第十六話:マクベスの苦渋の決断
リントが医院を去った後、ずっと伺っていたものがいた。そしていつの間にか消え去っていった。
その者はフッド家の偵察の者で、リントの弱みを握るためにこの医院に張り付いていたところ目当ての彼がやって来たのだ。
リントの母のイザベラがこの孤児院の院長をしていることを調べ、マクベスの関係性を調べその調査内容を偵察から受け取った執事は主人であるサマエル・フッドに伝わる。
「ほう〜、その小僧の母親がそこで働いているのか よし、子供のしつけは親の責任だ 医院の土地の所有権は私がもらおうーーマーク」
そばに控えていた執事の男、マークは主人の呼びかけにすぐに返事をした。
「はい」
「明日、この病院に行って土地の所有のための権利書を取ってこい。手段は選ばないがバレないようにはするな」
難しい命令にマークは二つ返事をした。
「かしこまりました」
マークは恭しくこうべを垂らした。
〇〇
医院は子供たちに囲まれながら、他愛無い日常を過ごしていた。ある男が訪問するまではーー
一人の男が医院に訪れた。子供たちから誰か来たと言うことを聞いたイザベラは出迎えた。
大人しくするように言うと子供たちは興味津々だったが、彼女が言うとすぐに静かになった。
その様子に男性は朗らかに笑った。
「ふふ、元気な子達ですね」
その男はスーツ姿を身に纏った男性だった。この東街の奥まった場所でスーツ姿でいるものに少し奇妙に感じたが、あまり気にしなかった。
「あの、どのようなご用件で」
「はい、私はこうゆう者で」
イザベラに名刺を渡して、職業を見て驚く。
「医院長、いらっしゃいますか 少しお話したいことがあるのですが」
恐縮されて言われたイザベラは部屋に案内する。
「すみません、先生 少しよろしいですか?」
「はい、患者ですか?」
「いえ、患者ではなくお客様です」
「分かりました いいですよ」
中に入ると男は一礼して入ってきた。イザベラは子供たちを見守るために退室した。
「お仕事中にすみません 私は不動産屋を営んでいるマイケルと申します」
マイケルは持っていた名刺入れからイザベラに先ほど渡したものと同じ名刺を渡した。
「不動産屋ですか?」
「はい、お話ししたいのはこの土地を買い取りたいと言う貴族の方がおりまして…」
「…はあ」
あまりにも突拍子もない案件にマクベスは驚きすぎて放心する。マイケルはマクベスの心境を見ながら、話し続けた。
「この土地を売却されたあかつきには、私が土地と建物、医療設備が整った医院をご用意します」
「それはすごいですね…」
マクベスのこの医院は知人から受け継いだものなので建物の劣化があり、ある程度綻んでいた。不便なこともあったが、長い時間居続ければ愛着も湧いてくるものだ。
「すみません、とてもいいお話なのですが、うちは売る気はありません。 友人から受け継いだものなので、当分は……なので」
そそっかしいところがあるマクベスだが、マイケルに自分の意思をしっかりと伝えた。
「そうですか……それは、仕方ありませんね」
そのとき外で遊ぶ子供たちの声が聞こえるぐらい室内が静かになった。マクベスはふと外に視線を向けた。そしてマイケルも同じように。
「なら、子供達がどうなってもいいってことですね」
「……え、今 なんて」
マクベスはマイケルが何を言っているのか分からなかった。けれど、次に目が合った瞬間まるで別人のような目つきに変わった。
先ほどのもの柔らかな雰囲気を纏った青年はどこへやら、人を睨み殺すようなゾッとするプレッシャーにマクベスは押し黙る。
「ですから子供を殺されたくなかったら、この土地の権利書を譲ってください」
口調は変わっていないものの、話す内容は恐ろしく、そして残酷な脅迫だった。
「…脅迫するんですか、そんなことギルドが黙ってーー」
「ギルドに報告する前に、私は子供の一人を今ここで殺して差し上げましょうか、密告するのもダメですよ」
「ーー!!」
マイケルが抑揚なく話す様子にこの男が本気を出せば、一人ではなくこの場にいる子供たちを殺すことができることに戦慄が走った。
『……すまない……』
一瞬目を閉じた、かつてこの医院を譲ってくれた友人に心の中で謝った。
「分かりました」
マクベスは権利書に譲渡するためにハンコを押し、マイケルは受け取った。
「賢明な判断、ありがとうございます」
脅しておいていけしゃあしゃあと宣うマイケルにマクベスは殴りたくなったが押し殺しグッと堪えた。
「それでは、また後ほど」
マイケルは優雅に会釈をして退室した。
彼がようやく立ち去りマクベスはやっと一息をつくことができた。そして今起きたことをすぐにイザベラに話し、翌日それを知ったリントはイザベラの連絡によりその件を知る。




