第二十五話:暗闇の中で光明
あれはいつの頃だったか…
母親がある日、ポツリと父親と出会ったときのことを話したのは。
父親には生まれてから一度も会ったことがない。というよりも生まれる前に死んだと聞かされたからだ。
いないことは悲しかったが、母がいたからあまり寂しく無かった。けれど、たまに母が時折見せる哀しそうな表情をしていたのは知っていた。
だから、父がどんな人物だったのか聞いたりたりすると、嬉しそうに頬を緩ませて話をするので、自分もうれしかったが、少し悔しい気持ちだった。
自分も母のことが大好きなので、笑顔にすることができないからだ。母の膝枕で眠っていた小さい俺に、どんな所で出会ったのか話を始めた。
「お父さんと出会ったところわね……」
いつしか自分も父のように、母を幸せにすることができるように思うようになった。
「僕、昔のお母さんと出会っていたら絶対に結婚するのにな〜」
母は僕の言葉を聞いて優しく笑いかける。
「あなたにも現れるわよ、自分にとってかけがえのない大切な人がーー」
そしてリントは眠りから目を覚ました。起きたばかりで意識が覚束ないがどれだけ寝ていたのか分からない。
「……ずいぶん寝ていたな」
(流石に何日もいるときついな)
独房の中は簡単に居住スペースがあり、トイレやシャワールームがなどがついていた。けれど……
(この鎖、邪魔だな……)
拘束用の頑丈な鎖で手足を縛られている。他の人が壊すことができても自分では壊すことはできないと執事男に言われた。それに無闇に動けば孤児院や病院がどんな目に遭うかわからないのをリントは恐れていた。
(八方塞がりだな)
下にうつむいて落ち込んでいるとコツコツとした音が耳に響いて、ピタリと止まったが顔をあげる元気はなかった。
「リント・ファルン」
リントは名前を呼ばれてふとその声におもむろに顔をあげると、そこにはこんなところにいるはずのない人物がいて自分の目を疑いしばたかせる。
「……はは、綺麗なお嬢さんが見えるんだけど……俺もとうとうやきが回ったか」
どこか夢のように呟く様子にーーエレナはため息をついて話しかける。
「冗談が言える元気があるならまだ大丈夫ようだな」
エレナは鍵を壊し、中に入りリントを縛める鎖を壊した。その一連の行動に、どうして助けに来たのかリントは分からずに聞いた。
「どうして俺を…?」
「私は学園長やレイヴァントくんから話を聞いて」
「レイヴァント?」
「知らないのか……? ティルくんのことだ」
「ああ、あの時の」
「お前がいなくなったことに気がついたのが、あの少年なんだ」
「!……あいつが、でも俺とまだ一回しか会ったことないし」
「そうだな、彼はお前とまた話すことを楽しみにしていたそうだ」
「……あいつが?」
リントは立ち上がろうとするが、ずっと座りっぱなしだったので足元がふらついた。
「おい、大丈夫なのか?」
エレナはリントの状態に心配する。
「気持ちはすごくありがたいが、俺はここから抜けることができない……俺が出たらーー」
エレナはリントが何が気がかりなのかわかった。自分のことよりも、他人を心配する彼にエレナは見直した。
最初の印象が女の子が大好きなチャラ男だったのもあるが。
「それは大丈夫だ、孤児院の人たちも学園長が秘密裏にギルドに保護されている」
「……本当に大丈夫なのか?」
「うん」
「良かった……本当に良かった」
リントは震えながら、自分の手を握り締めた。その姿にエレナは自然と動いた。
震える彼を抱きしめるように優しく包んだ。そして徐々に体の震えが収まり、リントから体を離した。
「悪いな、みっともない姿を見せて」
恥ずかしそうに自分の泣いた姿をおかしそうに笑うが、
「誰もみっともなくなど無い、そんなことをいう輩がいたら私が直々に説教をしてやる」
「……ふ、はは」
エレナの意外な反応にリントは面白そうに笑った。
「な、何がおかしいことを言ったか?」
「いや、いかにもあんたらしいなって思って」
「どういう意味だ」
エレナは問い詰めようとするが、ある計画を思い出して口を閉ざした。
「そ、それよりも計画のことを話しておく」
「ーー計画?」
「フッド子爵が土地を買収していた件だ。だが相手は貴族、問い詰めても知らぬ存ぜぬで通すかもしれない」
「あなたが建物の中に監禁されていたという事実で、そのことを知れば非人道的な行為を知れば懐疑的な視線は避けれないだろう」
「相手がどう出るか分からないが、多くの観衆の前で相手も迂闊に手を出せない」
「なるほど……まあ、しでかしたヘンリーのやつには一発殴ってやんねえと気が済まねえな」
普段だったら暴力行為を止めるエレナだが、ヘンリーがどれだけの素行をしたのか知っているのでそれに同意する。エレナはリントの体を支えながら建物を脱出した。




