第三十二話:歯を食いしばれ!
「お前をぶっとばしたい所だが、無抵抗の人間をタコ殴りにしてもつまんないからな ーーヘンリー、全力で俺にかかってこい 一発でも俺に当てることができたら、……そうだな、お前がやったことは許してやる」
思ってもないリントの提案に袋小路にいたヘンリーは一つの光明が見えた気がした。
「そ……それは本当か」
「ああ、俺は嘘は言わないさ」
いささかリントは皮肉を込めて強めに言ったが、ヘンリーはそれどころでは無かった。リントはヴィストリカに話しかける。
「あのもう一度審判してくれますか?」
声をかけられたヴィストリカは快くうなづいた。
「おう、良いぜ それじゃあお二人さん良いか」
二人が準備を整えた体勢を見て団長は声を上げた。
「レディ、ゴッ!!」
(こうなれば先手必勝ーー!)
ヘンリーは素早く魔力を集中してリントに当てるつもりだったが、その前にいつの間にか姿を消した。
「どこへ……!?」
キョロキョロと辺りを見回すがどこにも見当たらないヘンリーは焦った。
「どこを見ている、俺はここだ」
その声はヘンリーの目線の下から聞こえたので俯くとそこには体勢を低くしたリントがいた。
ヘンリーは回避しようとするが、時すでに遅くーー
「歯を食いしばれーー!」
リントは力を込めた腕の力だけで、振り上げ直撃する。
「グフ?!」
ヘンリーの体はものの見事に吹っ飛ばされる。
それに両親のサマエルとフランシスは悲鳴を上げた。そして、ヘンリーは衝撃で気を失ったことにヴィストリカは判断する。
呆気なく終わったことにたつまらなさそうに頭を掻き毟る。
「こりゃ、もう戦えねえな 勝者ーーえっと何だっけ」
「リントだ」
「勝者リント!」
団長はリントの腕を上げて、高らかに声を上げた。戦いを終えたリントにティルは観客席から降りて彼を労う。
「お疲れ様、リントくん」
「おう、と言うかそのくん付けするのは恥ずかしいから、呼び捨てで良いぜ」
「! うん分かった、ーーリント」
「おう」
リントとティルははにかむように笑い合う。倒れたヘンリーに両親は駆け寄り声を上げた。
「おい、ヘンリー」
クラリッサは一応、ヘンリーの状態を診察した。
「気絶をしていだけなので大丈夫です」
その一言にサマエルとフランシスは安堵した。その表情に彼らも人の親だと思った。伯爵は彼らに近寄り、声をかける。
「フッド子爵」
「……はい、何でしょう」
重々しくサマエルは返事をする姿は最初にみた傲慢な雰囲気はどこかへと消え失せて
いた。
「あなた方の所在においては後日沙汰をすると学園長から先ほど連絡が来ました」
「はい、わかり…ました」
サマエルは大人しくうなづいた。というよりも従うしかなかった。そしてようやく、長い一日が終わりを迎えた。
〇〇
リオはティル達が帰るのを待ちわびていた。あまり寝ていないのを見たルイズは声をかけたが、
「大丈夫です」
と言いながら、目元に隈をつくっているのを見たルイズは眉間にシワを寄せる。
寝ることを強制的にさせたかったが、生徒を思う気持ちも分かるので言葉が詰まる。
ルイズもまた学園長から話を聞いた時にはそんな馬鹿なと最初は疑ったが、けれど、表情が物語っていたことに緊張感を募らせた。リオは嘘がつけないほど素直な性格なのは知っていたから余計にである。
そして彼らが、帰ってきたのは夜が明けた早朝だった。最初はリオが気づき、そしてルイズも気づいた。
「お帰りなさい、みなさん」
「リオ先生、ただいま帰りました」
ティル、ノア、セス、エレナにリオは駆け寄る。
「大丈夫でしたか?」
「はい、僕たちは……リントは家族に会いに行くって言ってました」
「そうでしたか、本当によかった」
「リオ先生、目に隈ができていますよ」
そのことにティルが指を刺すとリオは慌ててごまかす。
「え、そうですか ちょっと心配で寝れなくて」
あははと頬を掻いた。
「そうだったんですか、それはありがとうございます 僕たちもちゃんと休まないと」
「そのことなんですが、今日は君たちは疲れを取るようにと学園長が言っていますので今日は休みです」
「そうなんですか? それじゃあお言葉に甘えて」
リオはエレナに感謝の言葉を述べた。
「マリオットさんも今日はお疲れ様でした! 頼み事を引き受けてくれて本当に色々とありがとうございました」
「例には及びません、私は私のやるべきことをだと思ったからです それでは」
エレナはティル達とリオとルイズに一礼して寮に戻って行った。そしてセスも同じく帰って行った。
「さてと、帰りましょうか」
「うん」
ティルとノアは手を繋ぎゆっくりとした足取りで木立を抜けて自分たちが住む家に帰っていった。
ルイズもひと段落したことに学園長に知らせに行こうとリオは話しかけるが、リオは鼻提灯を作り、彼はもう夢の中に旅立っていた。
その姿にルイズは口元に手を当て、激情を抑えた。
(か、可愛すぎる)
ずっと見ていたいと思いながらも、風邪を引かせるのはとまずいと葛藤しながら心を鬼にして、彼を寮に送り、学園長に報告に向かった。




