そう申告されたと」


 その迫力に、ひとまずお伝えしますと、目線で批難しつつも、侍女は引き受けた。




 実際にはどれほど迅速な対応だったかは、わからない。

 午後の早い時間の伝言だったが、セラム様は夕刻になってから顔を出された。

 ミナはあのあとすぐに、険しい顔をおさめて、またお菓子の話に戻っていた。


 お菓子というより保存食についてだ。

 彼女たちの世界では、保存食でもおいしいものがあるらしい。

 そして日持ちのするお菓子でも、おいしさの工夫はなされていたという。

 私にこちらの世界のお菓子事情を聞かれて、知る限りの知識を話す。


 そしてまた服飾事情に話が戻り、ドレスなどの話もして。

 お茶の時間をはさみ、今度はお肌の手入れについての話になり。

 夕食前の時間になってようやく、セラム様が部屋に来られた。

 後ろには、腹心であり友人でもあるエリク様を伴われている。


「婚約者がいるからいいが、部屋に私を呼びつけるな」

「伝言はいつ頃、どのように、お受け取り頂けましたでしょうか」

 苦情を聞き流し、ミナが返す。

 セラム様が、苦い顔で息を吐いた。


「つい先ほどだ。受け取って急ぎ来たので、半刻ほどか。国としての約束を違えたと、ミナが主張していると聞いた」

「そうですね。侍女が私を聖女と知っている。そしてそれを、侍女の口から第三者に漏らしている」

 セラム様が固まった。

「私が聖女だと、陛下の周囲に話されることは了承しました。でも城の侍女たちも範囲に含まれ、さらに他の城内の方に伝えられているのは、広すぎませんか?」


「何、だと?」

 その反応から、侍女が知っていてはおかしい内容なのだと、わかる。

「ついでに言えば、私が重大な用件のため大至急だと、侍女に伝言をお願いしたのは、昼食後一刻ほど。重要案件の伝言が長時間伝わらないことは、お城では普通でしょうか」


 鋭い指摘に、セラム様が周囲を見渡す。

「わかりますよね。気軽に第三者に聖女の話を漏らす侍女がいる。その者から、さらに情報が漏れるのを、至急防ぐ必要がある。なので至急で重要案件だと、お伝えした上での伝言です」


 セラム様に見られた侍女たちは、会話の内容がわからないかのように、不思議そうな顔をしている。

「ちなみに私は、異世界や聖女が絡む会話のときには、防音結界を張っています。でも今、セラム様が会話に加わってから、何度かそれを破ろうとされていますね。それもどうなのでしょうか」


 セラム様は背後のエリク様を振り返った。

「いや、オレじゃないよ? オレ、会話丸聞こえだよ」

 魔法無効化スキルをお持ちのエリク様が、目を丸くして否定する。


「その方はセラム様がわざわざ伴って来られたので、信頼できる方なのだろうと、結界の中に入って頂いてます。対処されるなら、結界を解除しますね」

 言いながら、ミナは周囲の侍女の中から、ひとりの女性に目を向けた。

 そちらを確認し、エリク様が外の護衛に指示を出しに向かう。




 侍女たちは、私が公爵家から伴ってきた者を残して退室させられた。

 恐らく、この周囲にいた侍女たちは、調査のために隔離されるのだろう。


 指示を出し終えたエリク様が戻ると、セラム様がミナに向き直った。

「申し訳ない、なんと詫びればいいのか」

「調査前のお詫びは結構です。まずは事実確認のため、レティの口から、あなたが言われた言葉、相手、状況を伝えてもらえる? 私が聖女で、粗相をするなと、侍女に言われたというお話を」


 そう要請するミナは、今までの温和さを切り捨て、非常に迫力があった。

 望まれるままに、朝ここに案内されるにあたり、言われた言葉と相手のこと、開けた廊下でその話をされたことをセラム様、エリク様に話した。

 ミナとセラム様がいらっしゃる前で気まずいものの、お二人の婚姻を匂わされたことも。


「なんという、ことだ。本当に申し訳ない、ミナ」

 セラム様が、謝罪した。

「情報が漏れた場合のリスクについての懸念を、事前に言われていたのにな。陛下にも、重臣たちにも、そのことをお伝えしたはずだったが」


 懸念とは何かと、私が思っていると。

「聖女として目立てば、危険を呼ぶ。その能力を知られ、利用しようとしたり、変な要請をされることも考えられる。そう私は心配しました」

「そのために聖女の存在を広く知られないよう手配すると、事前に約束をしていた。もちろん陛下からもその前提で、重臣たちに秘密厳守の情報共有をなさった」


 それは確かに、いくら重臣の娘であっても、知っていてはいけないことだ。

 ましてや、何も知らされていない私に、その娘から聖女という存在について明かすなんて、ありえない。


「謝罪よりも、まず状況確認と、追及をお願い致します。ついでに、レティにそんなふうに吹き込むような、悪意ある状況についても」

 そこでミナは、先ほど私が話した、セラム様について誤解するような誘導をされたことなどを話した。


「まずは確認をする」

 苦い顔でセラム様は言われた。

 相手の軍務大臣は、やり手な上に味方が多く、追及しづらい相手だ。

 聖女様の情報を漏洩したことはともかく、私への嫌がらせの追及は、セラム様のお手を煩わせるだけで、収穫は薄いだろう。




「そうですね。情報を漏らされたことにより、聖女が身の安全を憂慮して、国への協力姿勢を考え直す必要があると言い出したと」

 言われたセラム様が、はっと顔を上げた。


「それを理由に、相手が誰であろうとも、徹底調査と追及をお願いします。今まで重臣しか知り得ない情報を利用し、どれだけレティに嫌がらせがされていたのかも含めて」

 ミナはセラム様を見据えて、言葉を続ける。

「聖女が身の安全を図るため、今回の情報漏洩に直接関係がなくても、背景となった意図を知るために必要だと、追及を求めていると、お伝え頂けますか」


 セラム様は、もう一度、頭を下げた。

「ミナ、感謝する。その理由であれば、相手が誰であろうと戦える」

 いつも穏やかで冷静なセラム様が、好戦的な顔つきになられた。

 いつになく男性的なその表情に、胸が高鳴る。


 そんなセラム様が、ふと私に目を向けられて。

 ふっと表情を緩めると、歩み寄り、私の手を取られた。

 そして、そっと手の甲に口づけを落とされた。

 え?


「不安にさせた。不甲斐ない婚約者ですまない。待っていてくれ、必ず追及してみせるから」


 言い置いて、セラム様は立ち去って行く。

 エリク様も続いて立ち去ろうとしたところで、ミナが「すみません、セラム様のおつきの人」と呼び止めた。

 不思議そうな顔をしながらも、エリク様がミナに近づく。


 私は少し呆然としたまま、エリク様とミナが何かを話している様子を見ていた。


 挨拶として、手にキスをするふりは、何度かされていたけれど。

 セラム様の唇の感触が、しっかり感じられた。

 エリク様がミナに頷いてみせ、立ち去っていく。


「じゃあ、今夜はパジャマパーティーだ!」

 ミナが大きな声で宣言をした。


 はっと我に返り、ミナを見ると、説明してくれた。

「異世界の風習よ。女性同士で仲良くなるために、夜にパジャマで、寝転がっておしゃべりをするの」

「いいわね。久々に若い頃を思い出すわ」

 マリアもにんまり笑い、賛成の意思表明をした。




 その夜は、遅くまで二人とおしゃべりをした。

 なんだかとても楽しかったけれど。


 ふわふわ眠い意識の中で、花祭りを本当は楽しみだということ、セラム様から花束が欲しいということを、話した気がする。

 そのあと二人が何をどう話していたかは、わからない。


 ただ夢の中の心は、ふわふわと軽くて温かかった。


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