海の家「曙」その9
真面目自身もそんなことを聞かれるとは思っていなかったようで、注文を書く手を止めてしまったが、すぐに持ち直して、今朝の事を思い出す。
確かにあの時は海辺に似つかわしくない大きなステージが展開されているなと思っていた。
しかし真面目の中では無意識に見ていただけで、そこまでまじまじと見た記憶はほとんど無い。
ステージの上で誰かいたので手を振ったのはさすがに覚えてはいるが。
「ええ。 確かに見ていましたが、それがなにか?」
「やっぱりあの時の人なのね。 私ね、今日の夕方からライブをやる予定なの。 まだそんなに有名じゃないから知らないだろうけどさ。」
有名人というからもっとちやほやされているものだと勝手に思い込んでいたので、拍子抜けのような気分を食らっていた。
「それにしても日本語お上手ですね?」
「いつか日本で公演するって決めてから勉強したんだもん。 これくらいは出来ないとね。」
フフンと鼻を鳴らした彼女をみて、有名人なんてどうでもいいなと思った真面目であった。
「っとと、呆けてる場合じゃないや。 ご注文は?」
「あ、そうね。 それならあの「ソフトクリームパン」を貰いたいわ。 味は・・・ヨーグルトで。 あと彼女にも同じのを。」
「かしこまりました。 ソフトクリームパン、ヨーグルト味が2つですね。 それでは少々お待ちください。」
そうして注文を受けて戻ってきた真面目は、既にある程度の注文を聞いていた大将がパンを焼いていた。
「凄いね、一ノ瀬君。 有名人さんと、お話が、出来るなんて。」
「まだまだ駆け出しみたいだよ? それにこう言った時くらいはただの海水浴客だよ。 持て囃しちゃ可哀想だよ。」
「有名人っつったって、休みたい時は休みたいもんだぜ。 なんか向こうの店であったみたいだから、少しでも安らげるといいな。」
大将がパンを焼きながら別の仕込みもしているのを真面目は見ていた。 どうやらキャベツを切っているようだ。 大将のお好み焼きは千切りにしては大きさがバラバラなのが特徴で、食感を複数楽しめると人気になった理由である。
「それ夜用ですか?」
「おうよ。 今日がここを使える最後だからな。 最後の最後まで使わせて貰おうと思ってな。 キャベツはまた何玉か買いに行かないといけないがな。 お、パンが焼けたみたいだぜ。」
そう言って大将はパンを手に取る。 耐熱性手袋を着けないで焼き具合を見る程度には大将の手は厚いので、火傷なんて関係無い。 パンに切れ目を入れた後に、ヨーグルトソースを中にかけて、耐熱性手袋をはめた真面目に渡してそのままセルナの席へと向かっていった。
「お待たせ致しました。 ソフトクリームパンのヨーグルトソースでございます。 パンがまだお熱くなっておりますので、食べる時はお気をつけ下さい。」
「ありがとう。」
「もし汚れるのがお困りならお皿も用意いたしますが。」
「そこまでして貰う必要はないわ。 頂くわ。」
そうして真面目は厨房にもどり、セルナたちの席を遠くから見る。 美味しそうに食べているのを見て、真面目も安らげている。
「なんか、こういった所でああやって普通に食べてるのを見ると、本当に普通の人だよね。」
「鎧塚さんはおかしなことをいう。有名人だろうがあそこにいるのは普通の女子じゃない。」
岬は自分が発した言葉に、ふと疑問に思った。
「どうしたの?」
「ねぇ、セルナって明らかに外人だよね?」
「あの見た目で違うって言う方が、ちょっとってなるよ。 ハーフかもしれないけど。」
「もしかして一ノ瀬君は男子だって認識してない・・・?」
岬の言葉に、真面目達は「ハッ!」と息を飲む。 確かにセルナが外人であることに間違いはないだろう。 だがもし日本の今の現状を知る機会が無かったりしたのなら、申し訳無いことをしていることになる。
「一ノ瀬君聞いてきて。 そしてもし誤解があったのなら謝ってきて。」
「え!? 僕が行くの!?」
「この中で話しているのは一ノ瀬君だけ。 大丈夫。 向こうは一ノ瀬君の事を好意的に思ってもいるみたいだし。」
そう言う問題なのかと真面目は思ったのだが、岬の言うことももっともで、他人が言うよりも本人が直接言った方が信憑性は生まれる。 ここで引いても無意味である。
「あ、あー。 お食事中のところ申し訳ありません。」
「あ、さっきの店員さん。 どうかしたんですか?」
「いやぁ、実はですね。 ・・・この際だからお聞きしたいのですが、今の自分っていくつに見えます?」
質問の仕方が分からなくなった真面目は半ばやけくそレベルで聞いてみる。 これでどうにでもなれと言った具合にだ。
「んー、社会人には見えないけど・・・もしかして高校生?」
かなり鋭いところを突いてきたが、見る目はあるようで助かっている。 それが分かれば真面目は隠すことはしないようにした。
「はい。 今年で高校生になるんですけれど・・・誤解の無いように言っておきますが、今の日本は・・・」
「プッ・・・ハハハハハハ!」
お詫びを言おうとした時に、セルナからは何故か笑いが飛んできた。 何かまずいことでも言っただろうかと不安になっている真面目。 と、その後ろで聞いていた他のみんな。
「ご、ごめんなさい。 滑稽に思った訳じゃないのよ。 やっぱり日本人は誠実だなって思っただけだから。」
「は、はぁ。」
「さっきも言ったように日本は勉強してきているの。 だから今の若い日本人の現状も知っているの。 だからあなたが高校生なら、本当は男子だってことも理解しているわ。」
「別に年齢詐称はしていなかったのですが、改めて知った時に迷惑になるのではないかと。」
「そんなこと無いわよ。 むしろこれが日本なんだって思えて嬉しいわ。」
それについては向かいにいたお付きも安心して胸を撫で下ろしていた。 先程もみくちゃにされかけた経験があっただけに、日本が嫌いになるかもと思っていたからだ。 ここで嫌いになったりでもしたら本末転倒どころの騒ぎではないからだ。
「折角だから写真を撮らない?」
そんな風に提案をしていたセルナ。
「僕と?」
「それもいいけど・・・外で撮りましょ。 このお店を背景にしてさ。」
新たな提案を聞いた真面目は、お客が離れている今のお店の状況を見て、今ならと思った。
「それならみんなで写らせてよ。 ほら、今ならみんな手が空いてるからさ。」
そう提案した真面目を見て、セルナはクスリと笑った。
「だからあなたはみんなに好かれるのかもね。」
「え?」
「なんでもないわ。 写真を撮るの、お願いできる?」
「承知しました。」
「みんなもおいでよ。 大将も。」
そうしてみんなで階段のところでセルナを囲うように集まり、そしてそれぞれポーズを取る。
「それではいきますよ。 はい、ポーズ。」
カシャッとセルナのスマホのカメラのシャッター音が聞こえて、真面目達は撮影を終えた。
「それじゃあね。 ライブ、良かったら見にきてよ。」
「行けたらになっちゃうけど、それでもいいなら。」
「あ、それなら名前を教えてほしいかな。 折角こうして興味を持ってくれたんだし。」
セルナが至近距離で近付いてきたので、真面目は驚いたが、すぐに気持ちを切り替えて、名前を教える。
「僕は真面目。 一ノ瀬 真面目だよ。」
「セルナ・アーセナル。 私のフルネームよ。」
「活動用の名前じゃなかったんだ。」
「テレビにも出れることを願っているからね。 名前から売っていかないと。 美味しかったわ。」
そうしてセルナは砂浜を歩いていく。 なんだか凄いゆっくりな時間が流れたように感じた海の家「曙」での一時だった。
「それで? ライブには行くの?」
下が見送っている真面目にそんな質問をした。
「今日は夜もやるから分かんないかな。 なるべくなら行こうとは考えているけどね。」
夜が忙しくなるかは定かではないが、彼女なりの熱烈なアピールを不意にするわけにはいかないと思っていた真面目であった。




