大雨と雷ののちに……
アライグマ妖精の姉妹とモモが背伸びをして窓を覗き込んでいる。
何事かと思ったら、空に真っ黒な曇天が広がっていたのだ。
それを見たクルツさんが呟く。
「あーこれ、まもなく雨が降りそうな感じ」
「ええ」
ゴロゴロと音が鳴っていたのだが、ついに雷が落ちた。それを合図に、大雨が降り始める。
「わあ、これは大変だ」
「みなさん、風邪を引いてないといいのですが」
「風邪もだけれど、俺たちも大変になるよ」
「患者さんが大勢やってくる、という意味ですね?」
「正解!」
なんて話をしていたら、エルツ様がやってきた。
「クルツ、ビーはきているか!?」
「きてる、きてる!」
エルツ様はずんずんとこちらにやってきて、私の手を包み込むように握ると、はーーーーとこの世の深淵にまでも届きそうなため息をつく。
「よかった。ビーがこの雨に打たれているのではないか、と心配していた」
「今日は朝からモモが雨が降りそうだと言ってくれていたんです。それで、早めにここにやって参りました」
「そうか」
安堵の表情を私に見せたのだが、次の瞬間にはキリリとした表情でクルツさんに詰め寄る。
「おい、ビーがきたら何よりも先に報告するように言っていただろうが!」
「いやいや、宰相様が患者としていらっしゃる中、報告にいけるわけがないでしょう」
「そんなの知るか!」
「げっ! 王宮の人達が聞いたらがっかりしそうな発言だー」
「うるさい!」
よく恋愛小説で「仕事と私、どっちが大事なのよ!」という発言を読んだことがあったが、エルツ様は仕事よりも私を大事にしてくれるらしい。
「魔法医長がそんなんだったら、国王陛下から期待外れだと言われてしまうよ」
「別に国王陛下の期待に応えるつもりはないからな。もともと研究職だった私を、魔法医長の座に押しつけたのは始祖だ。誰かが欲しいと望むのであれば、リボンをつけて譲ってやる」
「うわあ……」
「なんだったら、私の立場や爵位、財産などまとめて始祖に返してもいい」
「いやいや、始祖様は今、羽を伸ばして人生を楽しんでいらっしゃるから、無理なのでは?」
それに関してはエルツ様も否定しなかった。
「というか、無一文で爵位も何もなくなったら、ベアトリスさんに見放されてしまうのでは?」
「そんなことはない! ビーは私がすべてをなくしても、傍にいてくれるだろう」
エルツ様が答えを求めるように私のほうを見たので、こくりと頷いておく。
「クルツよ、見たか!?」
「はいはい、見た見た。ベアトリスさんの懐が深くて、本当によかったね。おめでとう」
お似合いの二人だ、とクルツさんは祝福してくれた。
「まあ、ゆくゆくはヴィンダールスト大公の爵位を誰かに押しつけて、ビーのやりたいことを助けたいと考えているのだが」
「えーーーーー!? 先生、イーゼンブルク公爵家に婿入りするんですか!?」
私もクルツさんと同じくらい、目を丸くしていることだろう。
「ビーの助けになるには、魔法医長としての立場と爵位が邪魔になるからな。それに魔法医長を続けていたら、ビーと過ごす時間が確実に減る。今日だってそうだった」
「あ~~~~……」
エルツ様は私の手を再度握り、真面目な顔で言う。
「ビー、収入は気にするな。私は千個もの魔法の特許を持っており、何もせずとも多額の金を永久的に受け取れるがゆえ」
「は、はあ」
驚き過ぎて、どんな言葉を返していいものかわからなくなる。
ひとまず、今日のところはさまざまな発言を聞かなかったことにしよう、と決めつけて頭の隅へ追いやった。
「それにしても、すごい雨と雷だな」
そうなのだ。先ほどからずっと、雷がどんどん音を鳴らして落ちている。
「街への被害がないといいのだが」
「先生、その前に患者さんが押し寄せますよ。忙しくなります」
「忌々しい」
「あのエルツ様、今のうちに風邪薬を納品しておきましょうか?」
「よいのか?」
「もちろんです」
重症化する前に、魔法薬で早急に回復させたほうがいいに決まっている。
「では処方箋をすぐに書こう。クルツは材料を隣の部屋に運んでくれ」
「了解!」
エルツ様の研究室の隣にある調合室で、アライグマ妖精の姉妹やモモの手を借りつつ、風邪ポーションを調合することとなった。
◇◇◇
翌日、事態は想定外の展開を迎える。
「げっほ! げっほ!」
「なんだこの、げっほ!」
「うう、口が痛い……げっほ、げっほ!」
押しかけた患者は発熱と嘔吐、頭痛に腹痛、それから口の腫れを訴える、通常の風邪とは少し異なる症状を訴えていたのだ。
風邪ポーションを飲んでも、症状はよくならない。
これまで過去に例がないものだとエルツ様は話していた。
悪い物を食べて腹を壊したのではないか。なんて声があったので下剤を飲んでみたようだが、それも効果はなかったらしい。
風邪ではない。腹を下しているわけでもない。
では、なんなのか? 誰にもわからなかった。




