接客を学ぼう
下り立った先は中央街にある商店が並ぶ通り。
ここは幅広い層の客が利用する、王都でもっとも栄えている商店街だ。
店に向かう人の流れに合流する前に、エルツ様が私の手を引き、耳元で囁く。
「クルツがいて言えなかったのだが、今日のビーも美しい」
「――っ!」
想定していなかった甘い言葉に、どういう反応をすればいいのかわからなくなる。
冗談かもしれない、と思ってエルツ様の顔を見上げたら、優しい眼差しを向けていた。
どうやら本気で美しいと思ってくれていたらしい。
「あの、ありがとうございます」
ドレスはモモが選んでくれたのだと説明すると、エルツ様は「モモに褒美を与えないといけないな」と言っていた。
「モモや薬獣たちにお土産を買ってもいいですか?」
「もちろん」
ただ目的もなく商店街を見て回るのも申し訳ないので、購入したい品を定めて挑むことにした。
「ビー、人混みではぐれないよう、手は繋いだままにしておくように」
「は、はあ」
お祭りのときほど混み合っているように見えないが、もしものときを想定し、手を繋ぐように言ってくれているのだろう。
ご厚意に甘え、手を握ったまま商店街へと向かった。
「昼前の早い時間でも、このように人が多いのだな」
「ええ、本当に」
客層は年若い女性が多い。この辺りは食品を販売する商店が並んでおり、皆、果物やら野菜やらを購入しているようだ。
ふと、近くの商店で「いらっしゃい、いらっしゃい、安いよ、安いよ!!」と客を呼び込む声が聞こえて立ち止まる。
「ああいう元気な声が聞こえると、つい足を止めてしまいます」
「たしかに」
続けて「今日は新鮮な青魚がお買い得だよ!」と商品についての耳より情報を叫んでいた。
「商品についての有益な情報も、聞き入ってしまいますね」
「簡潔でわかりやすいことを伝えるのが重要なのだろうな」
魚を売る店にはあっという間に客が押しかけていた。ただ少し声をかけただけで、この盛況ぶりである。
どうやらただ商品を並べているだけでは、売り上げに繋がらないらしい。
「私が下町で魔法薬を売るときには、どういう効果があり、どれくらいの早さで効くのかとか、お伝えしていなかったような気がします」
「やはり、どういった品かわからずに買う者などいないのだろう」
少し歩いただけで、いろいろと勉強になる。
続いてさまざまな食べ物を売る露店の並びに出てきた。ここでは串焼き肉や焼き魚、炭焼きソーセージなど、できたてアツアツの料理が売られている。
「お嬢さん、おいしいよ!」
そう言って目の前に差しだされたのは、一口大にカットされた肉である。短い串に刺さっていて、食べやすいようになっていた。
「えっと、こちらは?」
「試食だよ」
食べて試す、という経験は生まれて初めてだった。
エルツ様も受け取っていて、すでに食べている。
「さあ温かいうちにお食べ」
「あ、ありがとうございます」
勧められるがままに食べてみると、表面がカリカリになるまで焼かれた肉は香ばしく、肉質は弾力があって固めだったものの、旨味がぎゅっと溢れてきた。
「おいしいです」
「そうかい」
試食したのに購入しないのはなんだか申し訳ない気がして、エルツ様の分と二本購入した。
支払いをしようとしたものの、お代はエルツ様は二人分支払ってしまう。
「あの、ここは私が払います」
「いいから、払わせろ」
「では、次は私が払いますね」
そう言うとエルツ様は眉間に皺を寄せたものの、最終的には頷いてくれた。
串焼き肉は好きな味付けができるようで、特製ソースからスパイス、塩、コショウなどさまざまな種類があった。
店主のオススメは特製ソースだというが、ドレスに付いたら大変だ。
そのため、私は数種類の香草や薬草を混ぜて作ったらしいスパイスを振りかける。
エルツ様はシンプルに、塩をかけていた。
この辺りに飲食をする場所などなく、歩きながら食べるらしい。
それを聞いた私とエルツ様は串焼き肉を手にしたまま呆然としていたが、周囲の人々は皆、当然のように歩行と食事を両立させていた。
「ビー、ここは人が多い。串物を食べながら移動するのは危険だから、どこか路地に移動しよう」
「そのほうがよさそうですね」
少し歩いた先にちょうどいい路地があったので、そこに入っていただく。
初めて食べる路上での串焼き肉はおいしかったものの、なんとも落ち着かない気持ちになってしまった。
「それにしても、試食の購買力はとてつもないですね」
「ああ。味を舌で確認できるからな。ビーの店でも、スープであれば試食ができるのではないか?」
「たしかに、できるかもしれません」
ただ、先ほどの串焼き肉のようにサッと差し出せる容器がないのが問題である。
「スープはどのように販売するのだ?」
「蓋つきのカップを購入しておりまして、カップごと販売する予定なんです。魔法プリンのほうは瓶に入れて作ったものを、そのままお渡しします」
「なるほど」
試食用のカップをお客さんごとに使い回すわけにはいかない。
どうしようかと考えていたら、エルツ様が提案してくれる。
「使っていない実験用のガラスカップがあるのだが、試食用に貸すことができる」
全部で三十個ほどあるらしい。
洗浄用の魔技巧品もあるようで、自動洗浄してくれるようだ。
「二つ合わせて、ビーと一日過ごす権利一枚と引き換えに貸してやらなくもない」
「あの、私と一日過ごす権利は対価にならないような」
「なる!!」
力強く肯定され、何も言えなくなる。
無償で貸すと言っても私が納得しないことを学んだエルツ様だったが、反応に困るようなことを対価として要求してくるようになった。
これはいいことなのか……。
ただ、代わりの案など何も浮かばないので、ありがたく試食用のカップと洗浄機を借りることにした。
試食に声かけ――たった短い時間で接客について学ぶことができた。
あとは腹をくくって当日接客を頑張るばかりである。
それから新鮮な果物で作るジュース店があったので、ここは私が支払う。
砂糖を一切つかっていないのに、搾りたての果物ジュースはとてもおいしかった。
最後に、モモや薬獣たちへのお土産として、魔宝石を作る材料となる魔石を購入した。
「このような物を妖精族や幻獣は好むのだな」
「ええ、そうなんです」
もちろん、このまま与えるのではない。細かく砕いて魔力を付与させ、魔宝石と呼ばれる物にしたあとにあげるのだ。
「モモは普段、こういったものは口にしないのですか?」
「ああ。基本的に、使い魔や医獣は契約者から与えられる魔力だけで十分だからな」
もしかしたらモモは食べないかもしれないが、感謝の気持ちはきっと伝わるだろう。
別れる時間となり、エルツ様は私を隠者の隠れ家の近くまで送ってくれた。
手を振ろうとしたタイミングで、お土産があることを奇跡的に思い出した。
「エルツ様、こちら、一昨日作った物ですが、どうぞ」
「なんだ、これは?」
「薬草キャンディです」
白いのは安眠効果があり、黄色いのは腹痛を和らげ、青いのは頭痛が治る――などと薬効がある飴である。
「お役に立ちましたら幸いです」
「ビー、ありがとう」
感極まったような表情を浮かべたエルツ様は、私をぎゅっと抱きしめる。
「私は果報者だ」
そんな言葉を聞きながら、頑張って作ってよかったと思ったのだった。




