解明できない症状
通常、医者は問診と道具を使った診察で病気を見抜く。
聴診器で心音を聞いたり、打診器で刺激を与えて体の反射を調べたり、舌圧子で口や喉を検査したり。
その一方で、魔法医は魔法を使って体の異常を検査する。鑑定魔法に似ているが、それよりも精密で確実な検査ができるのだ。
今回、エルツ様の診断を通して患者達のどこが悪いのかわかったものの、病気の根本たる原因が謎であるため、どの魔法薬も効果がないのだ。
運び込まれた患者の数は三十人ほど。百名を超えるのではないか、と想定していたが、思っていたよりも少ない。
まだ、雨がザーザー降っているものの、エルツ様は街へ原因追及のための調査に行くという。
私はやはり食べ物による食中毒ではないのか、という疑惑が捨てきれないでいた。
比較的症状が軽い患者から、謝肉祭の期間中に食べた物について聞き出す。
ほとんどの者達は皆、露店の串焼き肉を食べていたようだ。他にも、露店の料理を食べ歩いている。
ただ、皆が皆、同じ物を食べて症状が出ているわけではなかった。
謝肉祭の肉が原因ではないのか、と思ったものの、肉を食べていない者もいたのだ。
苦しそうにする患者に、痛みを和らげる鎮痛薬しか与えられないのがもどかしい。
歩きながら調べたことを記録していたら、ザルムホーファー魔法薬師長がやってくる。
「ベアトリスさん――ではなく、イーゼンブルク公爵でしたか」
「ザルムホーファー魔法薬師長」
深々と頭を下げ、道を譲った。
「何かわかりましたか?」
「患者さんから謝肉祭の期間中に食べた物をお聞きしました」
きれいに清書したものを、ザルムホーファー魔法薬師長へと手渡す。
「なるほど。皆、バラバラだったわけですね」
「はい」
ただ、年齢層は若いように見えた。六十代より上の患者は運び込まれていない。
「おそらく六十代より上の者達は、露店に売っているような食べ物を口にしていないのかもしれません」
「その可能性はありますね」
ただ、今のところ食べた物が原因であると断定できない。
「あとは私に任せて、家に帰りなさいな」
「は、はい」
柔らかい口調だったものの、これ以上王宮での調査は不要だと言いたいのだろう。
たしかに、私はまだ王宮薬局を持つ正規の魔法薬師と認められていない。
勝手に動いて問題が発生したら、責められるのはザルムホーファー魔法薬師長である。
深々と頭を下げ、王宮での活動はザルムホーファー魔法薬師長に任せることにした。
とぼとぼ歩いていると、目の前に転移の魔法陣が浮かび上がり、そこにエルツ様が現れた。
「エルツ様、おかえりなさいませ」
「ああ」
雨が酷かったものの、防水魔法をかけていたようでまったく濡れていなかった。
「お茶をお淹れしましょうか?」
「ああ、頼む」
もう春だというのに、外は酷く寒かったらしい。エルツ様の研究室に戻り、薬草茶を淹れよう。
体が温かくなるよう薬草茶にショウガを入れ、しゃべり過ぎて喉がカラカラだというので蜂蜜も垂らした。
「どうぞ」
「ああ、感謝する」
薬草茶を飲んだエルツ様は、ホッとした表情を浮かべていた。ただそれも、一瞬だった。
すぐに険しい表情を浮かべ、ため息をついている。
「街に出て、何かわかりましたか?」
「いいや、収穫はなかった」
エルツ様が向かった先は、街の病院だった。
魔法医がわからないことでも、街の医者ならばわかるかもしれない。
そう思っていたものの、医者はエルツ様の面会に応じなかったらしい。
「なぜ、応じてくださらなかったのですか?」
「まあ、医者と魔法医は昔から仲がいいとは言えない関係だからな」
医者が行う診察を、魔法医は魔法で狡をして行うと思われているらしい。
「狡だなんて……!」
「魔法医の診療は手をかざすだけで、簡単に済ませているように見えるからな。まあ、仕方がない」
患者も処理しきれていないようで、病院の前には長蛇の列ができていたそう。
「一部の患者はうちで引き受けると言っても、取り合わなかった」
「そんな」
病院関係者がそんなことを言う余裕などあるように思えないのだが、断ったのはココロト商会の従業員だったという。
なんでも病院や医者との間に、ココロト商会が介入していているらしい。
病院の運営の一部を、ココロト商会が支援しているそうだ。
「おそらくココロト商会は今回の騒動を自分達で解決して、なかったものにしたいのだろう」
「エルツ様が解決したら、大ごとになると考えてるのですね」
「みたいだ」
エルツ様は眉間ぎゅっと皺を寄せ、「愚か者共め」と口にする。
「私も患者さんについて調査したのですが、今のところ共通点など見つからず……。敢えて言うとしたら、若い方々でしょうか。六十代より上の患者さんはいないようです」
「若者か。街の患者はそうではなかったな。老若男女、さまざまな年齢層がいた」
やはり年齢は関係ないのか。
「あと、ザルムホーファー魔法薬師長に王宮での治療行為は任せるように言われましたので、その、なんと言いますか……」
「正規の魔法薬師でない者が、余計なことをするなと言われたのだろう」
「えー、ど、どうでしょう」
直接言われたわけではないので、肯定できない。
もっと早く職場復帰し、正規の王宮魔法薬師になっていたら、と後悔してしまう。
「このままでは患者は街に溢れる一方だろうな」
そんなエルツ様の発言を聞いてハッとなる。
「下町の様子が心配です」
「たしかに、そうだな」
病院にいるのはヤブ医者、薬局にはデタラメな薬と情報を売る店という、掬いようがない場所しかないのだ。
トリスの幼い妹弟は大丈夫だろうか。なんだか嫌な予感しかしない。
どうせ隠者の隠れ家に帰っても、騒動について気になって落ち着けないだろう。
「私、様子を見に行ってきます」
「私も参ろう」
「い、いいのですか?」
「ああ。どうせここにいても、打つ手はないからな」
そんなわけで、エルツ様と共に下町に行くこととなった。
「雨が止んだな」
「ええ」
ただ暗い雲が空を覆っているので、いつ降るかもわからない状況だろう。
念のために、とエルツ様が私に防水魔法をかけてくれた。
転移魔法で下町へと移動したところ、たくさんの人々が地面に倒れているのでギョッとした。
雨は止んでいるものの道はぬかるんでいるので、泥だらけになってしまうだろう。
彼らはなぜ、外に横たわっているというのか。
「げっほ、げっほ! うう……!」
「寒い、寒い……げっほ!」
「誰か……げっほ、助けて……」
いったいなぜ、このような状況になったのか。




