第三十一話:少年は風を纏う
ティルの心配通りにリントも危機感を募らせていた。
(あれは、受け止めたら確実に武器が折れるな 次の武器を作るには精度や落ちるだろうし時間がかかる)
だからリントは避けることを選択した。オウガは振りかざすと同時に魔法が放たれた。
リントはいくつもの攻撃を避けているうちに、オウガは急に接近するのに半歩遅れた。斧の攻撃は躱せたが、オウガの蹴りが腹に直撃した。
後方に飛ばされ体勢を崩す。
「がはっ?!」
「ち、浅いなーー……おい、いつまでそこに転がっているんだ あまり効いててないだろ」
リントはゴホゴホとむせながら、オウガの言い様に凄惨に笑った。
「何言っていんのっ……ごほ この筋肉バカ?! こっちは血反吐吐いているんだけど」
足元をふらつかせながらリントは苛立ちを込めてオウガに愚痴を言う。それに対しオウガはーー
「俺はお前を場外に叩きつけるつもりでいたからな、それに気づいて後方に下がって衝撃を和げただろう」
その返事にリントは笑いながら反論する。
「それに気づいたお前は蹴りを伸ばしただろうが この野郎が」
毒吐くリントにオウガは不適に笑った。リントも運動神経は並外れているが、オウガも戦闘センスは負けていなかった。
「お前にはもう何も躊躇う理由はない」
「!」
それが何のことなのかリントは何となくわかった。人質をいない彼は躊躇する理由はない。
「ああ、そうだな」
リントは肩の力を抜き、目を瞑り集中した。そして、それは徐々に変化する。
オウガの場合は武器に変化が現れたが、リントの場合は彼の持っていたナイフではなく、全身に光を帯びていた。
光り輝くリントの姿に誰もが圧倒し、ティルは一言呟く。
「まるでリントの全身を風が纏っているようだ」
リントの銀の髪がキラキラと輝き、その姿の迫力にオウガは目を細めて訝しむ。
「お前……その姿……は一体何なんだ?」
「さあな、俺の父親が獣人族だから、その血じゃないか?」
それはオウガも情報として知っていたが、それだけでは腑に落ちないものを感じた。
まるで大型の生物が眼前にいるような威圧感にさらされたオウガは一瞬身動きが取れなかった。その刹那ーーリントは身をかがめ、遅れてオウガも察し、
そして、同時に地を蹴った瞬間、勝負は決した。
ーーオウガは空を見上げながら、呟いた。
「……俺の負けだ」
勝ったのはリント。リントはオウガに近寄り声をかけた。
「なかなか、楽しかったぜ」
「ふん、そうか あとはどうにでもしてくれ」
「は?」
オウガの意味のわからない言葉にリントは何のことだと聞き返す。そんな間の抜けた返事にオウガは自嘲げな笑みを浮かべる。
「俺はヘンリーのしていたことを知っていた、お前が監禁されていたこともーー」
「……そうか」
この世界に綺麗なことだけではない。それはリントが小さな頃から知っていた。けど、それだけじゃないことを知っているからーー
おもむろに腕を上げたので、オウガは殴られると思っていた。けれどリントはポリポリと頭を掻いただけだった。
「…まあ、仕方ないじゃないか ギブアンドテイクで、お前は生活するために金が欲しかった、それだけだ」
「……」
リントは家族のことになると、感情的になってしまうが、自分のことになるとトント無頓着になる。オウガは肩透かしをくらい言葉を失った。
「……お前…いや、何でもない」
「うん、何だよ はっきり言えよ」
二人は言い合っている最中、ヘンリーは顔色は赤くなったり、青くなったりしていた。
(何なんだ、この二人は)
二人の激闘を目の前にして、ヘンリーは目で追えない素早さの戦いに恐怖を覚えた。そして戦いを終えたリントと目が合った瞬間、ヘンリーは一歩後ずさった。
「さてと、お前を守る者はいなくなった。 どうする、坊ちゃん」
いかにも挑発する物言いだが、ヘンリーはのれなかった。
「……ぼ、くは」
もうすでに闘争心は削られているヘンリーは、口元が震えていた。その姿に今まで黙っていたエレナは近寄り名前をよんだ。
「ヘンリー・フッド」
「……マリオットさん」
憔悴し力なく答える様子のヘンリーに、エレナは一切の慈悲も見せなかった。自分がしたことの責任は重いと知らしめるためだ。
「あなたが今すぐにここから出て、甘んじて罰を受けなさいーー出ていかなければ私がここから追い出します」
エレナの闘気にヘンリーは口元が引き付き、覚束ない早足で観覧席を出て行った。ヘンリーが慌ててきたことにリントは少し驚いた。
その時にエレナと目が合って、何かを言ったのだろうと察した。目の前まできたヘンリーにリントの声をかけた。
「こうやって話すのは初めてだな」
ヘンリーは心許ない状態でリントの話に耳を傾けた。




