懸想文(ラブレター)が(前世の)自作だった件
「姫様、文が来ていますよ。」
のどかな春の日。
ぼうっと庭を見ていた私に不苦が小さく折り畳まれた紙を差し出した。
受け取ると随分質のいい紙のようだ。
「薄様」っていうのかな。えもいわれぬ手触り、色、香り。和紙には疎い私でも上質なものだと一目でわかる。
香りは、香を焚き染めてあるのだろうか。この匂い、何だか嗅いだことがあるような気がするが……。
「歌合にいらっしゃった殿方のどなたかでしょうかね。」
「とっ?!」
手紙を開く手が緊張で固くなる。だって懸想文なんて前世でも一度ももらったことないんだもん!
わお、達筆。
うっすらと繊維の模様が透ける紙の表面には流れるような筆で何やら書いてあった。
長さからして和歌のようだ。
もちろん、ここでも転生特典は発揮される。達筆が読めて和歌の訳もしてくれるって、最強じゃん。
ひさかたの 雲居にしのぶ 花の雲
あまぢ晴るれば 気も晴れなむに
『雲に隠れてしまっている桜の花。(その雲がなくなって)空が晴れれば、心もきっと晴れるだろうに。』
つまり桜花を『見たい』『会いたい』ってことね。
逆に言えば『会えなくて心がどんより沈んでる』ってことね。
きれいだね、うん。これ私のためだけに書かれたものなんだね、うん。
うんうん。
……。
頬が熱くなるのがわかる。
その理由は嬉しくて恥ずかしいから、だけじゃない。もちろんそれもあるけど。
だってこれは、この和歌は、前世で小説を書くにあたって私が一時間かけて捻り出したものだから。
まさかほんとに出てくるなんて。
素人が戯れにのほほんと作った和歌が。
しかもそんな歌でも美文字で書いてあるとなんかいい感じに見えるんだよな。
顔を覆いたい……。
「不苦、返事書いてよ。」
私は赤い顔のまま幾度か呼吸してから言う。
「私ですか?」
「うん。だって不苦のほかに返事書いてくれる女房いないでしょ?」
前世で、最初の手紙は側仕えの女房がチェックして返すって聞いたから。
不苦が私の女房なのかはさておき。
自分で書くのが面倒とかそういうのじゃ決してない。転生者特典あるから書こうと思えば余裕なんじゃないかな。
「母を呼んできます。」
「そう?」
「姫様と同い年の私にそれほどの経験があるとお思いですか?」
「それは、そうだね。うん、呼んできて。」
それはそうなんだけど。
不苦の母親ってことはつまり桜花の乳母。
ラブレターが来たって聞いたらけっこう大騒ぎすると思うんだよね……。
でも確かによく考えて、人生経験もセンスもさして無い私に素晴らしい和歌が詠めるとは思えない。いくら特典があると言っても。
「そういえば、差出人はどなたなんですか?」
ふと振り返った不苦にそう言われてはっと気づく。
差出人も知らずに返事を書こうだなんて、舞い上がりすぎだよ!(ちなみに一時間かけて捻り出した時点ではどこで出すか決めてなかった。)
不苦は私の返事を待つことなくぱたぱたと本館の方へ去って行った。
ええっと、差出人は。
『式部卿』
式部卿ってぇと、「式部省」の「卿(=トップ)」だよね。
式部省っていうのは、中央八省の一つ、確か儀式とか文官とかの管理をするところだよね。
式部卿ってこの国に一人しかいないんだよね。
なんか、すごい人じゃん。
そして聞き覚えがある。あれだ。大納言の歌合に来てた。
イケメンだけどなんとなく疲れた顔してたやつだ。
いややつとか言っちゃダメだけど。
イケメンが私に恋?
「……。」
数秒後、私は声にならない悲鳴を上げた。
いや悲鳴っていうのは言い過ぎだけども。そんなうるさくないし。ほわぁ~ってね、ほわぁ~って。
いやよく思い出せばわかってた展開ではあるけどね?
それでも、ねえ?
足音。
「姫様!」
その声は、どこか不苦に似ていながらももっと深く味のある声。
「き、喜与さん。」
不苦の母親にして桜花の乳母、喜与である。
今はあの方によって霞に仕えさせられてるのでわざわざ本館から飛んできた訳だが――
「あぁっ姫様、ひめさまぁ!」
しなだれかかるようにして抱きついてくる喜与。不苦はその後ろ、薄汚れた几帳の横で呆れ顔。
あ、あー、正直ちょっとめんどくさいよね。
「喜与さん落ち着いて」
私は喜与の丸い背中をさする。うっ、腹筋がっ。
「あ、いやだごめんなさい」
退いた喜与の顔は泣いてるのか笑ってるのかわからない。そりゃあ、そうだよねえ。
「姫様が殿御から文をいただきなさったと、伺ったものですから、この喜与、感極まって、っうぅ……」
再び背中をさすってあげる。
今度は安定した体勢なので大丈夫。どんと来い! だよ。
素人が和歌に1時間かけたってのはホントの話です




