オイゲンの訴え
彼が騎士隊に拘束されてからすでに十日間ほど経っている。
釈放されてもなんら不思議ではないのだが、こうして目の前に現れることになるとはまったくの想定外であった。
いったいなぜ、オイゲンがザルムホーファー侯爵家にいるのか。
問いかけるように、目の前に座るザルムホーファー魔法薬師長を見つめてしまう。
すると、意を汲んでくれたのか、オイゲンがここにいる理由を教えてくれた。
「お師匠様から、孫であるオイゲンさんについて、よろしく頼むと言われておりましてね。気持ちのすれ違いから誤解を受け、騎士隊に拘束されてしまった、と彼から助けを求められてしまったものですから」
あの騒動のどこが、すれ違いによる誤解から発生したものなのか。我が耳を疑ってしまう。
オイゲンは善良なザルムホーファー魔法薬師長を利用し、出所後の面倒を見てもらっていたようだ。
呆れながらオイゲンのほうを見ると、もっともらしく神妙な様子でいた。
今すぐここから出て行きたいと思ったものの、ザルムホーファー魔法薬師長がいる以上、失礼な態度を取るわけにはいかない。
今さら私に会いたいだなんて、いったいどういうつもりなのか。
オイゲンを睨みつけると、彼は消え入りそうな声で話し始めた。
「ベアトリス、僕は騎士隊に拘留される中で、自分自身の行いについて考えたんだ。すぐに、僕自身がバカだったって気付いたよ」
それに関しては、同意でしかない。
貴族が愛人を迎えるのは珍しい話ではない。しかしながら、もともといた妻と別れてまで、愛人を本妻にするというのは道理に外れている。
貴族の結婚は愛情をもって結ばれるものではない。
一族の発展を願って成立させるものだ。
妻となる女性は別に愛さなくってもいい。けれども最低限の敬意を示し、愛人に妻以上の権力を持たせるような状況など絶対に許してはいけない。
「君がいなくなって、初めて君の頑張りや努力、それからイーゼンブルク公爵家を支える力に気付いたんだ」
オイゲンは眦に涙を溜めながら訴える。
「ヒーディとは別れるよ」
「お腹の子はどうなさるおつもりで?」
「それは……わからない」
「無責任かと思います。自分の子どもができたならば、最低でも成人するまで面倒を見る義務があるのでは?」
「ベアトリス、君が望むのならば、そうしよう」
オイゲンの的外れな言葉に、思わず顔を顰めてしまう。
別に彼の人生に起こった物事の決定権に私が関与するつもりはないのだが。
「これまでの自分自身の言動は、信じられないものばかりだった。君をずいぶんと傷付けたように感じる」
今となっては、オイゲンが何を言ったとか、どんな行動をしたとか、どうでもよくなっていた。私に関係のないことであれば、「ふーん」と一言で受け流せるくらいである。
「ベアトリス、生まれ変わった僕を、傍で見ていてくれないか?」
「何をおっしゃって――」
私の言葉を制すように、オイゲンが叫んだ。
「ベアトリス、僕とやり直そう!!」
やり直すとは? 彼はいったい何を言っているのか。
私が言葉を失っているうちに、オイゲンは追い打ちをかけてきた。
「ベアトリスがいなくなってから、君への気持ちに気付いたんだ。本当に愛していたのはヒーディでなく、ベアトリスだったんだ」
オイゲンは立ち上がり、私のほうへと回ってくる。
片膝を突き、真剣な眼差しを向けながら、彼はありえないことを口にしたのだ。
「ベアトリス、僕と再婚してほしい!! 愛しているんだ!!」
信じがたい訴えが耳に届いた瞬間、ゾッと背筋が凍る。
それだけでなく、くらくらと眩暈を覚えた。
「どうか、頼む!! 一生のお願いだ!!」
オイゲンは深々と頭を下げ、懇願を繰り返す。
「この先、君以外は愛さない!! 僕は真実の愛に目覚めたんだ!!」
何を寝ぼけたことを言っているのか。
目を覚ませ、とオイゲンの頬を思いっきり叩きたいと思ったものの、ザルムホーファー魔法薬師長がいるのでそれもできない。
「次は君との間に、子どもを作ろう!! きっと、天国で僕達を見守っている、お祖父様も喜んでくれるはず!!」
お祖父様の名前を出されて、私の中で何かがブチッと切れた。
勢いよく立ち上がり、オイゲンを見下ろしながら叫んでしまう。
「あなたのほうから離婚を切り出したのに、再婚したいだなんて、都合がいいことを言わないでください!!」
自分でも信じられないくらいの、悲鳴にも似た叫びだった。
オイゲンは私が拒否すると思っていなかったのか、驚愕の表情を浮かべていた。
「ベアトリス、ぼ、僕は、考え直したんだ。公爵である僕の妻には、君しかいない、のに……」
「いいえ、そんなことはありません。どうか、今後もヒーディとお幸せに」
「ベアトリス、気を確かに」
「同じ言葉をお返しします」
これ以上、彼に甘い顔を見せてはいけないだろう。
さらに突き放すような言葉を浴びせる。
「二度と、私の前に現れないでください」
「ベアトリス、少し落ち着いて」
「落ち着くのはあなたのほうです。あなたは愛人であるヒーディと共に、酷い言葉をぶつけて、私をイーゼンブルク公爵家から追い出したのですよ。まったく、これっぽっちも覚えていないのですか?」
「いや、それは、誤解があって……」
何が誤解だ。
怒りでぐっと拳を握った瞬間、ついにザルムホーファー魔法薬師長から止められてしまう。
「二人とも、冷静になってください」
ザルムホーファー魔法薬師長はオイゲンに下がるように言い、私にも別の部屋でお茶でも飲んだらどうか、と勧めてくれた。
しかしながら、一刻も早くここから離れたいと思い、お暇させていただく。
「ザルムホーファー魔法薬師長、せっかくご招待いただいたのに、このような騒ぎを起こしてしまって申し訳ありません」
「いえいえ……。その、話し合いはまた、別の機会にでも……」
オイゲンと何か話すつもりなんてない。
けれどもこれ以上、ザルムホーファー魔法薬師長を困らせてはいけないと思って、本心にはぎゅっときつく蓋をする。
深々と会釈をし、客間を去った。
「ベアトリス、もう一度、もう一度だけ話し合おう!!」
オイゲンが未練がましく叫んでいるようだったが、きれいさっぱり無視をした。




