晴れた日にはおいしい食事をあなたと一緒に
森の雪は溶け、凍えるような風が暖かなものに変わり、芽吹いたばかりの草花が豊かに広がる。
春の訪れを、草花の芽吹きから感じていた。
エルミタージュから五分ほど歩いた先にある小川に、水新芽――クレソンが自生しているとセイブルから教えてもらったので、さっそく採りにいく。
その辺の川に生えているクレソンは、野生動物の糞尿で汚染されている可能性があるので注意が必要だ。
けれどもこの地にあるクレソンは、セイブルの守護力のおかげで、清潔な状態を保っているらしい。
ありがたくいただこう。
アライグマ妖精の姉妹、ムク、モコ、モフと共に川に向かったところ、たくさんのクレソンが生えていた。
『いっぱいある~』
『今年は豊作だね!』
『たくさん採ろう!』
クレソンは食欲増進効果があり、スープなどにすると食が進むだろう。
また、美容効果も期待できるようで、いいこと尽くしなのだ。
「クレソンは茎にも栄養がたっぷりあるんです。だから、葉っぱだけじゃなくて、茎も摘んでくださいね」
『わかった』
『了解』
『は~い』
春の森にはクレソンだけでなく、木の実も生っていた。
この辺りは濃い魔力が漂っているからか、植物の生長が少しだけ早い。
そのため、春の終わりくらいに実を生らすクサイチゴを発見できた。
見た目はヘビイチゴによく似ている。
ヘビイチゴは食べてもおいしくないが、クサイチゴは甘酸っぱくておいしい。
見た目の違いはほどんとないのだが、ヘビイチゴは黄色い花を、クサイチゴは白い花を咲かせる。
果実にも違いがあり、ヘビイチゴは小ぶりで、クサイチゴのほうが大きいのだ。
ぼんやりしているときに、うっかりヘビイチゴを摘んで帰ったことがあって、あの日のことは今でも後悔している。
しっかり見極めて、クサイチゴを摘まなければならないのだ。
「よし、と。こんなものですか」
クレソンとクサイチゴが十分なくらい採れたので、エルミタージュへと戻る。
エルツ様やクリスタル・エルフの始祖のおかげで、私はイーゼンブルク公爵となった。
忙しい日々を過ごしているが、疲れたらエルミタージュに戻るようにしている。
薬草を摘んだり、料理をしたりするひとときは幸せでしかなかった。
最近は、その喜びを分かち合う仲間ができた。
エルツ様である。
エルミタージュに招待し、一緒に食事を囲んだり、庭を散歩したり、とのんびりした時間を過ごしているのだ。
今日も、このあとエルツ様が訪問してくる。
昼食を一緒に食べるため、これから用意するのだ。
まずは、採れたて新鮮なクレソンを使ってスープを作ろう。
鍋にオリーブオイルを入れ、すり下ろしたジャガイモとバター、牛乳を入れてしばし煮込む。ここに昨日から仕込んでおいたブイヨンと細かく刻んだクレソンを入れ、さらに煮込むのだ。生クリームを入れたあと、塩、コショウで味つけをしたら、クレソンポタージュの完成だ。
続いて、昨日から生地を休ませておいた薬草フォカッチャを焼く。
このフォカッチャが、クレソンポタージュによく合うのだ。
メインはニジマスのパン粉焼き。
パン粉には乾燥させたバジルが混ざっていて、食べたときに豊かに香るだろう。
飲み物はレモンバームと蜂蜜でレモネードを作ってみた。
今日は少し汗ばむような気候なので、おいしく飲んでくれるに違いない。
食後のデザートは、クサイチゴのタルトだ。
これはアライグマ妖精の姉妹が作ってくれた。
クサイチゴがルビーのようにキラキラ輝いていて、とても美しかった。
そうこうしているうちに、エルツ様がやってくる。
「エルツ様、いらっしゃいませ」
エルツ様は「これは土産だ」と言って、花束を渡してくれた。
「野薔薇ですね。とてもきれいです」
「よかった。森に探しにいったかいがあった」
「わざわざ森にまで行かれたのですか?」
「ああ。きちんと大公家の敷地内にある森から摘んできたものだから、安心するといい」
わざわざそこまでして摘んできてくれるなんて……大変だっただろう。
ありがたくちょうだいする。
立ち話もなんだから、と中へと案内した。
「食事の用意をしますので、少し待っていてくださいね」
アライグマ妖精の姉妹が協力して引いた椅子に、エルツ様は腰かけていた。
その様子はおとぎ話の挿絵のようだった。
エルツ様がくれた野薔薇を活け、食卓の真ん中に置く。
野薔薇を眺めながら食べる食事は格別だろう。
食事を並べ終え、私も席につく。
「エルツ様、いただきましょうか」
神々に祈りを捧げ、食事をいただく。
まずはスープから。
色鮮やかに仕上がったクレソンのポタージュは濃厚で、春のさわやかな風味を感じる。
「これはクレソンのポタージュか。苦みがなく、おいしい」
お口に合ったようで、ホッと胸をなで下ろす。
他の料理も食べるごとに、おいしいと絶賛してくれた。
食後のクサイチゴのタルトを食べながら、お互いの近況について話す。
エルツ様の専属魔法薬師をしていた期間とは異なり、今は会える日がめっきり減ってしまった。
寂しいけれど、イーゼンブルク公爵の爵位を継いだ以上、以前のように頻繁に会うわけにはいかない。
わかっていても、毎日エルツ様の声だけでも聞きたいと願ってしまう。
今日、こうして会えるのは嬉しいのに、また離れ離れになる期間が始まるのかと思うと、酷く寂しくなってしまうのだ。
そろそろ私達の関係を、一歩前に踏み出してもいいのではないか。
なんて考えていた。
勇気を振り絞って言うつもりだったのに、言葉がなかなか出てこない。
「エルツ様に、ずっとお伝えしたいことがありまして」
「どうした?」
「いえ、深刻な話ではなく……いいえ、深刻かもしれません」
言い方が悪かったのか、エルツ様は私の手を握り、心配そうに覗き込んでくる。
「あ、その、悪い話ではなくて、いい話と、捉えていただけたら、嬉しいなと思っているのですが」
しどろもどろとなってしまう。
顔もありえないくらい熱くなってきた。
エルツ様を恐る恐る見ると、優しく微笑んでいた。
「なるほど。何を言ってくれるのか、だいたいわかった気がする」
「うっ!」
どうやら口にせずとも、伝わってしまったらしい。きちんと言葉にしなくてはならないのに、まだ上手く喋れそうにない。
きっとまだ私自身が一人前のイーゼンブルク公爵になっていないから、気持ちを打ち明けるのなんて百年早いのではないか、なんて思っているからだろう。
「ビー、無理はしなくていい。幸いにも、私は気が長い男だからな。ビーが言えるようになったら、伝えてほしい」
今はまだ忙しく、いっぱいいっぱいだろう、とも言われてしまった。
ぐうの音も出ないとは、今のような状況を言うのだろう。
「まあでも、あまりにも遅かったときは、私から言うからな」
「その、よきタイミングで、お互いに気持ちの確認ができたらいいな、と思っています」
「ああ、それが一番いい」
エルツ様の言葉を聞いて、涙が出そうになってしまう。
どうしてこんなに優しくしてくれるのか。
私も同じくらい、いいやそれ以上に優しさを返せたらいいな、と思う。
こんな感じで、曖昧なままの関係は続いているけれど、私達の気持ちは同じだろう、と確認できたような気がした。
そんな日の話であった。




