第十七話:手のひらの上で踊れ
リント視点です。
それを知ったリントは普段は飄々と過ごしているが、激しく動揺した。リントは慌てて、部屋を飛び出そうとしたら曲がり角で生徒とぶつかりそうになった。
「わあ?!」
その少年も驚いて声をあげた。
「おわっと、ごめん! 大丈夫か?」
「…うん、大丈夫だよ」
リントは倒れた少年に謝罪し、怪我をしていないか心配した。
「どこも怪我をしていないよ」
「本当にごめん」
謝っているとぶつかった少年の友人にきつい口調で咎められる。
「ちゃんと前を見ろよ」
ぶつかった少年を守るようにリントを糾弾する。正論を言われたリントは二の句を継げない。そんな彼に友人たちを少年は制した。
「そんなに言わなくていいよ、僕はこの通り大丈夫だから、そんなに急いでいるんだから何か急用が合ったんでしょ? 早く行ったほうがいいよ」
「あ、ああ…本当まじでごめんな」
リントは手を合わせて、風のように去っていった。
「ったく、なんなんだあいつ」
「何かあったんじゃないかな?」
急いでいくリントに二人は不思議がる。
「何かって…?」
「例えば女の子から連絡が来たとか?」
「ああ、それでか あいつ見た目通りに見境なさそうだしな」
「ヘンリーくんも、そう思わない?」
「さあ……どうかな?」
リントとぶつかった少年ーーヘンリーは、友人の話に苦笑し、リントが立ち去っていった方向を見て口元に笑みを浮かべた。
リントがなぜ気が動転していたのか、察しがついていたからだ。昨日父のサマエルに報告されて、土地の権利書は確保したことを知ったときは、何ともあっけないものだとおかしくて笑いそうになった。
そしてヘンリーはリントの部屋の近くで待ち伏せしてどうなるか観察することにした。どのように反応するか見たかったからだ。
極め付けはリントの慌てる様子である。いつもは飄々としてるから余計におかしくて笑いがこみ上げそうになる。
「ヘンリーくんに変なこと聞くなよな」
ヘンリーが黙っていることに変なことを聞いた友人の一人が注意すると、もう一人がすぐに謝る。
「あ、そうだね ごめんね 変なことを聞いて」
「うんうん、別に大丈夫だよ」
この二人は自分よち地位の低い男爵の息子だった。親が爵位持ちなど取り巻きのようにくっついてくるので、ヘンリーはさりげなく利用している。
(さてと、リントはどうするか)
ヘンリーは何事も上手くいく運と人を弄ぶ高揚感に酔いながら日が明け暮れた。
〇〇
リントは街中を駆け抜け、今度は細心の注意を払いながら全力で走った。向かう場所は馴染みのあるアンダーソン医院である。
今は22時頃であるため、リントの来訪に気づかなかった。起きていたのは彼の母親のイザベラと医院長のマクベス・アンダーソンだった。
二人はリントが来たことに気づき、経緯を教えた。
マイケルという男がやってきて、他の土地を用意しているからこの土地をもらいたいと言われた。けど、マクベスがそれを断ると子供を人質にとり脅してきた。
それで権利書を渡すしかなかったと一部始終を聞いたリントは「なんだそれは」と理不尽さに怒りでどうにかなりそうだったが、マクベスが落ち着いて話すので逆に冷静になった。
「相手が土地を譲渡すれば手を出さないといった。 なら僕らが慌てる必要はない、場所が変わるだけだ」
「他には何を言われた?」
「いや、名刺を渡されたぐらいで」
「そうか、これちょっともらっていい? 何かあった時に役に立つかもしれないし」
「うん? 別に構わないよ」
おもむろにリントはポケットにそれを入れた。
「みんなの無事がわかってほっとしたよ」
マクベスはリントに心配をかけたことに謝罪した。
「ごめんね、心配をかけてしまって」
「いいよ、俺たちは家族みたいなもんだから、それじゃ、寮には何も言わずに抜けてきたからバレたらどやされる」
「そうね、気をつけて リント」
イザベラとマクベスは見送った。
リントは誰も怪我をしていないことに安堵したのも束の間、腸が煮えくり返る気持ちだった。
自分にとって始まりの場所であり、思い出がある居場所をどこの馬の骨か奪われたのだ。リントは名刺の上に載っていた名前と住所が書かれていた。
(これで終わらせるわけないだろう、マクベスさんはああ言っていたが本当は誰よりも悔しかったはずだ)
なのに自分の心を押し殺して、みんなを守るためにあんな笑顔されたらリントは何も言えなかった。
(ギルドや密告もダメだと言われたなら、自分で勝ち取って奪い返すしかない)
リントはマイケルに決闘を申し込むため、果たし状を送り込んだ。




