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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉
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20

 胸に暖かいものがこみ上げる。

 やっと帰って来たのだと思うと、僕は何を言っていいのかわからなくなってしまった。

 ガスはゆっくりと僕の両肩に手を置く動作をすると、視線を合わせ、口を開く。


「それで……」

「うん」

「カネは儲かっておるか!?」

「開口一番それ!?」


 相変わらず色々と酷かった。


「もっとこう無事だったのかとかさぁ!」

「うるさいわい! ワシとマリーとブラッドが鍛えたんじゃぞ!

 おぬしが簡単に死ぬわけがないじゃろう! その点ではこれっぽっちも心配なんぞしとらんわ!」


 しとらんかったからな! と強調するガス。

 言われなくても分かってるよもう!


「あー、はいはい! ちゃんとお金は活かして回してますよ!」

「!? 具体的には!?」

「……食いつきいいのは分かるけど、なんでちょっと意外そうな顔するのさ」

「いやおぬし、人が良いし、毟られる可能性も考えとったもんじゃで」


 ひどいな。……まぁ、うん、可能性は確かにあると思うけど。


「えっと、ざっと商会、川港、貸し倉庫、製材所、皮革加工場、陶芸窯……」


 あと各村落にも農具や家畜の購入代金の貸し付けをしてるし、インフラ整備なんかにもお金を突っ込んでいる。

 黒字ばかりの円満経営とはいかないけれど、ちゃんと生きた使い方をしているからガスもお気に召すはず……と指折り数えて示したら。

 何だかガスがぽかんと口を開けていた。


「……なに?」

「おぬし今、何をやっとるんじゃ?」

「えっと、川下一帯の領主」

「りょ……!?」

「へへ、びっくりした?」

「うむ。……そうか」


 ガスは同情的な顔になった。


「どこぞの貴族の後家さん(ウィドウ)に取って食われたんじゃな……可哀想に……」

「なんで僕が取って食われる前提なんだよ!」

「食われとらんなら落ち目貴族の次女、行き遅れ一歩手前ぐらいが脂のってて良いぞう」

「やめてよ生々しい!」


 ひどい! あまりにもひどい!

 ……そりゃ女の人とか未だにどう接したらいいのかイマイチ分からないけど! でもひどい!


「領地とか爵位とか、実力で勝ち取ったんだよ! 今じゃ評判の聖騎士だし!」


 ふふん、と胸を張った。

 3年でこれだけやったんだ、ガスに対しては自慢してもいいだろうと思う。


「ふむ。確かにこの僅かな間に、その若さで、コネもなしにようやったのぅ……」

「でしょ?」

「それで色恋はどうなんじゃ」


 僕は目を逸らした。


「…………」

「…………」


 ――いや、ね。うん。

 僕、神さまに生涯を捧げてるしね?

 いつ死ぬかわからない戦いの運命の中にあるしね?

 こう、なんていうか、家庭もつのとかってどうかなぁとか……


「つまりヘタれとる、と。というかそもそも相手もおらん、と」

「…………」


 ぐさりときた。


「あーあー……輪廻巡りの前に、ひ孫の顔が拝みたいのう……」

「露骨な嫌味とかやめてくれないかな!?」

「孫が女の一人も落とせぬヘタレだったとは……」

「ヘ、ヘヘヘタレじゃないし!」

「ヘタレ以外の何じゃというんじゃ」

「じゅ、純情!」


 ガスははぁぁ、とわざとらしくため息をついた。畜生。


「ブラッドなんぞマリーと出会う前は、派手に浮名を流しとったというに、そういうとこは似んのじゃなぁ」

「へー……そんなに?」

「気の強い貴族のお嬢様、したたかな女商人、純朴な村娘、妖艶な娼婦、謎めいた占い師、凛とした女狩人……

 ……ワシも若いころはそれなりに遊んだものじゃが、ブラッドの女遍歴は輪をかけて凄いもんじゃった」

「聞いといてなんだけど父親の恋愛事情とか複雑な気分になるね……」


 漫画のモテモテ主人公なみに色んな人に惚れられてたとか、実にブラッドらしいけど。


「わきまえた相手にだけ手を出して、夢見る乙女には格好つけて綺麗な夢を見せるだけで去る、という線引きも上手かったのう。……見習うんじゃぞ?」

「だから父親の恋愛事情とか聞きたくないって言ってるでしょ!!」

「かっかっか! 人の嫌がることを進んでするというのは楽しいのう!」

「賢者だっていうのに話題がずっとカネと女と孫への嫌がらせってどうなの!?」


 そこまで言い合ってから、僕とガスは顔を見合わせる。

 互いに、くすりと笑いがこぼれた。

 こぼれた笑いが、大きくなってゆく。


 3年たってもガスはガスだった。

 そのことが、なんだか無性に嬉しくて――多分、ガスも同じ心境だったのだろう。


「……しかしのう、ほんとに何も無いんか?

 山賊に身をやつしていた男勝りの娘を救うとか、護衛に逃げられた冒険商人の女を颯爽と助けたとか、頼れるキリリとした女剣士を仲間にとか、礼儀正しい亡国の王族を保護するとか」

「…………」

「なんじゃ微妙な顔して」

「…………それ全部、同性だった」


 爆笑された。




 ◆




 そうしてひとしきりガスと話していると、船をどこかに繋いだか岸にあげたかして、皆が追いついてきた。

 丘の上から皆に手を振って、神殿に招く。


 ガスの話は皆にしていたので、メネルもルゥもレイストフさんも、ああこの人が、といった顔だったのだけれど……

 ゲルレイズさんだけが、ガスを見て顔色を変えた。

 ガスが訝しげに首をひねる。


「はて、どこかでお会いしましたかのう?」

「……200年前。あの山から逃れた負傷兵に御座います、旅の魔法使い殿。

 まさか名高き、《彷徨賢者》であられたとは……」

「ああ、あの青臭い負傷兵か。おぬし、老いたのう」

「然り、老い申した。再びお会いできる日が来るとは……」


 どういうことかと聞いてみると、どうやら上王討伐の手前くらいの時に、3人はドワーフさんたちの難民と行き会っていたらしい。

 マリーは特に名を名乗ることもなく、叶う限りの施療をした。

 ガスとブラッドはそれに付き合った。


 一人前の戦士でありながら負傷によって王の陣列に加わることを許されなかったゲルレイズさんは、その時、傷をマリーに癒やされたのだとか。

 傷が癒えると、ゲルレイズさんは山に戻ろうとした。

 それをマリーがひっぱたいて諭す――というような一幕があったらしい。

 実に、らしい話だ。マリーの顔が脳裏に浮かぶ。


「おかげさまで生き永らえ、この度こうして新たな主君を仰ぎ、また賢者どののお孫たるウィリアム殿と、道を共にできております」

「うむ。奇縁じゃのう、善哉善哉」

「相手が竜なりと、恐れは致しませぬ。必ず……」

「ん?」

「?」

「…………竜?」


 ガスの問いに、こくりとゲルレイズさんは頷いた。

 ガスがぷるぷると震えている。


「…………竜?」


 ゆっくりとガスが僕の方を見た。

 うん、と僕は頷く。


「なんで真っ先に言わんかったんじゃ!?」

「ガスが真っ先にカネカネ言うからだよ!」


 即座に言い合いになった。


「竜、竜じゃと!? ……まさか最近唸っとる《災いの鎌》か!?」

「そのヴァラキアカさんですぅ!」

「アホか、死ぬわ!」

「でもやるって決めたんだよ!」

「戦うしかないと? 他の道は考えた上でか!?」

「それ以外に何があるんだよ!」



「バカモン! 籠絡する(・・・・)くらいは考えんか!」



 予想外の発言が飛び出した。


「ろ、籠絡……?」

「神々もヴァラキアカを雇っておったんじゃろう。

 ……つーことはじゃ、カネとモノで解決できる可能性があるっちゅーことじゃ」


 その発言に皆がぽかんとした顔をして……


「ああ、俺、この手の発想って覚えがあるわ……」

「奇遇ですねメネル殿、私も覚えがあります」

「うむ」

「ああ……」


 なんだか趣深そうな顔で、口々に頷いた。

 正直ガスと同類扱いされるのは、微妙に納得しかねるんですけど!


「ま、神話の時代から生きる邪竜を相手に丸め込むのは極めて困難じゃで、一案じゃがな。

 解決方法を一つに絞ることはない、常に発想は柔軟にせよ。視野が狭くなるとイカン」

「はい」

「ただし、いざ戦いとなれば、ブラッドのように相手を撃破することのみ考えよ。迷うと死ぬでな」

「はい」


 一見、矛盾する訓示なのだけれど、これがまた正しい。

 方針を策定する段階では広く、決めたらまっしぐらに一直線。

 切り替えのタイミングを見誤らない、切り替えたら迷わないというのは、とても大切だ。


「コホン。……さて、お見苦しいところをお見せしてしまいましたな」


 それからガスは咳払いをして、皆に笑顔を向けた。


「ようこそ、我が孫のご友人がた。歓迎いたしますぞ」


 とても上機嫌な時の声だった。




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