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 私たちが対策を話して一息ついたとき、ムルカさんは私たちに頭を下げた。

「変な態度をとってしまっていて、お恥ずかしい。申し訳ない」


 あー、まあね。なんだか変な反応は確かにあったよねえ。

 洗脳だったのだから仕方がないとはいえ、自分がとった態度を覚えていれば、いたたまれないだろう。

 本当に洗脳怖い。


「あなたにも、奥様のことでご不快な思いをさせました」

 ムルカさんはアガトさんにも謝った。


「あ、いや。卑屈に生きろという洗脳で、ああなっていたのだろう。気にするな。オレも怒鳴って悪かった。その……我が家では、なりそこないなんて言葉は使わない。妻の耳に入れたくない。あんたがことさら、自分のことをそう言うのに、腹が立ったんだ。こちらこそ、すまなかった」




 人が怒るときは、その人なりの理由があるんだよね。

 奥さんと同じ境遇の人が、自分をそんなふうに言うのは、護衛の立場でも口を挟みたくなるくらい、アガトさんにとっては嫌だったんだろう。


「トマムさんにも、気にかけて頂きながら、色々と変な態度をとっておりました」


 壁際で見ているばかりだったトマムさんにも、ムルカさんは謝った。

 謝罪の理由はわからないけれど、たぶんエメランダで知り合ってから、色々あったのだろう。


「いや、理由がわかって良かった。ムルカさんが騎獣たちを可愛がっていたことは知っていたし、天職なのだろうと思っている。これからもよろしく頼む」


 こちらも丸く収まったみたいだ。

 何があったのか知らないけれど。


「竜人族の方にも、早くに相談すべきでした」

「気にするなとは言えないが、出来なかったのは仕方がない」


 ザイルさんも、謝罪に少し困った様子だ。

 そうだよね。洗脳されていたときの言動で謝られるの、微妙だよね。




「聖女様にも、ご不快な思いをさせていたなら申し訳ない」

「いえ、私は別に」


 私には被害がなかった気がする。

 それに、私をここに招いたのは、洗脳は関係なかったみたいだ。


「ホリトさんのことを知って欲しいという気持ちは、あなたの本心だったのでしょう? いろんな経緯がわかって、ここに来て良かったです」


 私の言葉に、ムルカさんはちょっと困った顔になる。


「実のところ、ボクは手記のすべてを読んだわけではないのです。ホリト師が亡くなり、手記の最後の方に、ボクたちへの言葉がないか見たら、聖女様への言葉を見つけました。それが心に残っていて」


 ムルカさんは、まだ私たちが見ていなかった最後の方のページを示した。




 もう体が限界だ。エルフの里から連れ出した子供が今は二人いる。魔法陣は完成しなかったが、命が尽きそうな今、未来を彼らに託すしかないのか。


 ウロスが申し訳ないことをした。聖女と竜王に謝りたい。


 自分が不甲斐なく、今になっても聖女をこの世界に取り戻せない。

 取り戻したとき、異世界から召喚された聖女は嘆くだろうか。

 申し訳ない。

 それでもウロスが世界を壊したなんてことに、したくない。


 なんとしても、聖女には戻ってきて欲しい。

 どうすればいいのか。

 あの魔法陣のままで聖女を召喚するなら、周囲を巻き込んで世界を超えて喚ばれることで傷つかれるだろうか。申し訳がない。


 だがどうか、この世界を救って欲しい。

 聖女の変わらぬ浄化を、この世界にもたらして欲しい。




 手記はそこで終わっている。

 亡くなる直前に遺された言葉。


 うん。いきなり喚ばれて、困ったよ。

 私が周囲を巻き込んで召喚されたのは、悲しかったよ。


「このホリト師の気持ちを受け取って欲しかったのは、本当です」

 読み終わった私がムルカさんに手記を返すと、ムルカさんが私に頭を下げてきた。


「ホリト師を悼むという洗脳で、聖女様をこちらに招いたのだろうと思います。この庵の資料をすべて見せるつもりではなかったので、成り行きに戸惑ったのですが。でも今は、見て頂いて良かったと思います」


 なるほど、ここへ招いたのはムルカさんなのに、ときどき戸惑った態度は何だろうと思っていたら、そういうことだったのか。

 ムルカさんは少し言葉を切ったあと、私に改めて向き合い、言った。


「こうしたものを元に、何らかの狙いで動こうとしているあの人を、マヒトさんを止めて欲しい。ホリト師から受け継いだ知識を悪しきことに使うなんて、ダメです。ホリト師はそんな気持ちで聖女様を召喚しようとしたのではありません」




 私が今日ここへ来たのは、謎が解けるなら嬉しいと思ったからだ。


 ムルカさんが私たちをここへ招いたのは、ホリトさんの名を汚したくなくて、私たちにわかって欲しくて呼んだんだろう。


 いろんな人の想いがあって、今がある。

 良いことも、悪いことも。


「どうかマヒトさんを止めて下さい。マヒトさんのせいで聖女様たちに何かあれば、ホリト師が報われない」

「わかった。これらの知識をちゃんと役立て、ミナたちを護る」


 応えたのは、シエルさん。

 机に資料を積み上げて、今から改めて読み込もうとしているみたいだ。


 頭にデータベースが出来たようなことを言っていた。

 持ち出せない魔術がかけられているなら、ここで読み込んでこの先に役立てようというのはわかる。


 でもあの、……今はたぶん、私が答えるところじゃないかなあ。


 ちょっと困惑したムルカさんに、何と言ったものかがわからないけれど。

 まあ、うん。


 自称父が、申し訳ございませんでした。




「なるほど、セラム様が気にしていたみたいな、オレの仕事はなさそうだな」

 アガトさんではない方の護衛、危機察知担当の人が、やれやれと息を吐くみたいにして言った。


 ん、セラム様が何か、気にしてたのかな?

 私の疑問の顔に、彼はにっかり笑って言う。


「ここに呼んだこと自体が罠の可能性もあったからな。セラム様はそれを心配して、今日の護衛にオレをつけたんだ。何か危険な罠がこの家に仕掛けられていたら、オレが勘づくだろうからって」


 なるほど、危機察知担当の人、ありがとう!

 昨夜のうちに、ザイルさんとセラム様で、そうした打ち合わせをしたようだ。


 ウロスさんの養い子のホリトさんのことは、ザイルさんも知りたかった。

 でもここに招くことが罠だった場合の、何らかの手は打たないといけない。


 そこで危機察知担当のドニスさんを護衛につけることで、何かあれば気づけるようにしたという。




 ゾロゾロ護衛を連れて来たら警戒されるからと、セラム様の護衛隊の一部や、竜人族のヘッグさんたちも離れてついて来て、合図があったら突入できるように備えてくれているそうだ。


 暢気にのこのこ考えずについて来ていて、申し訳ない。

 色々と気を配ってくれて、ザイルさんやセラム様に感謝だ!


「私もいちおう、魔術関係の感覚に鋭い者を連れてきたわよ。まあ、この庵にかかっている魔術に、一緒に夢中になっちゃったけれど」


 あー、そうですね。

 王妃様のお付きの人は、魔術関係で一緒にはしゃいでいましたね。

 本来はそのお付きの人も、ドニスさんみたいに警戒する担当だったみたいだ。


 うん。罠ではなくて良かった。




『人の魂は色々見たけど、そいつはなんでそんなことを考えたんやろなあ』

 クロさんがまた考える顔で腕を組んでいる。

「そんなことって?」


『ウロスっちゅう奴のことは、なんやわかるんや。惚れた女を手に入れたい、でも嫌われたない。そういう情念はよう見たわ』


 魂を浄化するとき、たまに人の強い想いが見えたという。

 人の心の複雑な葛藤も見て、人というものを知っていったクロさん。


 大きな流れのひとつとして見えたものなので、特にそうしたものに引きずられるわけではなかったけれど、いろんな人の想いを見てきている。

 そんなクロさんが不思議がる、マヒトさんという人。


『そいつは、勇者をわざと利用したれと思て、そのまま召喚したんやろ。聖女はんを手に入れたいっちゅう目的で。けど治癒をして欲しいだけやったら、頼んだらええ話や』


 そうだよねえ。私もそう思う。

「マヒトさんは聖女の治癒目的で私を召喚したのでしょうか。だったらヴォバルなんかに働きかけずに、竜人族の協力を頼んだら良かったと思うんです。私がマヒトさんを治癒することを、竜人族は特に反対しないと思うんですけど」


 なぜ、ヴォバルだったのだろう。

 その疑問を私はムルカさんにぶつけてみた。




 ムルカさんは少し考えて、思い出したことをぽつぽつ語ってくれる。


「ホリト師がまだ存命でいらしたとき、マヒトさんが言っていたことがあります。自分たちは能力があるのに、なぜ慎ましい暮らしをしなければならないのか、と」


 ううん、能力と暮らしぶりは別のものだと思うけれど、能力をきちんと発揮して、いい暮らしをしたいと思うのは、わかる。


「精霊が見える機能が、魔力の成長過程で損なわれたのなら、エルフより高い魔力の自分たちは本来、普通のエルフより能力があるはずだ。聖女が召喚できて、治癒を受けて精霊が見えるようになれば、エルフより自分たちの方が偉いはずだ。そうも言っていました」


 うーん、ちょっとなんか、それはどうなんだろう。

 魔力の高い人が偉いというのも、違う気がする。

 そんな基準だったら、私すっごく偉い人になってしまうよ。


「聖女様は手に入れれば利用価値が高いなんてことを言い、ホリト師に叱られていたこともありました」


 あー、手に入れて利用する。

 治癒だけでなく、利用価値の高さで手に入れたかったのなら、ヴォバルと組みそうな考え方の人だ。


「洗脳スキルを持つ自分は、本来は支配する側の人間だと言っていたこともありましたね」

 ちょっと、そこまで話していたら、かなりの危険人物だよ!


 まあね。日常会話で本気か冗談かわからない、変な考えを言う人もいるし、そういう話は流してしまうこともある。

 深刻な会話ではない場で、流れた会話のひとつだったかも知れない。


 でも洗脳スキルが支配するための能力だなんて、同じスキルを持つ人に二次被害が発生する考え方だよ。

 洗脳スキル、イコール悪になっちゃうよ。




「洗脳って、相手の精神に作用するんですよね。支配は使い方のひとつなだけですよ。相手のトラウマ克服に手を貸してあげるとか、そういう使い方だってあると思います」


 スキルというのは、ひとつの才能、可能性だ。

 平和的なスキルの使用方法はあるはずだ。

 それを短絡的に、洗脳できるなら支配するなんて、やっぱりヤバい人だ。


「聖女様を手に入れればと話してホリト師に叱られてからは、師の前では上手く隠すようになりました。でもボクの前では、たまにそんなことを言っていました」


 ホリトさんは、危険な思想をきちんと叱ったんだね。

 でも叱る人の前では隠して、考えを曲げなかったということか。


「ホリト師は甘い、聖女様を取り戻さないと、世界は崩壊する。だったら召喚はしなければいけない。そのついでに聖女様を手に入れる。叱られたあと、ボクだけにそんな話をしてきました。冗談だろうと確認したら、冗談だと返していましたけれど」


 漏らしてはいけない本音だったから、冗談として片付けた。

 でも、本心はそうだったということだ。


 この世界のために私は召喚されなければいけなかったことは、理解した。

 召喚されないままだったら、グレンさんが独りのままだったから、今ではこれで良かったと思う。


 でも召喚ついでに聖女を手に入れてやれ、みたいな考えを持つその人の好きには、されたくない。

 うん。しっかり自衛もしなければ!




 さて、長々と話してそろそろ帰りたいけれど、シエルさんと王妃様はまだ資料を漁りたいみたいだ。

 私が先に帰ったらダメかな。ダメそうだな。


 ここはおやつで、ひと息入れようか。

 そう思って、資料や手記があった書庫から離れ、テーブルの上に布を広げた。

 その広げた布の上に、作り置きのアイスティーやサブレなんかを並べる。


 ドニスさんがチラチラとこちらを気にし出した。


 そういえばドニスさんって、野営のときに私がお菓子を広げたら、いちばんに食べた人だ。

 危機察知担当だから毒味だったのかなと思っていたけれど、今もそのお役目だろうか。


「おやつにします。食べますか?」

「待ってました!」


 毒味として先に食べるか聞いたけれど、彼は嬉しそうに、いそいそと手を伸ばした。

 そして目を閉じて、じっくり味わう顔。


 おいしそうな顔なので、作り手としては嬉しい反応だ。




「ああ、聖女様の作るお菓子、すげえ美味い。毒が入ってても食いそう」


 いや毒味担当としてはダメじゃないかな、それ。


公式オンラインストア特典SSに登場したドニスさん、本編でも登場させてみました。


次の更新は11月29日予定です。新章に入ります。

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