エルツの医獣
国王陛下の診察まで時間があるので、エルツ様に作ってきた朝食を勧めてみた。
「あの、これ、朝食の残りを詰めてきたんです。よろしかったら、召し上がりませんか?」
朝食の残りだなんてとんでもない。
エルツ様のために作った残り物を、私が朝食として食べてきた、といったほうが正しい。
こう言わないとエルツ様がお礼と言って高価な品を用意しようとするので、対策を打ってみたのだ。
「食欲がないようであれば、無理にとは言いませんが」
「いいや、いただこう。わざわざ用意してくれたなんて、感謝しかない」
話を聞いているうちに、お腹が空いてきたらしい。
バスケットを開くと、エルツ様が覗き込んでくる。
「ローズマリーと岩塩のフォカッチャに、バジルの皮なしソーセージ、豆と薬草のスープにゆで卵です」
「おいしそうだ。本当にいいのか?」
「ええ、召し上がってください」
スープはあつあつの状態で持ち運べる魔法瓶に注いで持ってきた。
「この魔法瓶はずいぶんと年季が入っているな」
「祖父と祖母がピクニックのときに使っていた品のようです」
「百年は経っているようだ」
「そんなに古い物だったのですね」
百年も経っているとなれば、お祖父様達の前の代から使われていたのだろう。魔技巧品のアンティークだったわけだ。
魔法瓶は問題なく、スープはあつあつの状態を維持していた。
お皿に移すと、ふんわりと湯気が立つ。
「それではいただこう」
お茶は消化を助けてくれる、バードックルートにしてみた。
一口飲んだエルツ様は、怪訝な表情でカップの中を見つめていた。
「どうかなさいましたか?」
「いや、初めて飲む茶だと思って。これはなんの茶だ?」
「バードックルートです」
「バードックルート?」
「ゴボウですね」
「ああ、木の根っこか」
「エルツ様、ゴボウは木の根っこではありませんよ」
「わかっているが、見た目が完全にそれだ」
貴族の食事にゴボウは出てこないが、庶民の間では愛されている野菜だ。
歯ごたえがあってとてもおいしいのだが、貴族達は「木の根っこしか食べるものがないのだな……」と憐憫の目で見ているらしい。
「お味はいかがですか?」
「ほんのり甘くて香ばしい。おいしい茶だ」
「よかったです」
お口に合ったようで何よりである。
国王陛下の診察の準備をしていたクルツさんが、研究室に戻ってきた。
「あー! 魔法医長、おいしそうな物を食べている!」
「ビーが朝食を用意してくれた」
「ずるい!!」
「ずるいって、そなたは朝食をすでに終えただろうが」
「終えているけれど、ブルームさんの料理は別腹なんだ!」
少しだけわけてくれと訴えても、エルツ様は頷かない。
「お前はバードックルート茶でも飲んでおけ」
「バードッ……何それ」
「木の根っこ茶だ」
「え~~~~~!!」
なんだか気の毒になったので、鞄の中に入れていたナツメグと干しぶどうのスコーンをあげると、クルツさんは満面の笑みを浮かべながら受け取ってくれた。
それを見たエルツ様が注意を呼びかける。
「ビー、犬じゃないんだから、空腹時以外に食べ物を渡す必要はない」
「犬って……」
「朝食を食べたのに、他人の物を欲しがるのは犬以下か。犬に失礼だな」
「わ~~~~! 俺ってば食い意地が張っていて、本当に恥ずかしいなあ!」
クルツさんは笑顔でスコーンを食べながら、そんな言葉を返す。
エルツ様の言葉が胸に響いた様子はいっさい感じなかった。
スコーンの生地に口の中の水分をすべて持っていかれたクルツさんは、口にするのに抵抗があるようだったバードックルート茶を飲み干す。
「あ、木の根っこ茶、飲みやすくておいしい!」
「バードックルートだ」
「覚えられそうにありません」
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、エルツ様とクルツさんは国王陛下のもとへ診察に向かった。
今日は王宮典薬貴族の長であるザルムホーファー魔法薬師長もいるというので、私はお留守番である。
一時間ほどで戻ってきた。
「ビー、待たせたな。すぐに出発しよう」
「はい」
竜を呼ぶため、塔の頂上へ転移魔法で移動する。
遠くから目にした塔は細長く見えていたので、最上階は針のように小さなものだと思っていた。
けれども実際に下りたってみると、そこそこの広さがある。
「ここの塔は竜を召喚するために作られたらしい」
これほどの高さがあれば、すぐに飛び立つこともできるようだ。
エルツ様が竜の名前を口にする。
「クワルツ・ド・ロッシュよ、我の前に現れよ!」
何やら高貴なお名前だった。名付け親はクリスタル・エルフの始祖らしい。
しばらく空を眺めていると、空に黒い点が浮かび上がる。
それはどんどん大きくなり、竜の姿となった。
「ビー、掴まっていろ」
エルツ様が私を引き寄せ、外套の中へ閉じ込める。竜が起こした風圧で飛ばないようにしてくれたようだ。
あっという間に竜は下り立つ。
その姿に圧倒された。
「こちらの竜は、もしや、水晶竜ですか?」
「ああ、そうだ」
この世でもっとも美しいとされる、白銀の竜。
ウロコの一枚一枚が水晶でできていて、最強の防御力を誇るという。
高貴なのは名前だけではなかったようだ。
「クワルツ、この女性はベアトリス、私の大切な女性だ。覚えておくように」
そう伝えると、水晶竜クワルツは『キュルル』と可憐な声で鳴いた。
それよりも、今、エルツ様はとんでもないことを口にしたような……。
いや、今はあまり深く考えないようにしよう。
耳にしたことは頭の隅に追いやっておいた。
クワルツは姿勢を低くし、乗りやすい体勢を取ってくれる。
クリスタルのウロコはつるつる滑って落ちるのではないか、と思ったものの、いざ腰かけてみると想像と違っていた。
まず、背中のウロコはやわらかく、まるで革張りのソファのような座り心地だった。
さらに、ウロコはひんやりしていると思っていたのに、ほんのり温かい。安心するようなぬくもりであった。
クワルツの背中はしっかり体を受け止め、滑り落ちる心配はまったくない。
「空の上では魔法で体を固定しておくから、絶対に落下はしない」
私の不安が顔に出ていたようで、エルツ様が丁寧に説明してくれた。
背後にエルツ様が腰かけると、クワルツは上体を上げ、翼をピンと広げる。
数回羽ばたかせると、大きな体がふわりと浮いた。
『キュルルル!』
ひと鳴きしたのちに、大空へと羽ばたいていく。
グリちゃんに騎乗する感覚とは、また違っていた。
竜の背中は安定していて、揺れることもない。
「ビー、どうだ? 怖くないか?」
「恐怖はありません。それどころか、すばらしいと感じているくらいで」
クワルツは安定した飛行を見せ、二時間ほどでケルンブルンに連れて行ってくれた。




