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神殿とお料理以外の話では、聖水のことも話題に上った。
オーパズにもダンジョンがあり、そのダンジョンはアンデッドモンスターが出るという。
「冒険者が聖水を購入して、そのダンジョンへ挑んだところ、死体魔獣に有効だったそうです」
私が納品する魔力量の多い聖水は、各地の瘴気溜りの浄化がメインだ。
一方、魔力量の少ない聖水は冒険者ギルドなどで扱われ、死体魔獣に効果があったそうだ。
死体魔獣と聞いて、あの匂いを思い出した私は顔を顰めてしまった。
魔獣やダンジョンという話題に、王太子妃も顔を顰めている。
逆に第二王子妃は、楽しそうな顔だ。
「世界の浄化が進んでも、あの聖水は様々に有効活用出来そうですね」
「汚染された土壌にも撒きたいところですな」
ダインの宰相の言葉に、なるほどとエメランダの王子も頷く。
「瘴気溜りを解消しても、その地は不毛のままになるケースがありますが、あれも瘴気の影響であれば、聖水は有効でしょう」
「今は瘴気溜りの浄化という、差し迫った問題がございますが、そちらが解消すれば、不毛の地を清めていきたいですね」
なるほど。聖水は浄化が進めば不要になるかと思ったけれど、需要はそれなりに続くかも知れない。
まあ、今ほどの量は必要ないかも知れないけれど。
私はエメランダの王子に、気になっていたことを訊いてみた。
「聖獣様って、どういう存在ですか?」
クロさんを見たエルフの人が、聖獣様以上に特別な存在だと言ったそうだけど、そもそも聖獣様って何だろう。
そんな私に、エメランダの王子がにこやかに答えてくれる。
「特別な魔獣のような存在だと我々には見えますが、エルフには特別な精霊だと感じられるそうです」
エメランダの聖なる山と言われる場所の、主のような存在らしい。
昔からいるけれど、人に危害を加えないどころか、迷い込んだ子供を街まで送り届けるなど、人を助けてくれることもあるそうだ。
そのため特別な魔獣、聖獣と呼ばれるようになったという。
『実体化できるようになった、大精霊やな』
テーブルの上でお皿に顔を突っ込んでいたクロさんが、そんなことを言った。
「大精霊?」
『ほとんどの精霊は意思を持たへんで、魔力や魂の流れに沿って、それらを運ぶ役割を持つんやけどな』
クロさんが説明してくれる。
『精霊として力をつけると知性を持って、実体化も出来るようになるんや。それらを大精霊と呼んどるんや』
なるほど、特別な精霊だ。
「あの、聖女様は、精霊王様と会話をなさっているのでしょうか」
私がクロさんと意思疎通しているみたいに、ふんふんと頷いているので、エメランダの王子が訊いてきた。
「あ、そうですね。聖女は精霊王と会話が出来る、特別なアンテナを持っているそうです」
「では聖獣様とも会話が出来るのでしょうか」
エメランダの王子が目を輝かせて訊いてくるけど、え、どうなの?
クロさんに目を向けると、クロさんは頷いた。
『意思を持つようになった精霊も、聖女はんやったら意思疎通は可能やで』
だそうだ。
それを伝えると、是非一度エメランダへお越し下さいと、熱烈に言われた。
いろんなことを話して、様々な料理に舌鼓を打って。
料理のあとに並べられたデザートも、非常に喜ばれた。
私がレシピ提供をした料理やお菓子に対して、聖女様は素晴らしい料理人だと持ち上げられたので、実は菓子職人なのだと話した。
彼らは菓子レシピも是非購入しなければと、口々に言う。
喜ばれて何よりだけど、やっぱり商業ギルドと、料理人へのレクチャーについて早めに話し合わないといけないみたいだ。
ちょっとメレスさんやテセオスさんと相談しよう。
そんなことを考えて、そろそろ終了かなという雰囲気の中。
各国の代表の側近の人たちも紹介され、挨拶を交わしていたときだ。
「聖女様、少しよろしいでしょうか」
ルビーノから来た側近の人に呼びかけられた。
顔を上げて、その人の目が少し、不思議な光り方をしているなと感じた。
その光を見つめていると、名前を呼ばれる。
「ミナミミナ様」
瞬間、ゾワリと鳥肌が立った。
理由はよくわからない。
ただ、ひどい悪寒が全身を巡った。
ふと手首が熱いことに気がついた。
見下ろせば、王妃様から頂いた腕輪の一部が黒くなっている。
なんだこれ。
王妃様も異常を感じたようで、身を乗り出して私の腕を見た。
「あの、この腕輪が黒くなったのですが、どういった状況でしょう」
「っ、なんてこと」
息を飲むように呟いた王妃様のお顔が、若干怖い。
「今の、彼に名を呼ばれたとき、かしら」
「はい」
王妃様が私の顔を覗き込み、探るように見つめた。
「名前を呼ばれての呪術……でも反応は正常だし、思考も働いている。聖女様の目も、特になんともないわね」
それから王妃様は険しい顔で、壁際の近衛騎士に指示を飛ばした。
「彼を捕らえなさい」
「は?」
いきなり言われた近衛騎士は、戸惑っている。
「彼は聖女様に呪術を使いました。聖女様の腕輪は、私が呪術対策に作成したもの。あの腕輪の反応は、聖女様に呪術をかけようとした証です」
ざわりと、周囲に動揺が広がる。
ガタンと激しい音がして、グレンさんの椅子が倒れた。
立ち上がった彼は、私の肩をつかんで立たせる。
「ミナ、体はどこか、異変は」
私の身体をあちこち触って、グレンさんが状態を確かめようとする。
待って、人前。
「あの、今は特に何もありません、けど」
少し言い淀んだら、グレンさんがまた私を抱き上げた。
王妃様はまた私を気遣うように見て、質問をしてきた。
「今呼ばれた聖女様の名前は、もしかして仮り名でいらっしゃる?」
私は質問がわからなくて、瞬きをしてから質問を返した。
「仮り名、って?」
「真名ではない名前ということです」
「ああ、そうですね」
だってステータス偽装したときの名前だからね。
私の肯定に、王妃様が胸をなで下ろす仕草をした。
「ああ、良かったわ。聖女様が真名を別に扱われる方で」
私も感じた疑問を、王妃様に質問してみた。
「あの、呪術を向けられたら、鳥肌が立つような気持ち悪さになるんでしょうか」
王妃様は瞬きをして、私の質問を少し考えてから、答えてくれた。
「少し違うわね。魔力の相性が最悪な相手が、魔法や魔術、呪術をかけてきたからじゃないかしら」
あー、あの鳥肌は魔力の相性が最悪なときか。
だとすると、待って。
私と相性最悪な人は、私の治癒魔法でああなっちゃうのかな。
普通にザイルさんが私に鑑定魔法をかけてきたとき、違和感を覚えた程度だったから、そういうものかと思ったけれど。
魔力の相性って、けっこう個人差が激しいってことか。
グレンさん以外の人でも差があるのだと、初めて実感した。
側近が取り押さえられたことで、ルビーノの王弟が動揺している。
「どういうことですか、姉上。まさか名を縛る禁術などということは」
「そのまさかよ。聖女様に禁術を使用したのよ。仮り名だったおかげで、効き目はなかったけれど、とんでもないことよ!」
王妃様はひとつ長い息を吐くと、厳しい目をルビーノの王弟に向けた。
「あんたはっ、だから後先考えて、側近もちゃんと選びなさいと、子供の頃から言っていたでしょう! 随従がしたことでも、国のせいになるのよ!」
「ごめんなさい、姉上! でも信頼できる家の者だし、そもそも今回の使節団は、兄上が人選したんだよ」
王妃様、弟さんと仲良しみたいだ。
叱り飛ばしながらも、心配している。
「それに呪術とは関係がない家柄なんだ! あの者が呪術を使うとは」
「どの家の者なの?」
王妃様とルビーノの王弟のお話によると、そもそも呪術を使えないはずの人が、呪術を使ったらしい。
なので王弟は混乱状態だ。
「私は最近のルビーノ国内の情勢はあまり知らないのよ。確かに呪術嫌いの家柄だけど、家がそうだからって、個人がそうとは限らないでしょう」
「しかし、何かが変なんだ」
王弟は頭を抱えている。
「ちょっと失礼していいだろうか」
そこへ割り込んだのは、シエルさん。
彼は騎士に取り押さえられた、ルビーノの側近に近づいた。
「ミナに呪術とやらが向けられたとき、彼の中の魔力の反応が、おかしい気がしたんだ」
そう言って、彼の頭にシエルさんが手を置く。
そのまま彼をじっと見ている。
鑑定しているのかな。
見ているようで、目の前を見ていない視線。
「ああ、洗脳状態らしいな。少し待ってくれ、解除してみる」
洗脳という言葉に、王妃様とルビーノの王弟が、肩を落とした。
「なんてことだ。いつからだ」
「もう、本当になんてことなの。やらかしそうとは思っていたけど、こんな危ない案件とは思わなかったわよ! 聖女様に迷惑をかけた賠償は、きっちり請求しますからね! 呪術に必要な稀少素材、バンバン送りなさい!」
王妃様、ここぞとばかりに要求している。
「それ、姉上が欲しい物じゃないですかあ!」
「聖女様に、もしルビーノの者がやらかしたら、最高の呪具を作って賠償するって約束したのよ! 素材よこしなさいね!」
うん。仲良し姉弟みたいだ。
「夜会のときに、あなたが来たと知って、私も気が気じゃなかったんだから」
「ちょっと姉上! ボクがルビーノの使節団を率いて来ることは、事前に通達されていたでしょう」
「そんなの見てないわよ。映像魔道具の開発とか色々と忙しかったのよ!」
王妃様、映像魔道具の開発のために、まさかの職務放棄。
いつもどの程度の職務をなさっているのかは知らないけど。
「むしろ、あなたがやらかした場合、賠償で話が済むように、聖女様と事前に交渉してあげたんだから、感謝して素材を寄越しなさい!」
なるほど。夜会のときのあの話は、王妃様なりに、せめて弟さんの立場を守ろうとしての提案だったらしい。
とはいえ何がどうしてこうなったのか、理由がわからないままでは怖い。
洗脳された人が近づいてくるとか、怖い話だ。
「洗脳の魔法とは、このようになっているのか」
シエルさん、犯人の頭に手を置いて、なるほどと頷いている。
「これが洗脳魔法の要か。とすれば、これをこう解けば、いけるな」
たぶん今、シエルさんは魔法解析をして、さらにヘルプ情報で詳細を確認しながら、魔法創造で解除の魔法を組み立てているのだと思う。
異世界召喚された賢者って、実は最強じゃないかな。
魔法解析とヘルプで色々とわかっちゃって、しかも魔法創造スキル持ちって。
シエルさん、なにげに最強じゃないですかね。
混ぜるな危険という言葉が浮かぶ。
魔法解析とヘルプ情報と、魔法創造。たぶんえげつないチートだ。
ときどき残念なゲーム脳が出てくるシエルさん。
この人が最強って、ちょっと困ったことにならないですかね。
暴走しない歯止めはマリアさんに期待だ。
「……よし、これで解除が出来たはずだ」
シエルさんにより、洗脳は解除された。
正気に戻ったルビーノの人は、事情を訊かれてこう答えた。
「エルフにやられたんだ」
場の視線が、エメランダ国の人たちの方へ向いた。




