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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第二章:獣の森の射手〉
29/157

3

 戦闘に不要な荷物は置いてきた。

 道々、手斧で木々に目印をつけながら、焦れるような気持ちで移動する。


 啓示は、明らかに惨劇を予告していた。

 そしてメネルが巻き込まれる。


「…………っ」


 分かってはいたけれど、今の時代は、相当に物騒なことになっているようだ。

 今日会った人が、次の日に死体になりかねない、だなんて。


 辺りを見回す。

 暗い森。

 冬なので草の繁茂がおとなしいのがまだ救いだ。


 けれどこの暗さで、闇雲に移動してもおそらくメネルの集落には辿りつけないだろう。

 メネルの足跡を追うという手もあるけど、それは時間がかかる。間に合うかわからない。

 第一、メネルは僕を少し警戒していたし、向かった先を誤魔化すくらいはしたかもしれないのだ。

 彼くらいの腕前の狩人がちょっと本気を出したら、僕の追跡術では何ともならないだろう。


 そう考えて、矢継ぎ早にいくつか、《ことば》を唱える。

 もの探しなどに使う、探知用の《ことば》だ。


「…………あっちかっ!」


 おおよその方角に当たりをつける。

 所詮はおまじない程度の簡単な魔法だけれど、ないよりはマシだ。


 ――かなり、無茶をすることを覚悟する。

 盾を構えて力任せに藪を突っ切り、急斜面を一飛びに飛び降り《羽の如き落下(フェザー・フォール)》の《ことば》で軟着陸。

 まっとうな森歩きをする人が見れば確実に顔をしかめるような方法を多用しながら、とにかく進む。


 集落があるということは、どこかにそれなりに開けた土地があるということだ。

 時折立ち止まっては、《もの探しのことば》で大まかな方角を調べながら、走る。


「…………!」


 あった。

 森の向こうに、開けた土地が見えた。

 畝の連なる畑があり、そしてその向こうに木製の柵に囲われた十数戸ほどの家々の影が、ぼんやりと夜闇の中に見える。

 何も起こってはいない様子だ。


「まに、あった……?」


 いや。

 ひょっとしてだが。

 既に惨劇が起こった後、という可能性も十分にある。

 あの事態の原因が何かは分からない。


 デーモンか、妖魔か、不死者か、それとも魔獣か……

 油断して近づいたら、急に攻撃を食らってしまう可能性もある。


 幾つか《ことば》を唱えて、《おぼろ月(ペイルムーン)》の穂先に宿る光を消す。

 まずは偵察だ。耳を澄ませて、慎重に近づこう。 

 そう思いながら森を抜け、身を低くしながら畑に近づいていく。

 すると、


「森のほうで、なにか光ってたようにみえたんだが……」

「見間違いじゃねぇか?」


 松明が二つ。

 そんな言葉を交わしながら、こちらに近づいてくる。

 火を持っているのは、色あせたチュニックを着て、棍棒を手に、毛皮の上っ張りを羽織った中年と青年。

 村の夜回りかなにかだろうか……少なくとも、惨事の後らしい緊張感はない。

 どうやらやはり、あの啓示の事態より前のようだ、よかった。


「ん……?」


 と納得していると、二人の男のうち中年のほうが、松明の明かりに映った僕の影に気づいた。

 ……あ、まずい。このままだと僕が不審者の流れだ。

 彼が目を見開き、口を開いて――


「が、ぁ……っ」


 倒れた。

 松明を握ったまま。

 糸が切れたように、力を失って。



 ――その首には、白い矢羽根の矢(・・・・・・・)が突き立っていた。



 その意味するところに、僕が一瞬硬直した瞬間には、弦の鳴る音。

 二の矢が放たれていた。

 何が起こったのか分からず、ただ倒れた中年の男を呆然と見ている青年を狙って。


「……っ!!」


 闇の中から、松明の明かりの範囲に踏み込む。

 ほとんど勘でタイミングをはかり、短槍を突き出す。

 運良く手応え。

 矢を突き払った。


 青年を庇うように、矢の放たれた方角へと立ちふさがる。

 視線の先には……


「………………」


 眉をひそめ、険しい顔をして。

 弓を手に矢をつがえた、銀髪のハーフエルフが居た。

 その背後には、棍棒や素槍で武装した、薄汚れた格好の男が十数人ばかり。


「メネル……」


 それで、確信した。

 メネルの集落?

 惨事にメネルが巻き込まれる?

 駆けつけて助ける?

 ……僕は、なんて愚かだったのだろう。


 啓示の解釈は受け手次第。

 つまり僕は、勘違いをしていたのだ。


 メネルは。

 メネルドールは、啓示の惨劇の被害者ではない。



 ――主犯(・・)だったのだ。





 ◆




 思考が追いつかない。

 なぜメネルが。

 あの時、たしかに笑い合っていたはずなのに。


「行け、村抑えろ。コイツは俺がやる」


 メネルが声をかける。

 背後の男たちが動き出す。


「待……」


 それを止めようと動きかけたところで、再び矢が飛来する。

 避ければ背後の青年に直撃する軌道だ。

 円盾を構えて受ける。


「……つけてくんな、っつったんだがな」


 メネルの瞳に、一瞬なにかの感情がよぎった。

 だけれど、それも一瞬のこと。


「死ねよ」


 その瞬間、僕は絶技を見た。

 メネルはほとんど一息に、矢を三射したのだ。

 それぞれ僕の顔、腕、足を狙ってだ。


 思考はまだ混乱している。

 だけれどブラッドに鍛えられた身体は、メネルの絶技に対しても正確に反応した。


 円盾で顔と腕を狙った矢を打ち払いつつ、足を引き半身になって足狙いの一射をかわす。

 足に向けて撃つ一射は、射角の関係で避けても後ろの青年に当たらない。


「ぁ、ぁ……みんなァッ!! 起きろッ!! 起きろッ!! 襲撃だァァッ!!」


 と、青年が今更ながら事態を把握したのか叫び始める。

 もう一人、倒れている中年の男は……もう手遅れだろう。

 メネルの矢に対処し青年を庇いながら、なおかつ彼に治療を施す余裕はなかったのだ。

 僕は死者を蘇らせることは、できない。


「ちっ」


 青年の叫びに、メネルは焦ったように更に僕に矢を射かけてくる。

 いずれの狙いも正確で、えげつない。

 打ち払いながら距離を詰めるが、メネルは後退して距離を保つ。

 この距離が彼の得意な間合いのようだ。


「《加速アクケレレティオ》ッ!!」


 なら、間合いを詰める!

 そう決断して《ことば》を唱え、爆発的に加速すると、


「《ノームやノーム、その足掬え》っ!」


 かぶせるようにメネルが叫ぶ。

 突如として地面が不気味に蠢き、僕の足を掬い上げようとしてくる。

 おそらく大地の妖精ノームを使役する、《転倒スリップ》の呪文だ。


 加速中だ。下手に足をひっかけられれば、そのままの勢いで骨を折りかねない。

 メネルの会心の表情が見える。

 極めて適切なタイミングでの、妖精の力の行使。

 僕も咄嗟に、これに対応する策はない。

 対応する策はないので……


「せ、ぁッッ!!!」


 力任せに踏みつけ(ストンピング)した。

 大音が鳴る。

 強烈な振動が走り、ノームが怯えたように働きを静止。


「はぁっ!?」


 メネルが目を丸くした。

 村を襲撃しようとした男たちも、村から武器を持って迎撃に出てこようとしていた男たちも、目を丸くしている。

 彼らは知らないらしい。

 鍛えぬかれた筋肉による暴力があれば、大抵のことは解決すると!


「……くそッ(ダミット)!」


 メネルが悪態をつきながら更に後退。

 続けざまに矢を射たあと、更に弓を放棄しナイフを投擲してくるが、どういう投げ方をしたのか弧を描いて左右から襲ってくる。

 避けて良いものは体捌きでかわし、まずいものは盾で弾きながら更に前進。

 本当に盾が便利だ、持ってきて良かった。

 メネルはついに覚悟を決めたのか、鉈を構え……


「《サラマンダーよ、焼き焦がせ》っ!」


 背後、倒れた中年の男が持っていた松明の火を起点に、《炎の矢(ファイアボルト)》が射出され僕を狙う。

 振り返らずに短槍を突き出し、火の矢を貫く。その手も、おおよそ読んでいた。


「…………マジかよ」


 不死神のあの悪辣さに比べれば、メネルの誘いはまだ読める範囲だ。

 最後の手も破られ、呆然とするメネルに対して間合いを詰める。


「お前、むちゃくちゃ強ぇなぁ……」


 最後、苦い笑みを浮かべたメネルの鳩尾に、短槍の柄を叩き込んだ。

 うっ、と肺の空気を強制的に排出され、メネルが膝をつく。

 横隔膜が痙攣して呼吸がままならず、しばらくはまともに動けない状態だ。

 その間に《ことば》を唱えて蜘蛛糸をかぶせて拘束する。


 見れば村の方でも、村を守ろうとする村人と、メネルに率いられてきた襲撃側で戦いが始まっている。

 だけど、メネル以上の遣い手はどこにもいなかった。


 …………なら、問題ない。

 これ以上、死者が出てしまわないうちに、全員取り押さえよう。




 ◆




 ――結果として、死者は最初に射られた見回り一名。

 襲撃してきたメネルを含む十数名は、ほぼ僕一人で無力化できた。

 その際、村側も無力化のために蜘蛛糸の《ことば》やらに巻き込んでしまったけれど、まぁこれは許容範囲だろう。


 当初、僕も見慣れぬ武装した余所者ということで、襲撃側と勘違いされそうになったのだけれど……

 そこは、ありがたいことに矢から庇った青年が証言をしてくれた。

 ということで、襲撃側を全員ロープで縛り上げる頃には、夜が白み始めていた。


 襲撃側にも、被襲撃側にも、幾人も怪我人がいる。

 とりあえず治療しよう、と思っていたのだが……


「……んじゃあ全員、吊っちまうか」

「この白いのはジョンを殺った奴だで、念入りに殴り殺さんとな」


 …………え?

 聞こえた村人さんたちの物騒な会話に、思考が一瞬止まる。


「あ、あのっ!」


 慌てて声を上げると、村人さんたちがこっちを見た。

 100人か、それに満たない程度の集団だ。

 戦える男は多めに見積もっても20人ちょっと、といったところだろう。


「し、司法手続きは?」

「シホー? そりゃなんだね、旅の冒険者さん」


 村長のトムさんといったか、彼が首を傾げて尋ねてくる。

 通じてない。

 ひょっとして言い回しが古語っぽかったのかもしれない。


「えっと、この辺りを治めて、裁きを司っていらっしゃる方はどなたですか?」

「領主のことか? んなもんおらんわ」

「んだ、この辺りにあるのは独立村ばかりよ」

「こんな辺地、治めても何の得もねぇでな」

「自分らの身は自分で守るのよ!」


 村人さんたちが口々に答える。

 …………えっと、まさか。


「てことは……このまま?」

「うむ。野盗は皆殺しにして吊るすが慣習よ」


 ……自力救済。自検断。

 前世の日本でも、中世に国家権力による支配が薄まった時に生じた、あれだ。


 社会システムが頼りにならない。

 だから小さな共同体の中だけでルールやシステムを作り、独自に統治や外交を行う。

 もちろん裁判と、その刑罰の執行も。

 つまり、彼らは。



 彼らはメネルたちを、私刑リンチにかけると言っているのだ。



「いや、あの……」

「助太刀には感謝してるけんども、冒険者さんが口出すことじゃねぇや」


 とっさに何か言おうとするけれど、余所者が口を出すな、と拒絶される。

 視線を彷徨わせると……メネルと目があった。


 メネルは、僕と視線が合うと、苦い笑みを浮かべて肩をすくめた。

 こんなもんだよ、とでも言うように。

 その目は、何もかもを諦めている目だった。

 都合の悪いことばかり起こることに慣れきって、摩耗しきってしまった……そんな目だった。


 ――ふと、前世の僕を思い出した。

 洗面所。ぼさぼさの髪からのぞく、淀んだ瞳。



「…………っ」



 グレイスフィールは、何を望んでいるのだろう。

 こうしてメネルの襲撃から、無辜の村人たちを救うこと?

 このまま流れに任せて、メネルの撲殺を眺めろと。

 あの優しい神さまは、果たしてそういうつもりで、僕をこの場に導いたのだろうか。


「さぁて、覚悟はええな、盗人」

「……はッ、やれよ」


 メネルは笑う。

 自暴自棄に笑う。


「悪ぃな、お前ら。……しくじっちまった」


 仲間たちに空虚に笑いかけると、引き立てられる。

 村人たちが、無骨な棍棒を構えて待っている。

 今から、彼はあれに打ち据えられて、殺される。


 ――それが女神の望みなのか?


「ち、がう……」


 違う。

 絶対に違う。

 理由はないけれど、絶対に違う。


 そして、この場でそれを証明できるのは――



「その裁き、待てッッ!!!」



 僕しかいないじゃないか!!



「……我が名はウィリアム! ウィリアム・G・マリーブラッド!」



 足を肩幅に、背筋を伸ばし、顎をくっと引き……

 短槍の石突きを地面にドン、と叩きつける。



「正義と雷の神ヴォールトと、地母神マーテルの愛娘たる、流転の女神グレイスフィールの使徒なり!」



 あっけにとられたようにこちらを見る、無数の視線。

 足がすくみそうになる。

 声がふるえそうになる。

 心がくじけそうになる。


 でも、マリーを思い出して、ぐっと踏ん張った。

 マリーなら絶対に、ここで引いたりしない!


「ヴォールトの裁きの天秤にかけて、我が前で私刑の執行は許さない!」


 そう宣言した瞬間だ。

 ふわりと僕の周囲に、灯火が浮かび上がった。


 おお、と人々がざわめく。

 それは灯火の神の加護を受けた、あかし。

 グレイスフィールの灯火だ。


 ――寡黙な女神さまが、微かに笑みを浮かべる気配がする。

 それに励まされるように、僕はつとめて仰々しく言葉を連ねる。


「その裁き、預からせてもらおう!」


 分からない。

 メネルが正しいとは思わない。

 でも、こんな風に行われる私刑だって、正しいことじゃあないはずだ。

 昇り始めた朝日を背に受けて、村人たちに向かい合いつつ。




「これより、雷神ヴォールトと灯火の女神グレイスフィールの名において、裁判を行うっ!!!」



 勢いのまま、村中に響き渡る大声で、そう宣言した。


 ――僕は誓った。

 生涯を捧げると。あなたの剣として邪悪を打ち払い、あなたの手として嘆くものを救うと。


 流転の女神(かのじょ)は、グレイスフィールは。

 きっと今、この場の全てに手を差し伸べたいのだと、そう信じて。




 

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ウィルの精神と肉体の成長が著しくて泣ける マリーとブラッドたちがウィルの中で生きてるのが分かる はじまりの街を出たばかりなのにすでに裏ボスを倒してレベルが上がりすぎてるみたい
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