炎
乱れた床に、男と女が沿い伏している。
朝だ。
蔀戸の隙から差したほのかな朝日が男の目元に朝焼け色の線を引いた。
日を透かした長いまつげは微かに震え。
薄く目を開いた男は寝起きのぎこちない動作で首を回し陽光の出どころへと顔を向ける。
腕の中には可愛らしい女。触れ合った肌と肌がじんわりと熱の交換をする。
夢心地で外の世界を想う。
もうすぐ夏が来るのだ。
さやかな命の気配を、男はじっと動かずに受け止めていた。
「ん……」
腕の中の女がもぞりと動く。黒い髪がふわりと香る。
男は慈しむような目線を胸元へ落とした。
「目が覚めたかい?」
そう囁く。
女は耳元で囁かれてくすぐったそうにする。
「宮様……」
桃色の小さな唇からすっかり安心しきった幼子のような声がもれる。
「見てごらん」
男は首をひねり、女とは反対側――朝日の差し込む戸の隙間へ目をやった。
「美しい朝だ」
女の背を優しい手つきで撫でてやる。
女は黒い瞳で戸の方を見ながら、きゅっと男に身を寄せる。そして、
「もう、行ってしまわれるのでしょう?」
そう言った。
男は答えない。
ただ白い衣に包まれた女の肌を、その奥に潜められた背骨を想い。
「愛しているよ」
囁くその言葉が女をどんな気持ちにさせるのか。
男は女を抱いたままゆっくりと起き上がる。
乱れた黒髪を優しく撫でてやり、白い額にキスをした。
急がず騒がず身なりを整える。
すっかり整ってからもう一度女を抱き、優しい口づけをした。今度は桃色の唇に。
「また来るよ」
女は眉尻を下げ小さな微笑みで答えた。
最後に黒髪をもう一撫ですると、男は未練を断ち切るように背を向け女のもとを立ち去った。
――またって、いつですか。
前にその言葉を聞いたのは確か一年前でしたっけ。
消えかかった私の恋心にあなたは再び火をつけました。
いったいどうしてくれようというのです。
いっそ忘れてくだされば……、いいえ……。
あぁ、苦しい。
……あなた様は当代一の風流人、色好みのお方。
煌めく二の宮様。
ええ。この都中にたくさんの火を、燃やし続けるがよろしいでしょう。
数多の炎は果たして都を照らすか焼き尽くすか。
全てはあなた様次第でございます――




