宴のはじまり
ついに、クリスタル・エルフの始祖の生誕パーティー当日となった。
私は蜜蜂のような黒と黄色の配色ドレスに、チュールレース付きのベレー帽を合わせた恰好で参加する。
黒いチュールレースが顔を隠してくれるので、あまり目立たないだろう。
久しぶりの参加なので、非常に助かる。
クリスタル・エルフの始祖の生誕パーティーでのドレスコードが、まさか仮装だなんて夢にも思っていなかった。
他の参加者がどんな恰好をしているのか、楽しみで仕方がない。
エルツ様とは研究室で待ち合わせをする。
約束していた時間には早いが、転移の魔法巻物でエルミタージュから移動した。
すると、すでにエルツ様は研究室で待っていたようだ。
「早かったな」
「エルツ様も」
養蜂家をテーマにした仮装をしたエルツ様が振り返る。
全身白い装いで、トップハットから蜜蜂避けをイメージしたベールが垂れ下がっていて、エルツ様の神秘的な魅力が際立っているように見える。
合わせたテールコートにはハニカム模様が銀糸で刺繍されていた。
「本物の蜜蜂のように愛らしいな」
「か、かわいらしいドレスを作っていただきました」
背中には蜜蜂の羽根が刺繍されていて、本当に愛らしい一着となっている。
褒めているのはドレスで私ではない、と心の中で何度も言い聞かせた。
「エルツ様も、養蜂家の装いがお似合いです」
「それを聞いて安心した」
パーティーへ挑む前に、お茶の時間にしよう。
「大広間は少し冷えるというので、スパイスを利かせたお茶を持ってきました」
紅茶にカルダモンとクローブ、シナモンにショウガ、フェンネル、コショウを加え、ピリッと仕上げてみた。
保温効果がある魔法瓶に注いだお茶をカップに注ぐ。
「蜂蜜を入れますか?」
その言葉を聞いたエルツ様は、ふっと微笑む。
「何か面白かったですか?」
「蜜蜂からの提案だと思って」
「そういうわけだったのですね」
たしかに、蜜蜂の仮装をした者が蜂蜜を勧める様子、というのは面白いかもしれない。
エルツ様は蜂蜜を所望されたので、ひとまずティースプーン一杯分だけスパイス紅茶に垂らしておく。
「ふむ、これは癖になるような味わいだな」
「ええ。最初に飲んだときは、なんだこれは!? と驚いたものですが、今では大好きなお茶なんです」
飲んでいるうちに、体がポカポカと温まってくる。
二杯目を注ごうかと立ち上がった瞬間、エルツ様がまさかの行動に出た。
私の腰に腕を回し、そのまま引き寄せ、エルツ様の膝の上に座らせたのだ。
「なっ――いったいなぜ?」
「今日の私は養蜂家だからな」
「養蜂家のお仕事は、蜜蜂を捕まえることではありません」
「そうだったか?」
あまりにも白々しくとぼけるので、最終的に笑ってしまった。
エルツ様の顔を見ると、真剣な眼差しを向けているのに気付く。
「ひとつ、頼みがあるのだが」
「な、なんでしょうか?」
「今さっきみたいに、愛らしい笑みを毎日見せてほしい」
「善処いたします」
エルツ様は返事をする代わりに、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
◇◇◇
ついに、クリスタル・エルフの始祖の生誕パーティーが始まった。
会場には、不思議な装いをした人々が集まっている。
包帯人間、吸血鬼に猫娘など、仮装のクオリティはかなり高い。
皆、仮面を装着するとか、動物の耳を付けるだけとか、体の一部にアイテムを身に着けるのみの仮装だと思っていたのに、思いのほか、気合いが入っていた。
「不完全な仮装をした者は、受付で止められ、入場できていないようだな」
「では、ここにいるのは、ドレスコードのチェックに合格した猛者だけだったのですね」
「そうみたいだ」
参加者のほとんどはヴィンダールスト大公家の親族らしい。
皆、水晶を思わせる美貌の持ち主ばかりで、非常に眼福だった。
現在の当主であるエルツ様は、ベールを被っていたので、気付かれていない模様。
「親戚共にもみくちゃにされるものだと思っていたが、この装いのおかげで静かに過ごせている。養蜂家の仮装を思いついたビーのおかげだな」
「お役に立てたようで何よりです」
途中、巨大なクマが目の前を横切る。
よくよく見たら、クマの全身着ぐるみを着用したクルツさんだった。
「お前は、なんて恰好をしているのだ」
「ひっ、魔法医長の声がする!?」
「ここだ」
「わあ!」
クルツさんもエルツ様に気付いていなかったらしい。
戦々恐々とした様子で会釈する。
「あ、ブルームさんもご一緒で……蜜蜂と養蜂家なんだ!」
パートナーと一緒の仮装を褒められる。
「俺も誰かとクマと猟師、みたいな仮装にすればよかったなー」
「誰かいるのか?」
「いや、いないかも」
クマは蜂蜜が大好物なので、仲間に入れてくれないか、とクルツさんが懇願したものの、エルツ様はきっぱり断っていた。
「パートナーを探す努力をしろ」
「ごもっともで」
クルツさんは飲食コーナーを発見したようで、スキップしながら去って行った。
「賑やかな男だ」
「おかげさまで、緊張が解れました」
クリスタル・エルフの始祖はいったいどのような仮装でやってくるのか。
「広間の中心にある巨大な花のモニュメントが極めて怪しいな」
「ですね」
国王夫妻が魔女と犬の使い魔の装いで登場すると、ついに生誕パーティーが始まった。
犬の耳を装着した国王が両手を掲げ、声をあげる。
「今日はエルツ・フォン・ヴィンダールストの千五百歳のめでたい日――皆の者、心から楽しむように。そして、本日の主役、エルツ大魔法医長!!」
そう口にした瞬間、モニュメントの花が開花する。
中心から姿を現したのは、全身タイツに蝶の羽根を背負ったクリスタル・エルフの始祖の姿……。
動く度に、頭の上にある触覚が右に、左にと揺れていた。
容貌は驚くほどエルツ様そっくりだが、あの仮装はいったい……?
「あ、あの、エルツ様、クリスタル・エルフの始祖の仮装は、どのような意図が?」
「ふざけているとしか言いようがない。ビー、見るな。目が腐るから」
クリスタル・エルフの始祖はかなり独特な感性の持ち主だったようだ。
想定外の仮装で、皆、クリスタル・エルフの始祖から距離を取っている。
クリスタル・エルフの始祖はにっこり微笑み、参加者に向かって声をかけた。
「みんなーーーー! 今日はありがとーーーー! 楽しんでいってねえーーー!」
なんともシンプルなお言葉だった。




